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スマホが変えた「オーディオブック」 狙うのは「耳のすき間時間」
本をスマホやパソコンなどで聴く「オーディオブック」を知っていますか? 有名声優が読むコンテンツも人気で、20代から40代を中心に利用者が広がっています。人気の背景にはスマホの普及による「耳のすき間時間」需要が。オーディオブックの大手配信サイト「FeBe」を運営する、オトバンク(本社:東京都文京区)の上田渉会長に聞きました。(朝日新聞社総合プロデュース室・坂井浩和)
――どのくらいの人がFeBeを利用しているのですか?
2007年にスタートした「FeBe」の会員数は、現在約30万人います。最近は特に会員数の伸びが大きく、直近2カ月で3万人以上増えました。会員登録(無料)をすると、パソコンやスマホでコンテンツを購入・ダウンロードすることができます。コンテンツは1タイトルずつ購入できるほか、お得に購入できる有料会員コースもあります。
世界のオーディオブック市場は世界全体で3千億円から4千億円といわれていて、年率で20%くらいずつ拡大しています。一方、日本のオーディオブック市場は50~60億円とまだまだですが、潜在的な市場規模は1千億円を超えるとの試算もあるんです。
――利用者層は?
そもそもオーディオブックのユーザーは、ビジネスパーソンが中心。英語を聴いて勉強、といったビジネス上の目的で利用する人が大半でした。実際、「FeBe」の利用者も30代、40代のビジネスパーソンが多いのですが、最近は、女性層や高齢者層にもユーザーが広がってきています。子育て中のお母さんが文芸書をよく聴いているというデータもあります。家事などをしながら利用しているのかもしれません。
コンテンツとして、以前からある朗読CDや朗読カセットテープと本質的には一緒。大きな違いの一つは、デバイスの進化と手軽さです。
FeBeを立ち上げた頃は、音楽を聴くのにMP3プレーヤーを使っている人が多かった。でも僕にとっては、CDからパソコンにデータを移して、さらにMP3プレーヤーに入れるという手間が大きなストレスでした。スマホの普及などによって、そのひと手間ふた手間が省けて、ストレスが解消されました。FeBeだと現在、スマホで作品を聴いている人が全体の7割超を占めます。
コンテンツの内容も、バリエーションが豊富なものは英語や落語などに限られていました。いまはビジネス書やノンフィクション、文学書、児童書、とジャンルもさまざま。あとは価格も大きいです。CDやカセットテープでは、数百円で買える文庫を聴くのに数千円かかっていました。オーディオブックは1冊あたり1200円から1500円で聴くことができます。
スマートスピーカーなどの普及で、音声コンテンツが生活に身近になったことも大きいです。ニュースや天気予報を日々、音声で聴く人が増えています。音声市場の盛り上がりとともに、今後、耳で物語を聴いたり、耳で勉強したりすることが一般的になってくるのではないでしょうか。
――FeBeではどんな作品が人気ですか?
FeBeでダウンロードできる作品数は約2万タイトルあります。人気はビジネス系やノンフィクション系の作品で、最近は文芸書なども売れ行きがいいです。ビジネス書で人気なのはたとえば、書籍でベストセラーにもなった『嫌われる勇気』(出版社:ダイヤモンド社、再生時間:7時間16分)。内容は哲学者と若者の対談形式なのですが、哲学者役の声優さんと、若者役の声優さんの声がすっと頭に入ってきます。対談形式の本はオーディオブックに向いていますよ。
また、海外の古典文学は、販売してすぐに100冊単位で売れることも。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』(岩波書店、8時間5分)やドストエフスキーの『罪と罰』上・中・下(岩波書店、上13時間6分、中10時間51分、下12時間53分)がそうです。あくまで推測ですが、書籍で一度チャレンジしたけれど挫折して、オーディオブックで再チャレンジ、という人が多いのではないでしょうか。
オーディオブックの良いところは、「積極的に読もうとしなくても読める」こと。聴いていると本の内容が自然と頭に入る。『若きウェルテルの悩み』も文庫で読もうとするとエネルギーがいりますよね。でも不思議と、オーディオブックでは聴けてしまいます。
――オーディオブックの読み手には、有名な声優も起用しているそうですね。
川村元気さんの小説『億男』(マガジンハウス、7時間11分)では小野大輔さん、住野よるさんの小説『君の膵臓を食べたい』では、堀江由衣さん・鈴村健一さんにご出演頂いています。「普段本をあまり読まないけど、この人が読んでいるなら聴いてみたい」という方もいましたね。
ほかにも、浅田次郎さんの小説『椿山課長の七日間』(朝日新聞出版、12時間43分)では多くの声優の方に加え、朝日放送のアナウンサーの方々も出演されています。一方、児童文学では1人の声優さんが、何十という役を担当しているものもあります。聴いていて、まさか1人が読んでいるとは思えない出来栄えです。
オーディオブックをつくる期間は作品によってまちまちです。声優さんを何人も必要としないビジネス書などはわりと早い。かたや文芸作品だと、どういう方針でつくるか、どういう声優さんが配役に適しているかを検討して、制作担当者が事務所などに相談します。出版社もプランを確認の上、やっと制作開始。演出にも時間がかかりますから、ものによっては半年、1年がかりになります。
――紙の本と、オーディオブックは競合しないのでしょうか?
私自身がそうですが、オーディオブックが面白いと、紙の本も買う。そういう方は一定数いると思います。紙の本を読むシチュエーションと、オーディオブックを聴くシチュエーションは違う。本は集中する時間がないといけないけれど、オーディオブックは本を読めない時間にだらだら聴けるのが特徴です。
オーディオブックは、目と手をつかわずに読めるハンズフリーの書籍ともいえます。たとえば歩いている時といった「耳のすき間時間」は、1日のうちにけっこうある。その時間をオーディオブックに充てられます。
――上田さん自身はどう聴いていますか?
歩いているときや仕事中、電車での移動中やお風呂のなかでも聴きます。スマホで再生して、ワイヤレス型のイヤホンをブルートゥースでつないで聴くのが習慣です。仕事から帰宅して眠るまでの時間は、パソコンで。
さまざまなジャンルを聴きますが、いまのお気に入りはミヒャエル・エンデの「はてしない物語」上・下(岩波書店、上:9時間11分、下:12時間12分)です。この本を最初によんだのは小学校4年生のときだったんですけども、オーディオブックで聴くと、当時の光景とか当時の興奮が再現される。そんな不思議な感動がありますね。
最近は長い間聴かないと、「耳寂しい」感じになります。タバコを吸う人が吸えないと「口寂しい」というじゃないですか? 耳寂しくなるのがいやなので、いろんなオーディオブックを聴いていますね。
――今後、オーディオブックはどう広がっていくでしょう?
全世界的にみると、オーディオブックの市場は、紙の書籍の市場規模の5~10%くらいとされています。そうするとオーディオブックは潜在的にまだ広がりがある。スマートスピーカーなどのデバイスがさらに普及し、生活の中にオーディオコンテンツが増えてくると、オーディオブックの利用も広がっていくでしょう。オトバンクでも利用者増にともない、3月にサービスの大きなリニューアルを予定しています。
いつでも、どこでも、だれでもオーディオブックを聴ける環境づくりが目標。たとえば家族で目が見えにくくなった人がいる時、子どもや孫がオーディオブックを紹介してあげる。それくらいの認知度になればいいなと思います。
オーディオブックに触れるなら、どんな作品から入るのがいいのでしょう?オトバンク広報の佐伯帆乃香さんに生活のなかのシチュエーション別のおすすめ作品をたずねました。
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