地元
「サビエルの謎」を追って…「ザ」より「サ」山口の人のこだわり
山口に住んで2年。ずっと思っていたことがありました。それは、山口の人は、日本で初めてキリスト教を布教したフランシスコ・ザビエルのことを、「ザビエル」ではなく「サビエル」と「゛」抜きで呼ぶこと。「ザビエルじゃないの?」といつも疑問でした。なぜ、この呼び名が根付いたのか? そもそも、ザビエル本人は自分のことをどう呼んでいたんだろう? 取材はザビエルの子孫にも及びました。「サ」なのか「ザ」なのか、その答えは……。(朝日新聞山口総局・棚橋咲月)
最初は「聞き間違いかな?」と思っていました。道路の案内看板がどれも「サビエル」なので「おかしい、いつも゛がない」。
ところが、山口はみんな「サビエル」だったのです。「サビエルさん」と親しみを込めて呼ぶ人もいます。みんな「サビエル」なので、逆に「あれ、私が、間違ってたっけ…」と不安にかられたこともありました。
なぜ、この呼び名が根付いたんだろうか。それに、地元の人たちも一般には「ザビエル」だと知っているはず。それでも「サビエル」なのはなぜなのか。そもそも、ザビエル本人は自分のことをどう呼んでいたんだろう。そんな疑問がいくつもあって、取材を始めました。
調べていくと、ザビエルはいろんな名で書き残されていることが分かってきました。
研究者のなかには、ザビエルが資料にどう書かれているか調べ、60以上も見つけた人もいました。「ハビエル」「シャヴィエル」「娑毘惠婁」「ザビヱール」――なんだか、どれも正しいような気がしてきます。
「サビエル」派が圧倒する山口市ですが、「ザビエル」が使われていた痕跡もありました。山口市には、日本で最初の教会とされる大道寺の跡地があり、現在「サビエル記念公園」になっています。看板は「サビエル」。でも、園内にあるザビエルをたたえた碑には「ザビエル」とあるんです。
結局、取材を尽くしても、なぜ「サビエル」と呼ばれるようになったのかは分かりませんでした。ひょっとしたら、この呼び方は、ザビエルの生まれたスペインでの発音とは違っているかもしれません。でも、山口の人たちは「サビエル」という呼び方が山口だけだということを知っていて、だからこそこの呼び方を大事にしていると感じました。
そこで、ザビエルの兄の子孫で神父をしているルイス・フォンテスさんにも話を聞きました。ザビエルの足取りを追って来日し、今は福岡の教会にいます。
ルイスさんは、ザビエルをどう呼んでいるのか。そう聞くと、「もっとザビエルのことを知って欲しい」と、自分がザビエルの子孫だと知ったときのことから山口に戻ったらやりたいことまで、1時間近くにわたって話してくれました。
取材後、ルイスさんから一枚のはがきをもらいました。「記事を見ました。丁寧に書いてくれてありがとう」というメッセージに続いて、こんな一文が。「すごいスクープがある。連絡して」。
えっ!「これはひょっとして、歴史の一ページを塗り替えるすごい話が聞けるかも……」どきどきしながら電話しました。ルイスさんにはがきのお礼を伝え、ひとしきり近況の話をして、満を持して話を切り出しました。
「スクープって、何ですか」
するとルイスさん、電話の奥でなぜかニヤリ。そしてこう話しました。
「ザビエルは日本各地を歩いて、民衆と交流しました。なのに、今はその一面しか知られていない。彼がどんな考えで来たのか、何を布教したのか。何を伝えたかったのか。さらに取材してくれたら、誰も知らなかったことがあなたにはきっと書けます。これが、私がはがきに書いた『スクープ』の意味ですよ」
なんだあ、そういうことだったのか…と思いつつ、何だか、諭されたような、お告げをもらったような気持ちになりました。どんな話も取材するのは大変だけれど、よく知っているはずの物事にも、これまで知られていなかった一面がきっとあるはず。ザビエルのこと、まだまだ追いかけてみようと思います。
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