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「パレスチナの声聞け」トランプ発言に怒り 河野外相「けがの功名」
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地が集まるエルサレムを、トランプ米大統領が「イスラエルの首都」と宣言しました。ユダヤ人国家イスラエルと、イスラム教徒が大半のパレスチナの共存を探る中東和平問題。エルサレムはどこの首都かについてイスラエルに加担したトランプ氏の発言に、抑圧が続くパレスチナから怒りの声がやみません。両国を訪れた河野太郎外相も火消しに努めますが……(朝日新聞専門記者・藤田直央)
「アメリカはもう信用できない」。トランプ氏の宣言から約2週間後の2017年12月21日夜、東京・上野の日本国際ボランティアセンター(JVC)で開かれたパレスチナ情勢の緊急報告会で、デモが続く現地の人々の憤りが次々と伝えられました。JVCでパレスチナを担当する山村順子さん(33)が一時帰国し、動画や写真を交えて紹介しました。
イスラエル占領下の東エルサレムにあるNGOで活動するフェイルーズ(36)さんはスカイプで登場。私から「トランプ氏の発言で、米国は中東和平を仲介する資格を失ったのでしょうか」と尋ねると、きっぱりこう答えました。「そもそも仲介する資格がない米国が関わってきた交渉を、米国抜きでやり直すべきです」
何かと物議をかもすトランプ氏の発言ですが、「エルサレムはイスラエルの首都」と言うことがなぜここまで反発されるのか。直接の理由は、パレスチナ人も自分たちの首都がエルサレムにあると考えるからですが、その背景には中東和平問題の長い歴史と、いまも続くパレスチナ人への抑圧があります。
戦前にナチスによる迫害でヨーロッパからのユダヤ人難民が増え、アラブ民族主体のパレスチナで混乱が深まります。国連総会は1947年、英国の委任統治領だったパレスチナを分割してユダヤ、アラブ各民族の2国家を作るという決議を採択。すると、イスラエルが48年に建国を宣言して周辺のアラブ諸国と対立し、67年の第3次中東戦争で、東エルサレムと、ヨルダン川西岸・ガザの両地区などへ占領を広げました。
交渉の末、93年の「オスロ合意」でパレスチナ人による自治が両地区で始まりましたが、パレスチナ側からの過激派によるテロとイスラエル軍の報復が続きます。「2国家共存」を目指す動きは停滞しました。イスラエルは、東エルサレムやヨルダン川西岸でユダヤ人の入植を後押しする一方で、ガザ地区はテロの温床として封鎖し、国家を持てないまま難民化したパレスチナ人は500万人を超えるとされます。
宙に浮いたエルサレムの扱いは、難航する中東和平の象徴なのです。
12月21日のJVCの報告会では、山村さんからパレスチナ人の苦境について様々な話がありました。ヨルダン川西岸では、ユダヤ人の入植地を囲うようにイスラエルが築いた壁や、500カ所以上の検問所のために移動がままならず、毎日の通勤や通学に数時間もよけいにかかり、妊婦の死産すらあること。人口密度の高いガザでは、電気や水道水が一日に数時間しか供給されないこと――。
米国はそんな中で、イスラエルを建国当時から承認し、中東で民主主義などの価値観を共有する貴重な同盟国として軍事的にも支えてきました。エルサレムの扱いは当事者間の交渉に委ねるということで国際社会と足並みをそろえてきたのですが、トランプ氏が今回、「それで和平は進展しなかった。同じやり方を続けるのは愚かだ」として「イスラエルの首都」宣言に踏み切ったわけです。
ただ、パレスチナの人々はとても納得できません。
JVCのスタッフが東エルサレムで撮ったインタビュー動画では、「オスロ合意があったのに突然トランプが登場した」(書店を営むアフマドさん親子)、「どうして彼は人のものを、ふさわしくない人にあげることができるのか」(NGOのナジュラさん(36))と怒りの声が続々。フェイルーズさんはスカイプで、「トランプ発言は、これまでの米国の不公正な態度について開き直るものです」と話しました。
トランプ氏は何を考えているのでしょう。「エルサレムはイスラエルの首都」と宣言した際には、「中東和平に関わり、2国家共存を支持する」という立場は変わらないとしながら、「新たなアプローチ」を強調しました。具体策は示しませんでしたが、「異論はあるだろうが、我々はそれを乗り越えて平和に達するだろう」と述べました。
12月18日にトランプ氏が発表した、米国の国家安全保障戦略がヒントになるかもしれません。
「中東」の項にはこうあります。
「この地域の平和と繁栄を妨げる主因は、イスラエルとパレスチナの紛争だと考えられてきた。だが、テロ組織とイランからの脅威によって、各国は次第にイスラエルと共通の利害を見いだしている」
つまり、中東和平よりも、「テロ支援やミサイル拡散をしている」とトランプ氏が批判するイランや、過激派組織「イスラム国」(IS)への対応が大事だということで、「そのためにイスラエルとアラブ諸国が連携しやすくなるよう、エルサレム問題の決着を急いだのでは」(日本の外務省幹部)という見方もできる訳です。
ただ、今回のトランプ氏の発言はイスラエルとアラブ諸国の連携を進めるどころか、アラブ諸国の米国に対する反発を強めました。国連安全保障理事会では、「エルサレムの地位は交渉で解決されるべきで、それを変更するいかなる行動も無効」とするエジプトの決議案に対し、15理事国のうち14カ国が賛成。唯一反対した米国の拒否権で決議案は葬られましたが、米国の国際的な孤立が際立ちました。
困ったのは安倍政権です。トランプ氏が16年の大統領選の時から「エルサレムはイスラエルの首都」と訴えていたことは承知でしたが、「大統領になってこのタイミングで言うとは。アラブ諸国の反発を過小評価している」との戸惑いがあります。日本は12月は月替わりの安保理議長国で、国際社会の合意形成にとりわけ気を遣っています。さらに下旬には河野太郎外相のイスラエル・パレスチナ訪問が控えていました。
日本は「2国家共存、エルサレムの扱いは交渉で」という国際合意を重んじる一方で、パレスチナへの人道支援に力を注いできました。原油輸入を頼る中東の安定のために、歴史や宗教の面でしがらみのない立場から中東和平を後押ししてきたのです。安倍政権ではイスラエルとパレスチナの両首脳を日本に招いて協議を促すことも検討しています。
しかしそれは、中東和平を主導しようとしてきた同盟国・米国を支えるためでもあるのです。日本にとって北朝鮮の核・ミサイル問題への対応で米国の支援が欠かせないいま、「信頼関係を保つためにも米国の中東政策を支える必要がある」(政権幹部)という事情もあります。
JVCの報告会では、パレスチナから日本への期待も伝えられました。停電が多いガザで自家発電の普及を目指すエンジニアのアマルさん(26)は、スカイプで「支援に感謝しています。日本でのトランプ発言への抗議もSNSで知り、勇気づけられています」。東エルサレムのアフマドさん親子は動画の中で、ともに「和平を日本に仲介してほしい」と語りました。
日本にはこうした中東での信頼に加え、安倍・トランプ両首脳に象徴される米国との密接な関係があります。世界各地でクリスマスを祝う中、河野外相は12月25日にエルサレムを訪れてイスラエルのネタニヤフ首相と会談し、中東和平にとって米国の役割が重要だと確認しました。次いでヨルダン川西岸のラマラへ行き、パレスチナ自治政府のアッバス議長と話しましたが、アッバス氏は米国は公正な仲介者ではないという考えを示しました。
会談後、河野外相は記者団に、トランプ氏の発言に関し「パレスチナ問題に光が当たってくるようになったのはけがの功名かもしれない」と発言。「日本もイスラエルとパレスチナが話をできる場を設定していきたい」と語りました。
トランプ氏の発言で溝を深めた米国とアラブ諸国、とりわけパレスチナとの関係修復を図りながら、中東和平を前に進めることができるのか。日本外交が問われています。
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