お金と仕事
社長になりたくない!データで読み解く「新人」たちの「平成30年史」
社長になりたい! そんな若者が減ってきています。日本生産性本部の新入社員の意識調査によると、「どのポストまで昇進したいか」という問いに対し、1970年は3割の人が「社長」と答えていました。それがここ数年は1割程度に下がっています。「平成の30年間」で「新人類」たちに、いったい何が起きたのか? 外資系コンサルからITベンチャーを立ち上げた社長、緒方憲太郎さんと一緒に振り返ります。
平成の30年間のデータを見ると、社長志望が減る一方で「重役」「部長」といった役職まで昇進したいという新入社員は、平成が始まった30年前と比べると約5ポイント増えています。
では、起業家になった人はどれぐらいいるのでしょうか。起業家数は30年間で増減はあるものの、20万人台を維持しています。ただ、起業希望者をみると右肩下がりです。
企業の社長や起業を目指す若者が減っているのはなぜなのか。
大手監査法人と米国の経営コンサルティング会社を経て、トーマツベンチャーサポートで300社近くのベンチャー企業を支援した後、音声プラットホームのベンチャーを立ち上げた緒方憲太郎さん(37)に聞きました。
――ベンチャーを支援していたのが一転、起業をして支援を受ける側に。まさにミイラ取りがミイラになった、ですね。
「10あるパイを奪い合うのではなく、10を12にする、新たな産業を生み出すような事業で、かつ人を幸せにするかどうかを基準に支援していました。具体的には、世界初の洗濯物折り畳み機を手がける企業や、スマホがドアの鍵として使える装置を作る企業などです。どこかで成功してる事業の廉価版のコピーや情報弱者から稼ぐビジネス、中毒者や重課金者が出てしまうビジネスは儲かるので自分が支援しなくてもいいなと、見てませんでした」
――なぜ、そこにこだわったのですか。
「約4年勤めた監査法人で、公認会計士として大企業の監査を担当しました。社会に対して何ができるかを考え、社会における自分たちの存在意義を明確にしている企業をすてきだなと思ったことが大きいですね。その経験から、世の中を幸せにする事業に携わりたいと思いました。せっかく挑戦するなら、お金のためじゃなく、世に存在意義を問える挑戦をしたいなと」
――そこからなぜ起業を?
「ベンチャー支援の多くが、新しい産業ゆえに市場規模はおろか、市場がそもそもない。社会の認知度を上げながら、ビジネスモデルを描かないといけない。とにかく答えがない(笑)。一つのアクションで結果が大きく変わる、それが面白かった。事実があり、それが会計のルールにそっているかをチェックしていた監査法人の仕事と正反対でした。ただ、2年でやることをやったなと思ったんです。コンフォートゾーンに入って、自身の成長の加速度が下がってきていた。道に迷ったらいつも面白いほうに進むことにしていて、それなら起業しようと考えました」
――日本の開業率は2000年代以降5%前後で、10%前後ある主要国と差があります。起業することのリスクを恐れているのでしょうか。
「本気で頑張れる人にとって、起業にはリスクはないですよ。むしろやりたいことをやることができて、そこにお金を出してくれる人がいる。好きなドラクエをやっていて、お金をもらえるようなものです(笑)普通に企業に就職するより、ずっと成長します。もちろん、社員を抱え、資金援助してくれる方の期待に応えるというプレッシャーはある。でも、それは妻子がいて、そのために頑張ろうという人と同じじゃないかなと」
――では、社長になりたい人が減っているのはなぜだと思いますか。
「『社長』のイメージがまず良くない。報道されるのは、謝ったり、たたかれたりするときばかり。リスペクトされるような成功事例が取り上げられることが少なく、若者が社長業に対する良いイメージを持ちづらくなっていると思います。ホリエモンさんが逮捕されたときもそうでしたが、金持ちや成功者をたたく文化が日本にはありますよね。メディアで取り上げられるのも、結局目立っているのは事業そのものの中身ではなく、社長の独特なキャラクターが多い気がします」
――では、いまの社長に求められるモノは?
「多くの大企業と仕事をする中で感じたのは、業務処理能力や調整能力が高い人が偉くなり、社長になっていたということでした。ただ、いまの社長はそういった『優秀』な社員の延長にあるポストではない。経営には経営に必要な能力がある。米国では社長業が確立しており、経営者を外から招くことも珍しくない。大企業の新入社員がその延長で社長になるということはほぼありません。社長だからこそ求められるものが昔とは変わってきています」
――栄養ドリンク・リゲインの「24時間戦えますか」のCMから約30年。上司と部下の関係も変わってきました。
「社員の『ラッキー』という感覚がすごい増えていると思っています。今日は上司がいないから楽できそうでラッキー、研修だけで給料もらえてラッキー。自分が生み出した価値以上のリターンが返ってくるとラッキー、不労所得万歳みたいな考え方がまかり通っている」
「例えば、サッカーの監督をやる場合に、昔は選手一人一人が向上心を持ち、チームのために戦っていた。いまは選手がそのチームは自分のために都合の良いチームなのか、頑張らなくても残れるチームなのかばかり見定めている。監督は選手に頑張れって言ったらパワハラだし、成長するための練習しない選手も試合に出さないといけない。頑張れない人だっているんだから!って言われます。そんな状態で監督をやりたいですかと」
「職場は自分が価値を出すかどうかに関係なく、生きる環境を与えてくれる場所だと思ってる人が増えてきていると思うんです。国民総出で『頑張らなくてもいいだろ、安心できる環境整えろ』って言ってたら、そりゃGDPも下がるわ、と。そりゃ経営も大変になるし、よっぽど夢や熱意がないと社長やりたくないわなと思います」
――そんな中での人材採用は難しそうです。
「大変です。10年間大企業で勤めると頑張るより得する環境がほしいという意識が強くなる。そうするとなかなか採用ができない。さらに名もないベンチャーだと、いい人見つけて本人はノリノリでも、周りの人が止めるんです」
「『ワクワクしたって将来不安じゃん』『時給換算したらマクドナルド以下じゃない?』というように。給料の後ろにある人のつながりや自分自身の成長からの次のキャリアなど、見えない資産として積み上げられるものがたくさんあるのにそこは理解されづらい」
「でもね、ちゃんと巡り合うんですよ、一回の人生全力で挑戦して楽しんでプレーしたいって人たちはちゃんと集まってくるんです。そういう人たちとの仕事は格別にエキサイティングです」
――それを言うと「ブラック企業だ」「やりがい搾取だ」という意見が出そうです。
「『仕事=苦』という前提条件がある人から見ると『やりがい搾取』という考えになるかもしれないですね。つまり仕事が面白いと思っていない人にとってはやりがい搾取になる。もちろんお金や環境も大事ですが、もっと素直に仕事にやりがいを求めることを肯定する社会を作っていきたいと思っています」
「サッカーがいかに割が良い仕事か、プレー環境が良いかをがんばって説得する監督より、そのサッカーの面白さを伝えて、目標を作り、やりがいを届ける監督のほうが素敵じゃないですか?」
「社員に仕事が面白いと思わせて成長する喜びとそれに報いる環境を提供することが社長の使命であり醍醐味なんだと思います。その素敵さと面白さが広く伝われば、社長になりたいって人はもっと増えるかもしれないですね」
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おがた・けんたろう 1980年生まれ。大阪大学基礎工学部卒。新日本監査法人、米経営コンサルティング会社「Ernst & Young NewYork」、トーマツベンチャーサポートを経て、2016年2月に音声アプリサービス「Voicy」を起業。公認会計士。
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