感動
東京・十条で食べ、泣いた…クルド人独立への思い「平和が恋しいね」
中東の「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれるクルド人の動きが、世界の注目を集めています。9月にイラク北部の地域政府が住民投票をし、独立への賛成票が9割以上を占めましたが、イラク中央政府や周辺国の反発で実現に至っていません。実は、日本にもクルド人は数多く住み、クルド料理店もあります。ゴマの濃厚な風味やピクルスの酸味のなかに、「賛成」「反対」では割り切れない悲しみを感じました。(朝日新聞国際報道部・軽部理人)
東京都北区の十条駅前にあるクルド料理店「メソポタミア」は、8月に開店したばかりのお店です。店内にはクルドで好まれている音楽が流れ、クルドの絵画や写真、旗が飾られています。
オーナーのファティマ・カラクラクさん(45)が、お店で提供している料理を紹介してくれました。牛肉をゴマやクルミと混ぜて揚げた「カフテー」、ピクルス、野菜の煮込み、白米が入った特製プレートは1000円。クルドの代表的な家庭料理を集めたもので、地元そのままの「本場の味」を再現したそうです。
カフテーはサクサクとした歯ごたえですが、口の中では肉汁がじんわりと広がります。濃厚かつピリ辛な味付けで、酸味のあるピクルスなどの野菜類とのコントラストが楽しい。アツアツのご飯は日本に比べると少し水気を含んでいて、揚げたてのカフラーとの相性は抜群でした。
また、忘れてはいけないのがケバブ。クルド地域でも親しみを持って食べられているそうです。最近は原宿や六本木など、東京でもお店や屋台をよく見かけるようになりました。僕は無類のケバブ好きで、見ると必ずと行っていいほど立ち寄ってしまいます。
「メソポタミア」のケバブは細かく刻まれた肉が、ドレッシングのかかった野菜と一緒に、パリっと焼いた皮でラッピングされて提供されます。一口かじると甘みと辛みと肉汁が同時に広がり、至福の時間を味わいました。
ファティマさんはトルコ出身のクルド人で、4年前の2013年に来日。「私たちは国を持っていないけれど、自分たちの文化はあります。ぜひお店に来て、クルド文化を味わってほしいです」と話します。
クルド人は推計人口が約3千万人と言われ、独自の言語と文化を持ちます。どうして自分の国を持っていないのでしょうか。
話は100年前にさかのぼります。第1次世界大戦後、イギリス、フランス、ロシアの交渉によって、元々クルド人が住んでいた地域の真ん中に国境線を引かれ、トルコ、イラン、イラク、シリアなどに分断されてしまいました。
それ以来、クルド人は各国で少数民族として迫害されたり、同化を強いられたりしてきました。民族自決の権利を訴え、各国で自治や独立を求めています。
そんな思いが結実したのが、イラク北部のクルド人自治政府「クルディスタン地域政府」(KRG)が行った9月の住民投票でした。
開票結果は圧倒的な賛成。改めて独立を求める民意を示したのです。多くの住民は大喜びで、「ついに独立だ」と盛り上がりました。
しかし、周辺国とイラク中央政府はこの結果に猛反発。KRGが支配していた地域の一部にイラク軍が押し寄せ、占領しました。KRGは独立投票の結果を凍結せざるを得なくなり、投票を主導したバルザニ大統領は辞任に追い込まれました。
話を戻します。僕が東京・十条のクルド料理店を訪ねたのは、KRGが住民投票を行う前日。日本に住むクルド人は故郷での投票をどう見ているのか、賛成か反対か、知りたかったのです。
そこで、一人のイラク出身のクルド人女性と出会いました。
メイソン砂原さん(55)。イラクの首都バグダッド育ち。10人兄弟の長女として生まれ、現地の日本企業で秘書として働いた後、日本人と結婚して約30年前に来日し、現在は東京都足立区に住んでいます。日本に来て以来一度も帰国しておらず、普段は電話やSNSで、イラクにいる家族とは連絡を取っているといいます。
「独立に賛成しますか? 反対しますか?」
僕は繰り返し尋ねました。しかし、その度にメイソンさんの煮え切らない答えが返ってきます。
「うーん、まだ分からないんだよね……」
話をそらすかのように、自分がいたころのバグダッドの思い出を話してくれました。友人たちと食事をしたり、休みのたびにショッピングセンターに行って買い物をしたり。また、いかに自然豊かだったか……。目を輝かせて話していました。
幼い頃に多くの人が体験したであろう風景と一致していると感じました。僕も昔は、休みの日に公園でサッカーをしたりピクニックをしたりしたものです。
昔の良き日々を懐かしむように、メイソンさんは語り続けました。
話を始めてから1時間半。僕は改めて投票について聞きました。やはり、はっきりとした答えはありませんでした。
「期待に沿わない答えでゴメンね。政治のことは、あまり考えないようにしているの。私はただ、平和が恋しいだけなんだ」
メイソンさんの目がうるんでいるのに気付きました。
「私がいた頃のイラクは、本当に平和だった。アラブ人、クルド人、アルメニア人、様々な人種の人たちがいたけれど、皆が仲良く暮らしていた。だけどイラクを離れてからは、湾岸戦争、イラク戦争、『イスラム国』の侵攻……同じイラク人で殺し合っている」
「イラクには30年間帰っていないし、両親にも兄弟姉妹にも会えていない。帰りたくても、危険で帰れないんだ。私の娘を、私の故郷に連れて行くことも、母に会わせてあげることもできないんだよ。こんな世の中おかしくないかな。独立してもしなくても、平和になってくれればいいよ」
涙がこぼれ落ちました。
近くで聞いていたオーナーのファティマさんも、つられて泣いていました。
自分の生まれ育った故郷が戦場になる。僕には想像することもできません。最も大事なのは平和で、独立への賛否にかかわらず誰もが求めていますが、どうすれば実現できるかが見えない。そこにクルドの苦悩があります。
甘さ、辛さ、酸味が複雑に絡み合いながら、それぞれの持ち味を活かし、一品を作り上げるクルド料理。クルドやイラク、中東の政治情勢も同じようにうまく調和できないだろうか。月並みかもしれませんが、そんなことを改めて感じました。
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