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リアル「陸王」は誰だ? ガチのランナーが見つけたドラマの魅力
ドラマ「陸王」が好調です。原作は池井戸潤氏で、老舗の足袋屋「こはぜ屋」がランニングシューズを開発する物語。銀行からの資金繰り、ライバルメーカーとの戦いに加え、竹内涼真さん演じるマラソンランナー、茂木裕人の存在も光ります。けがと戦いながら、懸命に走る茂木。マラソンファンの目に「陸王」はどう映っているのでしょう。そして「リアル茂木」の選手は福岡国際マラソンにも出るあの選手? コアなマラソンマニアに聞いてみました。(ライター・夏目みゆ)
「今シーズン、僕自身がけがに悩んでいるので、同じような状況の茂木の葛藤には共感するし、復調の光を見つけて少しずつはい上がっていく姿には、すごくカタルシスを感じます。自分の中のモヤモヤが消えていく気がするというか…」
そう語るのはマラソン歴6年の市民ランナー、晋太郎さん(34)。全国各地の大会に出場し、デビューから連続28回の「サブ3」を達成する、自他共に認めるマラソンマニアです。「サブ3」とは、フルマラソンの完走タイムを「3時間切り」することなので、かなり「ガチ」でマラソンに取り組んでいることがわかります。
私自身もフルマラソンを走るとはいえ、こちらはようやく昨年「サブ4」(4時間切り)を達成した程度。先日走った大阪マラソンは、練習不足がたたって6時間0分42秒もかかり、えらく泣きを見ました。
走った後のビールを楽しみに走る「ファン」ランナーの私にとって、「陸王」は経営に苦しむ「こはぜ屋」の企業再生ドラマであり、茂木選手はストーリーの鍵を握るイケメンランナーなのですが、「ガチ」ランナーは「陸王」のどんなところにひかれているのでしょうか。
晋太郎さんは「茂木は、けがをしたことでフォームを矯正しようとします。これは市民ランナーでもよくあることです。でも、新フォームを身につけることは本当に大変です」と言います。
「自分では直しているつもりでも、はたから見ると全く直っていないということはザラにある。茂木みたいな実業団ランナーは、市民ランナーよりもずっと長い期間走ってきているわけで、その染み付いたフォームを改善するのは、生半可な決意じゃできないな、と。うまくいったと思ったら失敗して、の繰り返しも、自分のけがした時期とちょうど重なったこともあって、その必死さには共感します」
フォーム矯正への必死さに心を揺さぶられたという晋太郎さん。「もう一つ、陸王の面白いところは、華やかな実業団選手の活躍の裏にシビアな現実があるのを感じ取れたことです」と、職業ランナーのリアルな描写も印象的だったそうです。
「メーカーからのサポートを打ち切られたり、引退勧告を受けたり、市民ランナーの何倍も厳しい環境にさらされていることが改めてわかりました」
市民ランナーにとって、同じレースを走る実業団のランナーは身近な存在です。
「大会に出場すると、市民ランナーの僕たちは寒い中、スタートの何十分も前から並ばないとだめなのですが、招待されている実業団選手は、スタート直前に列の先頭に入ることができます。これまでは、ただズルいと思っていましたが、そういう立場を得るまでにどういう大変さがあるのか、ということもわかった気がします」
やはり、「ガチ」ランナーの心を捉えているのは、茂木選手のイケメンっぷりではなくて、葛藤や懸命さなのですね。では果たして、日本マラソン界に「リアル茂木」はいるのでしょうか。
フルマラソンの自己ベスト2時間17分18秒で、マラソン練習会Team M×Kの副代表を務める拓也さん(30)と、自身も市民ランナーでありつつ、同志のためのマラソン情報サイトを運営している智己さん(33)。二人のマラソンマニアに聞いてみたところ、今最も注目しているのは大迫傑選手だと言います。
大迫選手は、5000メートルの日本記録保持者(13分08秒40)で、今年4月にボストンでフルマラソンデビュー。初マラソンにもかかわらず、2時間10分28秒の3位でゴールし、日本マラソン界の期待の新星に躍り出ました。
大迫選手は深刻なけがと戦っているというわけではないので、その点では「リアル茂木」ではないのですが、人を魅了する走りと自分を追い込む真剣な姿、端正な顔立ちという点では、「リアル茂木」といってもいいかもしれません。
この大迫選手が、国内で初めてフルマラソンにチャレンジするのが、12月3日に行われる福岡国際マラソン。埼玉県庁に勤め、「最強の公務員ランナー」でとして知られる川内優輝選手や、青山学院時代に箱根駅伝で大活躍し、「3代目山の神」と呼ばれた神野大地選手も出場予定で、「陸王」で繰り広げられる、茂木と毛塚直之のライバル対決さながらに盛り上がることは必至です。
二人は、福岡国際マラソンの展開をこう予想します。
「今大会は、8月の世界陸上の10000メートルで4位に入った、ケニア出身のビダン・カロキ選手がかなり強そうなので、大迫選手はどこまで付いていけるかが、勝負だと思います」(拓也さん)
「通過タイム次第では、東京オリンピック代表選手の選考権を得るための資格タイム2時間11分以内ギリギリで優勝して、2位以下に資格を与えないという、アメリカ的戦略もあるかもしれません」(智己さん)
日本マラソン界の「リアル茂木」は誰なのか。福岡国際マラソンは12月3日の12時10分にスタートします。
2020年の東京オリンピックの代表権をかけた、日本のトップ選手がどんな走りを見せるのか。「陸王」の登場人物に重ねながら観戦すると、また違った楽しみが生まれてきそうです。
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