連載
#7 現場から考える安保
もし尖閣を奪われたら… 北朝鮮だけじゃない難題、自衛隊が緊迫訓練
安倍晋三首相と習近平国家主席の会談で北朝鮮問題での協力を確認した日中関係ですが、もう一つの難題、尖閣諸島(沖縄県)をめぐる緊張は続いています。周辺の領海に現れる中国公船の数は減らず、日本は南西諸島防衛を強めています。もし島を外国軍に奪われたらどう取り返すのか--。そんな想定で行われた自衛隊の訓練を取材しました。
富士山麓にある陸上自衛隊富士学校(静岡県小山町)に新設された「統合火力教育訓練センター」が11月12日、報道陣に公開されました。
薄暗い「実習室」に入ると、横長の大型スクリーンには、木立の間から島の中心部を遠望する映像。スクリーンの間近で、「火力誘導班」の陸自隊員5人が双眼鏡を覗いたり、無線電話で座標の数字を伝えたりしていました。
これは、シミュレーターを使って「島嶼奪回作戦」で攻撃をする訓練です。火力誘導班は、外国軍に乗り込まれた島に密かに上陸し、双眼鏡で2キロほど先の敵の位置を確かめます。その情報を元に島の周辺から自衛隊が攻撃すると、火力誘導班は着弾地点を確認。より正確に攻撃できるよう、目標とのずれを伝えます。
昼夜の明暗や風の強さ、向きなどがシミュレーターで設定できます。攻撃の精度は敵の被害、つまり黒煙や炎の大きさとして双眼鏡越しの画像に現れることでわかります。同様の施設は米西海岸の米海兵隊基地にあり、自衛隊は合同訓練で使う機会はありましたが、自前で持つのは初めて。1.9億円かかっています。
シミュレーターを活用して訓練を増やすのは、島嶼奪回作戦にあたって陸海空3自衛隊の協力が迫られるからです。
陸自の水陸両用部隊が上陸する前には、海自による艦砲射撃や空自航空機の爆弾投下で敵を押し込む「火力の誘導が非常に重要」(河野克俊・統合幕僚長)です。報道公開された訓練でも、大型スクリーン前でかがみ込む陸自の火力誘導班は、攻撃を統括するため3自衛隊で作る別室の「支援火力調整所」役や、海自隊員が担当する「射撃艦」役とこまめに連絡を取っていました。
では、水陸両用部隊はどのように上陸するのか。同じ12日に米軍沼津海浜訓練場(静岡県沼津市)であった訓練も取材しました。3自衛隊による2年ごとの実働演習が11月に全国で行われており、その一環としての陸自と海自による水陸両用訓練です。
伊豆半島を東に望む駿河湾沖に海自輸送艦「くにさき」が浮かびます。この「くにさき」に運ばれてきたLCAC(エアクッション艇)1隻と小型ボート7隻による訓練が午後2時半ごろ始まりました。
ダイバーのような姿の「洋上斥候」が海岸に現れ、その誘導で第一陣のボート2隻が接近。浜辺に乗り上げたボートが流されないよう、隊員らは降りてすぐ引き揚げます。1隻あたり150キロに加え銃などの装備を積んだボートを5人で持ち上げる力業です。
隊員らは陸自西部方面普通科連隊(長崎県佐世保市)に属し、2017年度末に発足する「水陸機動団」の中核になります。自衛隊にはなかった水陸両用部隊。選ばれた隊員らはお手本の米海兵隊の協力も得て、戦闘服に防弾チョッキ、ブーツといった装備で泳ぐなど特別な訓練を受けています。
第一陣の約10人が並んで波打ち際に伏せ、陸に向け銃を構えると、第二陣のボート5隻も水しぶきを立てて上陸。乗っていた隊員約30人がボートをぐいと引き揚げ、静かに第一陣の列に加わりました。ここまで約10分。付近の海岸で安全が確保されたということで、海自のLCACが陸へと動き出します。
海自掃海隊群(神奈川県横須賀市)が6隻を持つLCACは全長24メートル、幅13メートルのホバークラフトで、戦車も積めます。この日は巨体を砂浜に乗り上げ、開いたハッチから陸自の高機動車1台を送り出しました。
対戦車ミサイルの搭載や重迫撃砲の牽引ができる高機動車が上陸したというところで、訓練は約15分で終了。この態勢になれば、シミュレーターで訓練していたあの火力誘導班と連絡を取り合い、島嶼奪回へ海岸の拠点からも攻撃できるというわけです。
自衛隊制服組トップの河野統合幕僚長は訓練を視察し、「自衛隊の水陸両用機能は非常に弱かったが着実に向上している。足らざるところを検証し向上に努めたい」と記者団に語りました。何が足りないのでしょう。
元米海兵隊大佐で自衛隊の水陸機動団創設に携わったグラント・ニューシャム氏はこうみます。「水陸両用活動は陸海空の統合がそもそもの前提なのに、自衛隊にはまだ足りない。特に空自が消極的だ。中国軍は統合を懸命に進め、その気になれば尖閣諸島周辺を制圧できると信じている。残された時間は少ない」
対策として、非常時に設ける3自衛隊の統合任務部隊を南西諸島防衛のために常設し、「交響楽団のように、より難しい訓練を日ごろから積むべきだ」。在日米軍との連携を深めるためにも、その部隊を沖縄本島にある米海兵隊の拠点に置くよう提案しています。
在日米軍との連携は自衛隊も重視しており、12月には島嶼奪回の合同訓練を九州で予定。陸自のヘリコプターや米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の輸送機オスプレイが参加します。防衛省では、水陸機動団の一部を沖縄の米軍基地に置くことも考えています。
南西諸島防衛で「奪われても取り返す」と考え始めると、このように沖縄の軍事的負担が増す話になりがちです。ただ、そもそも「南西諸島が奪われる」とはどういう状況なのでしょうか。
例えば、沖縄県石垣市に属し、中国がうちのものだと言い始めた尖閣諸島です。周辺の領海、領空に近づく中国軍の艦船や航空機を自衛隊は24時間態勢で監視しています。
もし中国軍が尖閣諸島に上陸できたなら、その時点で自衛隊の監視による警戒は破られており、一帯で日本側の海上優勢、航空優勢は危うくなっているでしょう。その状況から尖閣諸島を取り戻すため、今回の訓練のように水陸両用部隊が上陸するには、まずその周辺で海自と空自が中国の海軍と空軍を押し返さないといけません。
沖縄本島からも約420キロ離れた東シナ海の離島をめぐり、そんな奪回作戦が自衛隊単独で可能なのか。米軍の助けをどこまで得られるのか。中国との戦争にも発展しかねず、日米両政府は厳しい判断を迫られます。
むしろ、そんな事態にならないよう中国を牽制しないといけません。2012年の尖閣諸島国有化で日中関係が悪化してから、米国が日本を守る日米安保条約は尖閣諸島に適用されると繰り返し確認されているのは、「対中抑止」の狙いが強いのです。
南西諸島防衛で自衛隊が水陸両用機能を高め、米軍と連携を深めることも、対中抑止にとって大切です。ただ、実際に島を奪い合う戦いとなれば壮絶なものになることは、太平洋戦争を振り返るだけでも想像に難くありません。
東日本大震災の時、津波に襲われた宮城県気仙沼市の大島では、在日米海兵隊が救難活動で水陸両用機能を発揮しました。自衛隊の「島嶼奪回作戦」が発動されないよう、首脳間で対話が動き出した日中関係が好転してほしい。そして、自衛隊の水陸両用機能は国内外の自然災害で支援に役立てば――。
秋晴れの駿河湾で、鍛えられた隊員らの訓練を間近に見て、そう思いました。
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