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連載

#7 現場から考える安保

もし尖閣を奪われたら… 北朝鮮だけじゃない難題、自衛隊が緊迫訓練

陸上自衛隊の水陸両用部隊約40人が7隻のボートで上陸を終え、LCAC(エアクッション艇)上陸に備え安全を確保する=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場、藤田直央撮影
陸上自衛隊の水陸両用部隊約40人が7隻のボートで上陸を終え、LCAC(エアクッション艇)上陸に備え安全を確保する=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場、藤田直央撮影

目次

 安倍晋三首相と習近平国家主席の会談で北朝鮮問題での協力を確認した日中関係ですが、もう一つの難題、尖閣諸島(沖縄県)をめぐる緊張は続いています。周辺の領海に現れる中国公船の数は減らず、日本は南西諸島防衛を強めています。もし島を外国軍に奪われたらどう取り返すのか--。そんな想定で行われた自衛隊の訓練を取材しました。

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現場から考える安保
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「奪回作戦」シミュレーション施設登場

沖縄県石垣市に属する尖閣諸島。2012年9月に野田内閣が国有化を決めると中国政府は猛反発した=同月1日、朝日新聞社機から
沖縄県石垣市に属する尖閣諸島。2012年9月に野田内閣が国有化を決めると中国政府は猛反発した=同月1日、朝日新聞社機から 出典: 朝日新聞

 富士山麓にある陸上自衛隊富士学校(静岡県小山町)に新設された「統合火力教育訓練センター」が11月12日、報道陣に公開されました。

 薄暗い「実習室」に入ると、横長の大型スクリーンには、木立の間から島の中心部を遠望する映像。スクリーンの間近で、「火力誘導班」の陸自隊員5人が双眼鏡を覗いたり、無線電話で座標の数字を伝えたりしていました。

新設の陸上自衛隊統合火力教育訓練センターにある誘導シミュレーター。奪回を目指す島に火力誘導班の隊員らが先に上陸し、艦船などに攻撃目標を指示、着弾を確認する想定で訓練をした=11月12日、静岡県小山町須走の陸自富士学校
新設の陸上自衛隊統合火力教育訓練センターにある誘導シミュレーター。奪回を目指す島に火力誘導班の隊員らが先に上陸し、艦船などに攻撃目標を指示、着弾を確認する想定で訓練をした=11月12日、静岡県小山町須走の陸自富士学校

 これは、シミュレーターを使って「島嶼奪回作戦」で攻撃をする訓練です。火力誘導班は、外国軍に乗り込まれた島に密かに上陸し、双眼鏡で2キロほど先の敵の位置を確かめます。その情報を元に島の周辺から自衛隊が攻撃すると、火力誘導班は着弾地点を確認。より正確に攻撃できるよう、目標とのずれを伝えます。

 昼夜の明暗や風の強さ、向きなどがシミュレーターで設定できます。攻撃の精度は敵の被害、つまり黒煙や炎の大きさとして双眼鏡越しの画像に現れることでわかります。同様の施設は米西海岸の米海兵隊基地にあり、自衛隊は合同訓練で使う機会はありましたが、自前で持つのは初めて。1.9億円かかっています。

シミュレーターで砲撃を誘導する隊員らに見える着弾の画像。昼夜や風向、風力を設定でき、着弾地点と目標のずれをふまえ砲撃する側と無線電話でやり取りして次の砲撃で修正する=11月12日、静岡県小山町の陸上自衛隊富士学校
シミュレーターで砲撃を誘導する隊員らに見える着弾の画像。昼夜や風向、風力を設定でき、着弾地点と目標のずれをふまえ砲撃する側と無線電話でやり取りして次の砲撃で修正する=11月12日、静岡県小山町の陸上自衛隊富士学校

 シミュレーターを活用して訓練を増やすのは、島嶼奪回作戦にあたって陸海空3自衛隊の協力が迫られるからです。

 陸自の水陸両用部隊が上陸する前には、海自による艦砲射撃や空自航空機の爆弾投下で敵を押し込む「火力の誘導が非常に重要」(河野克俊・統合幕僚長)です。報道公開された訓練でも、大型スクリーン前でかがみ込む陸自の火力誘導班は、攻撃を統括するため3自衛隊で作る別室の「支援火力調整所」役や、海自隊員が担当する「射撃艦」役とこまめに連絡を取っていました。

「水陸機動団」新設へ、駿河湾で訓練

 では、水陸両用部隊はどのように上陸するのか。同じ12日に米軍沼津海浜訓練場(静岡県沼津市)であった訓練も取材しました。3自衛隊による2年ごとの実働演習が11月に全国で行われており、その一環としての陸自と海自による水陸両用訓練です。

11月の自衛隊統合演習で報道公開された今回の水陸両用訓練の想定=自衛隊作成
11月の自衛隊統合演習で報道公開された今回の水陸両用訓練の想定=自衛隊作成

 伊豆半島を東に望む駿河湾沖に海自輸送艦「くにさき」が浮かびます。この「くにさき」に運ばれてきたLCAC(エアクッション艇)1隻と小型ボート7隻による訓練が午後2時半ごろ始まりました。

自衛隊統合演習で、ボート2隻で海岸に迫る陸上自衛隊の水陸両用部隊の第一陣。左は先に上陸し誘導する役の洋上斥候=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場
自衛隊統合演習で、ボート2隻で海岸に迫る陸上自衛隊の水陸両用部隊の第一陣。左は先に上陸し誘導する役の洋上斥候=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場

 ダイバーのような姿の「洋上斥候」が海岸に現れ、その誘導で第一陣のボート2隻が接近。浜辺に乗り上げたボートが流されないよう、隊員らは降りてすぐ引き揚げます。1隻あたり150キロに加え銃などの装備を積んだボートを5人で持ち上げる力業です。

陸上自衛隊の水陸両用部隊が上陸。ボート(約150キロ)が流されないよう、銃などの装備を積んだ状態で5人ですぐ岸へ抱え上げる=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場
陸上自衛隊の水陸両用部隊が上陸。ボート(約150キロ)が流されないよう、銃などの装備を積んだ状態で5人ですぐ岸へ抱え上げる=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場

 隊員らは陸自西部方面普通科連隊(長崎県佐世保市)に属し、2017年度末に発足する「水陸機動団」の中核になります。自衛隊にはなかった水陸両用部隊。選ばれた隊員らはお手本の米海兵隊の協力も得て、戦闘服に防弾チョッキ、ブーツといった装備で泳ぐなど特別な訓練を受けています。

陸上自衛隊の水陸両用部隊の第二陣がボートで海岸に迫る=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場
陸上自衛隊の水陸両用部隊の第二陣がボートで海岸に迫る=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場

 第一陣の約10人が並んで波打ち際に伏せ、陸に向け銃を構えると、第二陣のボート5隻も水しぶきを立てて上陸。乗っていた隊員約30人がボートをぐいと引き揚げ、静かに第一陣の列に加わりました。ここまで約10分。付近の海岸で安全が確保されたということで、海自のLCACが陸へと動き出します。

陸上自衛隊の水陸両用部隊約40人が7隻のボートで上陸を終え、LCAC(エアクッション艇)上陸に備え安全を確保する=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場
陸上自衛隊の水陸両用部隊約40人が7隻のボートで上陸を終え、LCAC(エアクッション艇)上陸に備え安全を確保する=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場

 海自掃海隊群(神奈川県横須賀市)が6隻を持つLCACは全長24メートル、幅13メートルのホバークラフトで、戦車も積めます。この日は巨体を砂浜に乗り上げ、開いたハッチから陸自の高機動車1台を送り出しました。

ボートで上陸した水陸両用部隊が安全を確保後、海岸に乗り上げる海上自衛隊のLCAC(エアクッション艇)=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場
ボートで上陸した水陸両用部隊が安全を確保後、海岸に乗り上げる海上自衛隊のLCAC(エアクッション艇)=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場

 対戦車ミサイルの搭載や重迫撃砲の牽引ができる高機動車が上陸したというところで、訓練は約15分で終了。この態勢になれば、シミュレーターで訓練していたあの火力誘導班と連絡を取り合い、島嶼奪回へ海岸の拠点からも攻撃できるというわけです。

海岸に乗り上げた海上自衛隊のLCAC(エアクッション艇)から上陸する陸上自衛隊の高機動車=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場
海岸に乗り上げた海上自衛隊のLCAC(エアクッション艇)から上陸する陸上自衛隊の高機動車=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場

元米海兵隊幹部「3自衛隊の連携まだまだ」

 自衛隊制服組トップの河野統合幕僚長は訓練を視察し、「自衛隊の水陸両用機能は非常に弱かったが着実に向上している。足らざるところを検証し向上に努めたい」と記者団に語りました。何が足りないのでしょう。

水陸両用訓練を視察し、陸海空3自衛隊による統合演習の意義を記者団に語る河野克俊統合幕僚長=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場
水陸両用訓練を視察し、陸海空3自衛隊による統合演習の意義を記者団に語る河野克俊統合幕僚長=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場

 元米海兵隊大佐で自衛隊の水陸機動団創設に携わったグラント・ニューシャム氏はこうみます。「水陸両用活動は陸海空の統合がそもそもの前提なのに、自衛隊にはまだ足りない。特に空自が消極的だ。中国軍は統合を懸命に進め、その気になれば尖閣諸島周辺を制圧できると信じている。残された時間は少ない」

 対策として、非常時に設ける3自衛隊の統合任務部隊を南西諸島防衛のために常設し、「交響楽団のように、より難しい訓練を日ごろから積むべきだ」。在日米軍との連携を深めるためにも、その部隊を沖縄本島にある米海兵隊の拠点に置くよう提案しています。

元米海兵隊大佐で自衛隊への水陸両用機能導入に携わったグラント・ニューシャム氏
元米海兵隊大佐で自衛隊への水陸両用機能導入に携わったグラント・ニューシャム氏 出典: 朝日新聞

 在日米軍との連携は自衛隊も重視しており、12月には島嶼奪回の合同訓練を九州で予定。陸自のヘリコプターや米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の輸送機オスプレイが参加します。防衛省では、水陸機動団の一部を沖縄の米軍基地に置くことも考えています。

水陸両用機能、島の防衛より災害救難に

 南西諸島防衛で「奪われても取り返す」と考え始めると、このように沖縄の軍事的負担が増す話になりがちです。ただ、そもそも「南西諸島が奪われる」とはどういう状況なのでしょうか。

 例えば、沖縄県石垣市に属し、中国がうちのものだと言い始めた尖閣諸島です。周辺の領海、領空に近づく中国軍の艦船や航空機を自衛隊は24時間態勢で監視しています。

尖閣諸島周辺の日本の領海や接続水域に中国公船が入った数を海上保安庁が月別でまとめたグラフ。日本政府が尖閣諸島を国有化した2012年9月から急増している。
尖閣諸島周辺の日本の領海や接続水域に中国公船が入った数を海上保安庁が月別でまとめたグラフ。日本政府が尖閣諸島を国有化した2012年9月から急増している。 出典: 海上保安庁

 もし中国軍が尖閣諸島に上陸できたなら、その時点で自衛隊の監視による警戒は破られており、一帯で日本側の海上優勢、航空優勢は危うくなっているでしょう。その状況から尖閣諸島を取り戻すため、今回の訓練のように水陸両用部隊が上陸するには、まずその周辺で海自と空自が中国の海軍と空軍を押し返さないといけません。

 沖縄本島からも約420キロ離れた東シナ海の離島をめぐり、そんな奪回作戦が自衛隊単独で可能なのか。米軍の助けをどこまで得られるのか。中国との戦争にも発展しかねず、日米両政府は厳しい判断を迫られます。

 むしろ、そんな事態にならないよう中国を牽制しないといけません。2012年の尖閣諸島国有化で日中関係が悪化してから、米国が日本を守る日米安保条約は尖閣諸島に適用されると繰り返し確認されているのは、「対中抑止」の狙いが強いのです。

 南西諸島防衛で自衛隊が水陸両用機能を高め、米軍と連携を深めることも、対中抑止にとって大切です。ただ、実際に島を奪い合う戦いとなれば壮絶なものになることは、太平洋戦争を振り返るだけでも想像に難くありません。

 東日本大震災の時、津波に襲われた宮城県気仙沼市の大島では、在日米海兵隊が救難活動で水陸両用機能を発揮しました。自衛隊の「島嶼奪回作戦」が発動されないよう、首脳間で対話が動き出した日中関係が好転してほしい。そして、自衛隊の水陸両用機能は国内外の自然災害で支援に役立てば――。

 秋晴れの駿河湾で、鍛えられた隊員らの訓練を間近に見て、そう思いました。

水陸両用訓練を終え撤収する陸自隊員ら。再びボートに乗り、LCACとともに、駿河湾に浮かぶ海自輸送艦「くにさき」(写真奥)に戻った=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場
水陸両用訓練を終え撤収する陸自隊員ら。再びボートに乗り、LCACとともに、駿河湾に浮かぶ海自輸送艦「くにさき」(写真奥)に戻った=11月12日、静岡県沼津市の米軍沼津海浜訓練場
 

ミサイル防衛や最新鋭戦闘機など、自衛隊の訓練や兵器が報道陣に公開されることがあります。ふだん近づけない自衛隊の「現場」から見えてくるものとは――。時には自分で訓練を体験しながら、日本政治の焦点であり続ける自衛隊を追う記者が思いをつづります。

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