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泥だらけ筒香が見せた本気 雨中のプロ野球、カメラマンの取材舞台裏
ことしも野球シーズンは終わりました。名勝負もいろいろありましたが、記憶に残るのはあの泥だらけの球場。選手も、支えるスタッフの皆さんも大変だったと思いますが、カメラマンにとっても死闘でした。
ファインダーをのぞいていて、「あぶないっ」と感じ、シャッターを押した。
10月15日、阪神甲子園球場。五回2死一塁、DeNA・筒香の打席だ。阪神・石崎の内角球にのけぞり、青と白のユニホームに身を包んだ巨体は、たたらを踏むように泥沼と化したグラウンドに倒れ込んでいった。
左半身は泥で真っ黒に。ゆっくりと起き上がり、ベンチへ大股で歩いていった。球場がざわめく。左腕とバットにベットリとついた泥をタオルでゆっくりと落としていく。「筒香は頭にきているのかな」と、その動作を撮影し続けた。
雨の日の試合は、カメラマンにとっても悩ましい。私はこの日、試合開始の約2時間前に、スマホのアプリで小雨となる時間帯を見計らって、バックスクリーン横にある報道陣用の撮影ポジションに向かった。
甲子園の外野に屋根はなく、当然雨ざらし。傘を差しながら機材を用意する。
三脚にバズーカのような巨大な600ミリのレンズを設置。パソコン、機材を入れたバッグ、70―200ミリとワイドレンズをつけたカメラ2台、無線LANのルーター、電源を取るコンセントなどを全てビニール袋に包んで、防水対策を取った。試合は約1時間遅れ、午後3時すぎに始まった。
「六甲おろし」は阪神タイガースの応援歌で有名だが、この日は六甲山からふきおろす冷気を身をもって感じた。
試合中は傘を差せないため、上下とも雨がっぱを着て撮影した。序盤から、寒さで右手人さし指の感覚がなくなった。指先で触っても、どこがシャッターボタンか分からない。息を吹きかけても感覚が戻らない。やむをえず、まだ感覚の残る右手中指でシャッターを切った。
バットでボールを打つ瞬間をとらえるには、繊細な指先の感覚が必要だ。ところが、慣れない中指では微妙なタイミングがとれず、「だめだこりゃ」と何度も天を仰いだ。「写真がないよりはまし」と割り切るしかなかった。
試合中はカメラとパソコンをLANケーブルでつなぎ、重要な場面の写真をリアルタイムで本社に送信している。
状況にもよるが、1試合で20枚~30枚の写真を送る。撮影しながら、「五回表DeNA2死一塁、右前安打を放つ筒香=矢木隆晴撮影」などと、その場の状況説明を打ち込まなければならない。
そのパソコンのタッチパッドが、雨にぬれて反応しなくなった。ビニールにはくるんでいるものの、ぬれた手で扱ったため、水がキーボードに入り込んだらしい。わずかな投球間に、ちょっとずつ写真説明を書き進めるのだが、その作業が進まない。送るべき写真がどんどんたまっていった。
その後、小雨になってパソコンも乾いたのか、なんとか作業を再開できたが、冬に向かって、カイロや手袋、タオルが必要だと痛感した。
ベテランのスポーツ紙のカメラマンに聞いても、こんな水たまりができるような状況で試合をしたのは記憶がないという。
なぜ中止にならなかったのか。多くの方が抱いた疑問だと思う。
次の日の10月16日も大雨の予報で、中止の可能性が高った。10月18日からは最終ステージが始まるため、予備日は17日しかない。結果的に、2試合をこなすための日程がないと予想された。
そういう意味では、クライマックスシリーズの過密な日程が生んだ、歴史的な試合だったのかもしれない。
ところで、試合中盤に泥だらけになってしまった筒香は、打席に戻ると、意外にも穏やかな表情をしていた。
その打席はファウルで粘り、右前打を放った。気持ちが入った打球は、とんでもない速さで一、二塁間を抜けていった。
「相手も本気。生ぬるいことはできないと思った」。試合後にそう話していたが、泥をぬぐっている間、どんな気持ちだったのだろう。きっと感情的にならず、うまく気持ちを切り替えていたのではなかったかと想像している。
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