IT・科学
プログラミング「書きたいガール」が学んだ…コマンドより大事なこと
世の中には2種類の人間がいる。コードを書けるひとと書けないひとだ。とかいって線引きされたとき、私は「書ける側」にいたい。だから、どこかでプログラミングを勉強したい。と気持ちだけ前のめりになっていたところ、女性限定、初心者歓迎、しかも無料!のプログラミング学習イベントを見つけてしまった。そんなプログラミング書きたいガールが教わったのは…コマンドよりも大事なことでした。
イベントの名前はその名も「Rails Girls Tokyo」。
ん、 ガールズ!と呼んでもらっていいのかしら…という脳内自己対話はさておき、参加してきました。
結論:楽しかった。そして、コミュニティーってすばらしい!と思いました。
ひどい雨が降った10月6日金曜の夜。学校や会社帰りの参加者たちが続々と会場に集まってきた。東京・渋谷区にあるクックパッド株式会社オフィスの一角だ。テーブルがたくさんあって、広いキッチンがあって、見晴らしがよい。窓が大きくて、雨なのに明るい。女性が多いから、ますます部屋の雰囲気が明るい。
4~5人のチームに分かれ、持ってきたパソコンをテーブルに置く。軒並み「Mac Book」ばっかりでみんな驚く!ウィンドウズに恨みはないけれど、会社指定の武骨な子を連れてこなくてよかったな…。機能もさることながら、見た目も大事です。特になにか新しいことを始めるときは、気分を上げていかないと。
厳密に言うとこの夜は、イベント本番の準備のために集まった。翌朝からサクサク、講習会を始められるように、必要なソフトウェア類をそれぞれのパソコンにインストールする。
このイベントでは、Rubyというプログラミング言語を使う。そのために、「Ruby on Rails」というフレームワークを利用する。目指す到達点は、タイトルと本文、写真を投稿できるブログ形式のウェブサイトをつくってみることだ。
「って、なんのこっちゃ?」「フ、フレームワークってなに?」「Ruby一つじゃだめなの?」クエスチョンマークが飛び交う私の脳内。
と、ほかの参加者さんが「フレームワークってなんですか?」的な話をしているのが聞こえてきた。いいぞいいぞ、さすが初心者歓迎のイベント。
オンラインでなんでも学べる時代です。とはいえ、ほかの参加者の声がVR(仮想現実)技術で自然に聞こえてきちゃったりは、まだしない。学びのつまずきを互いに共有できると、安心するし、質問もしやすくなるんですね。リアルイベントはここが強いと実感しました。
というわけで、早速、隣に座っている先生役の銭神裕宜さん(29)に聞いてみる。ちなみに、学びに来た参加者は「ガール」、教えに来た指導者は「コーチ」と呼ばれる。
コーチの多くは、本業でRubyを使って仕事をしている人たちだ。銭神コーチも、ソフトウェア会社「万葉」でエンジニアとして働いている。この日はガール24人にコーチ18人と、かなりマンツーマンに近いぜいたくな布陣だった。
班はすべて、「しゃもじ」「さいばし」「フライ返し」などなど、料理道具の名前がつけられている。班名の札に書かれたイラストも可愛い。さすが日本最大のレシピサービス「クックパッド」のおひざ元開催。
もし、この名札が素っ気なく書かれた「Aチーム」「Bチーム」で、プラスチックのケースにすました感じで入っていたら、「お勉強感」が勝ちすぎて、たぶん楽しさ半減です。貴重な週末を費やすガールズを思う細やかな演出が、心をつかむわけですね。
話を戻すと、銭神コーチの解説はこんな感じだった。「Rubyが小麦粉だとすると、Ruby on Railsはホットケーキミックス。小麦粉からパンケーキをつくることもできるけど、ホットケーキミックスがあれば、簡単においしくつくれる。そんな感じなんですけど、分かりますかね?」
おー、なるほど、それは分かりやすいですよ。小麦粉からこだわってパンケーキ作るのは確かに、玄人さんですね。ふむふむ。
ターミナルという、これまた覚えたばかりの黒い画面を立ち上げて、そこに教わったままにアルファベットを打ち込んで、エンターキーを押す。
「この黒い画面は、コマンドというMacへの命令を実行するための場所と考えてください。Windowsではコマンドプロンプトと呼ばれます。あ、この$マークが出てきたら、次の作業に移ります」といった感じで、時折、銭神コーチが解説を入れてくれる。
「小麦粉とホットケーキミックス」の例え方は、きっとお母さん世代にも分かりやすい。「単語がちんぷんかんぷんだから」と、ついついITを敬遠しがちな皆さん、もしかしたら食わず嫌いかもしれませんよ。
そんなこんなで、事前準備をなんとか終えて解散。そしていよいよ翌日、本番を迎えた。相変わらずお天気は悪かったけれど、午前9時30分ごろからガールズ集結。申込時に年齢を申告しないので正確には分からないのだが、見たところ20代が多そうだ。最年少は中学生らしい。
各班で、われら「おたま」班でも、呼ばれたいニックネームを決めて自己紹介が始まる。神奈川から来たmiyunさん(22)は英語の専門学校を出た後、大学進学の費用をためるために、手作り作品の販売購入アプリの会社でアルバイトをしている。
「世の中どんどん変わっている。どう生き残っていくかを考えると、英語だけでは足りない。2020年には小学校でプログラミングが必修になるし、時代に追いついておきたい」という。
都内で建築を学ぶ大学院生のちづるさん(25)は、実家のシェアハウス経営のために、自分でウェブサイトを立ち上げようと思ったのが参加のきっかけだ。動画の学習サイトで予習をしてきたそうで、積極的にコーチに質問している。覚えたことを忘れないように、早速ウェブサイトを作り始めて、同時並行で勉強を進めたいと目を輝かせていた。
なんでしょう、この学びたいガールズたちが放つポジティブオーラの心地よさ。そして、コーチたちから立ち上る教えたいパッション。会社に「行かされる」講習を、睡魔と戦いながら聞くのとは全然違います。
早速、午前の作業にとりかかる。今日も黒い画面「ターミナル」を立ち上げて、銭神コーチいわく、「まずは土台作りから始めます」。「mkdir」というコマンドは「フォルダーをつくる」、「cd」は「つくったばかりのフォルダーなどに、移動する」ということだと習う。
しかし、私は集中力が持続しない生徒なので、ついつい合間に、用意されているお菓子に手を伸ばす。ついでにお茶を取りにいけば、ロゴが入ったハート形のクッキーが目に入る。スポンサー各社の可愛いステッカーも「ご自由にお取りください」状態で置かれている。随所に「ガールズ」っぽさが光ってまぶしいぜ☆
そういえば、冒頭にあいさつした主催者の寺嶋章子さん(35)は「可愛く楽しくプログラミング体験をしながら、IT業界の様子もちょっと垣間見ていってください」と話していた。可愛いことは重要なのだ。
寺嶋さんも2012年、国内で初めて開かれたRails Girlsの参加者だった。「告知サイトが可愛かったから(笑)というのも参加理由の一つです」。ガールズ1期生はその後、本格的にプログラミングを習得し、お子さん3人を育てながらの転職活動に成功。いまは在宅ワークを中心に、晴れて正社員プログラマーとして働いている。
そんな「先輩」の話を聞けるのも、女性限定イベントの魅力だ。この業界、実はリモートワーク、時短勤務を認める企業が多く、「(ライフステージによって働き方が変わり得る)女性と相性がいい」と寺嶋さんは言う。「なるほど、そうですね!」と思いつつ、自由な働き方は業界を超えて、性別も超えて、もっと広がっていくだろうなぁと、プログラミングを通して今の社会も見えてきます。
お昼はお弁当(これも無料!)を食べ、スタッフが用意したインスタ風フレームで和気あいあいと写真撮影で盛り上がる。あらー、みんなかわいい☆と、写真を撮るガールズを撮りたくなる私(確実に参加者中最高齢と思われる)。
その後、スポンサー各社が数分ずつ、ひとこと宣伝するコーナー(ライトニングトーク)をはさむ。Rubyを使ってウェブサービスを提供している会社が多いらしい。サービス紹介と言うよりは、リクルーティングっぽいプレゼンが目立っている。
今日のイベントをきっかけにRuby使いになって、一緒に働こうね、ということなのか。「ど真ん中エンジニアにならなくても、たとえばウチの総務の人は、自分の仕事を楽にするためにコードを書く、とかしてますよ」と教えてくれたのは、あるスポンサー企業のCTO氏。
イベントってなかなかお金がかかる。もし、参加は無料だけど、何かしらの商品を「特別価格でお売りします」なんて言われていたら、ちょっとげんなりしていたかも。「一緒に働こう」っていうのは、宣伝だけど、「仲間に歓迎するよ」というメッセージでもある。おかげで気持ちよく無料に乗っかれました。
午後もまた、こつこつ、ゆるゆる、たまにお菓子を食べながらがんばる。銭神コーチからは、HTMLやCSSを書き換えると、つくっているサイトの見た目が変わることを教わるが、そろそろ覚えることが、私の脳の限界を超え始める(すみません)。
それでも夕方までには、なんとか私のMacから記事や写真を投稿し、コメントもつけられる小さなブログができあがり、インターネット上に公開するまでこぎ着けた。班の全員が仕上がったところで、画面を見せながら記念写真をパチリ。
しかし、全員おんなじ手順で作ったはずなのに、ちづるさんも、miyunさんも、それぞれ仕上がりが違っていて興味深い。こんな風に勉強を続けていけば、それぞれまったく違う、自分ならではのサイトをつくり上げられるんだ。入り口からのぞいただけとは言え、この世界の奥深さをちょっと感じられた。
公開できること、これって大きい。ホットケーキミックスをこねてるだけでは、やっぱり物足りない。完成品を「デビューさせる」ところまで個人でできるのがネットサービスの面白いところ。そんなデジタルの神髄を味見した気分になれました。
それにしても驚いたのは、ぜいたくなまでのガールズ厚遇である。参加費無料、コーチはマンツーマンに近く、なかには業界では有名な「すごい人」もいるらしい。しかもコーチたちは文字通りのボランティア参加で、都内開催につき交通費すら自腹だという!
ライトニングトークがあったとはいえ、会計上の収支は合っていないと思われる。
「どうしてこんなに、プログラミングを志すガールズに優しいんですか?」
懇親会(おいしいケータリングと飲み物付きで、これも無料!!)で、コーチやスポンサー各社の人たちに、聞いてみた。
「Rubyって、コミュニティーを大事にする文化があるんですよね」
「そうそう、できるだけ多くの人がRubyに関わることで、Rubyがよくなる。それが結局は、会社にとって一番早いんですよ」
「むかし社長がRubyのコミュニティーにお世話になって、だからスポンサーするのは恩返しだって言ってました」
「コミュニティーがよくなるには、女性への支援は重要だから。男性も当然、協力します」
「なぜか、映画とかでプログラマーが出てくると、パソコン画面だけが光ってる真っ暗な部屋で、男が昼夜を問わず身なりもかまわず作業している感じですけど、違いますから~」
懇親会で自分の転職経験について、あらためてプレゼンをした寺嶋さんがこんなことを言った。「どうしてプログラミングの勉強をがんばれたんだろうって、考えてみたら、私はここにいる人たちが好きで、この人たちと一緒にいたい、話ができるようになりたいと思ったから」
コミュニティーって、すばらしい。
なんだか、とってもいい人たちと知り合えた気がした。折しもニュースでは、「排除」とか「踏み絵」とか「国難」とか、物騒な言葉が飛びかう時期だった。
ひとの善意がつぎの善意につながっていく世界を大事にしていくために、こつこつとプログラミングを学び続けるというのも、なんだかいいなと思ったりしています。
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