話題
「間違った投票をしたくない」は正しい? 選挙に行かない若者の言い分
「間違った投票をして、世の中を悪くしたくない」。今回の衆院選挙期間中、ある大学生の「投票に行かない理由」が、注目を集めました。選挙のたびに、若者の投票率が低いことが話題になりますが、ではなぜ、行かないのか。上の世代が考えているような「政治に関心がない情けない若者」とは違う、意外な姿が見えてきました。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
衆院選挙が公示された翌日の10月11日、花園大学(京都市)の師茂樹教授が、こんなツイートをしました。
”衆院選ということで、授業で「投票に行くか」という簡単なアンケートをしている。「行く」という学生が多いが、興味深いのは「行かない」の理由で「間違った投票をして世の中を悪くしたくないから」と述べる者が少数だがいたこと。これは根が深い気がする。”
衆院選ということで、授業で「投票に行くか」という簡単なアンケートをしている。「行く」という学生が多いが、興味深いのは「行かない」の理由で「間違った投票をして世の中を悪くしたくないから」と述べる者が少数だがいたこと。これは根が深い気がする。
— 師茂樹 MORO Shigeki (@moroshigeki) 2017年10月11日
10月20日までに約1万2千リツイート、約1万「いいね」と、大きな反響がありました。
実は、私(記者)はこのツイートを見て、「やっぱりかあ」と思いました。
いままで、多くの大学生の取材をしてきましたが、似たような学生の声を、ちょこちょこ聞いたことがあったのです。
「政治に詳しくないから、投票する資格がない」
「自分ごときの1票が影響を与えちゃダメだなと思う」
と、いったものです。
一般的に、「若者が選挙に行かない=若者は政治をちゃんと考えていない」という文脈で語られることが多いように感じます。
でも、実際に若者の声を聞いていると、決して「考えていない」だけではないと感じます。
「資格がない」と思い込むほど、真面目すぎたり、「自分ごとき」と言うほど、自己肯定感が低かったり。
もちろん、「主権」や「選挙」を誤解しているので、「そういうものではないよ」と教えてあげる必要がありますが、彼らが抱える問題は、それだけではないように思えます。
先ほどのツイートをした、師教授に話を聞きました。
師教授は、仏教学が専門ですが、このツイートの授業は、キャリア教育の授業だったそうです。学生たちが選挙をどう思っているのか知りたくて、大きな選挙がある時は、こうしてアンケートをしているとのこと。
「こういう意見は、うちの学生に特有なのかと思ったのですが、『うちの大学でもそう』といった教員の方たちのツイートがあったり、『共感する』といった若者らしきユーザーの声が寄せられたり。意外とマイノリティではないのかもしれません」(師教授)
実際のアンケートの回答を、教えてもらいました。もちろん、「ちゃんと行く」派の方が多いのですが、たしかに、投票に尻込みする意見がありました。
”簡単に投票して今の日本より悪くしたくないので今は投票にいきません”
”政治に詳しくはないので、無責任に投票はできないなと思ってるので、参加はしません”
若者と取材で話すと、「自分の存在は、価値がない。取るにたりない」といった自己肯定感の低さがベースにあるな、と感じることが多いです。
ある男子大学生は、「価値がないと思っているけど、別にそれが悲しいわけでもないです。そういうものだと思っています。政治に関心はありますよ。でも自分が参加できるものじゃないというか。結果を楽しみに『下』から眺めています」と、淡々と語っていました。
自分はダメな存在だからこそ、「投票して悪影響を与えてはいけない」と尻込みしたり、「投票しても無意味」と考えたりするのでしょうか。
「そうですね。例えば、授業で他の学生と話し合わせようとしても、うまく対応できない子が多いです。決して能力がないわけではない。力はあるのに、自分の意見を言うこと、自分の意見はこれだと決めることにストレスを感じているようです」(師教授)
師教授は、「間違った投票をして、世の中を悪くしたくない」という学生の発言の背景を、続くツイートでこう分析していました。
(1)投票しないという行動もまた、ある種の意思表示と見なされ得ることを知らない。
(2)選挙に学校の試験のような「正解」はないが、あると思っている。
(3)リスクを避ける傾向がある。
①投票しないという行動もまた、ある種の意思表示と見なされ得ることを知らない。②選挙に学校の試験のような「正解」はないが、あると思っている。③リスクを避ける傾向がある。…①③は主権者教育の問題、②は「正解」がない問題に取り組む機会が少ないことが理由かな。
— 師茂樹 MORO Shigeki (@moroshigeki) 2017年10月11日
「(1)と(3)は、『主権者教育』が不十分で、選挙の意味をわかっていない、ということ。『主権』を自分がもっていて、それを使うことは正当なことなのだという感覚があまりないのだと思います」(師教授)
たしかに、棄権をすることは、事前情勢で有利とされている候補に有利な結果を導きます。それに、政治をわかっていてもいなくても、みんなで意見を出し合って決めるのが、選挙であり、民主主義です。
「根が深い問題は、(2)です。これは、学生特有の考え方ではないでしょうか。政治に『正解』なんてありません。後から見て『失敗だった』という議論はありますが、決して正解/不正解というわけではありません。『正しい知識』がなければ間違ってしまう、間違うならば、参加しない、という意識はとても不安になります」(師教授)
師教授のツイートには、100件以上の返信が寄せられました。
「投票しないのは非国民だ」といった、「とにかく投票させるべきだ」という意見が多くありました。
ただ、もし若者たちが「間違ったらどうしよう」「政治を分かっていない自分はダメだ」と自信なくたたずんでいるのだとしたら、上の世代が「ちゃんと関心を持ちなさい」と叱り続けると、ますます彼らは「やっぱり自分には政治に参加する資格がない」と、尻込みしてしまうかもしれません。
「そう思います。いままで、若者がむしろ投票を忌避していることが、可視化されてこなかった。投票率といった数字だけでは、若者がいったいどういう考えなのかわかりません。上の世代が想像しているような『選挙より遊びたい』といった若者がいないとは言いませんが、それだけではない。そもそも、遊びたい人は大人にもいますしね」(師教授)
「日本の若者は政治に関心がない」と、よく言われますが、国際的にみると、実はそれは間違いです。OECD(経済開発協力機構)の2016年のリポートでは、「政治に関心がない」とこたえた15~29歳は、OECD平均の26%より少ない11%。31カ国中3番目の低さです。
「関心がない」のではなく、「自分の意見を表明することが怖い」のではないか。
私が日頃、若者たちを取材していて感じることです。「議論」自体を避け、違和感や異論を言うことを、とても怖がっているなと感じます。
「昨年の参院選挙で、ある30代の候補者が『批判なき選挙 批判なき政治』を目指すとツイートして、話題になりましたよね。若い世代にとって、『批判』が『非難』と同じ意味になっています。『話し合い』も、『対立』していることが前提で、話し合った結果誰かが抑圧されるという恐怖を感じている。だから、民主主義における『合意形成』が、わからないのだと思います」(師教授)
話し合い、誰もがいろんな妥協をし、全員に不満が残る結果しか出ないかもしれない。民主主義は、国民にとって、とても労力がかかり、不満が多い制度です。でも、それ以上の政治システムは、今のところ見つかっていません。
「選挙」をどう教えるか、教育に携わる人たちは、いろんな試行錯誤をしています。
師教授は、「間違った投票をしたくない」と書いた学生たちに、授業で何を話したのでしょうか。
「まずは、一般論を伝えました。白票と棄権は、組織票をもった候補者に有利だということ。投票率には世代の差があって、投票率が高い高齢世代にとって有利な政治になりがちということ。あとは、そもそも選挙制度は国によって違って、今の制度が絶対ではないこと。与えられたルール(制度)だけで考えてはいけない、と」(師教授)
そして、ツイートに寄せられた反響も、授業で紹介したそうです。
ただし、「ツイッター民の意見を信用するな、うのみにするな」と、念を押したうえで。
皆さんから頂いたリプを(全部ではないけど)授業で紹介したいと思います。ありがとうございました😊 pic.twitter.com/GelNnUaoka
— 師茂樹 MORO Shigeki (@moroshigeki) 2017年10月12日
「極端なことを言えば、選挙だけが民主主義ではありません。日本には言論の自由があるんだから、意見を言う方法は他にもある。たとえばNPO的な活動で寄付を集めてもいい。お金が集まるということは、ある種の支持を集めたということですし。学生たちには、この選挙を、民主主義を客観的に考える良い機会にしてくれればな、と思います」(師教授)
たしかに、選挙は、たくさんある方法のひとつです。
尻込みする若者たちは、真面目さゆえに、深刻になりすぎているのかもしれません。
「ええ。まあ、最終的には『あんまり気にするな!』です(笑)」(師教授)
1/37枚