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夫婦別姓で暮らしたい 国会議員に「手紙作戦」で訴える事実婚女性
選挙の時、投票用紙に私たちが書くのは候補者の名前か、政党の名前。「これだけは、解決してほしい」というテーマは人それぞれ違うのに、私の思いってちゃんと政治家に伝わるのかな。選挙のたびに、なんとなく不安です。と、思っていたら、なんと国会議員に手紙を書き、手渡しするという人がいました。デモでも抗議でもなく、手紙。なぜそこまで? 真意を聞きました。
東京都目黒区の行政書士百瀬まなみさん(53)は、夫婦別姓を認めて欲しいという思いを手紙に書き、国会議員に渡しています。結婚時、一度は戸籍上、夫の姓になったことは、百瀬さんにとって強制的に自分の姓を奪われた「人生の汚点」。その後、自分の姓を取り戻すために離婚しました。大学生の子どもがいる事実婚の家族です。
「夫とひとり息子がいますが、統計上では離婚後の独身者です」
「現行法下で姓の折り合いがつかず、結婚を諦めたり別れたりするカップルが少なくありません」
「ぜひとも具体的な施策をとっていただきたいです」
こうした内容を、一枚一枚、手書きでしたためました。
なぜ、そこまでするんですか?
「だって、結婚してどちらかが姓を変えなければいけない合理的な理由なんて、何もないじゃない。それなのに、別姓が認められない方がおかしいでしょ」
おっしゃる通り。ですが、だからと言って国会議員に働きかけようと考える人はなかなかいません。そこは仕事で議員と接する機会がしばしばあり、「別に国会議員だからって身構えないよ」という百瀬さんだからの発想なのでしょう。
夫婦別姓を選べるよう求める裁判を応援していた百瀬さん。
2015年12月に最高裁は、夫婦に同じ姓を強制するいまの民法を「合憲」と判断し、別姓は認めませんでした。このときの判決文の中にあったのが、「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」というひと言。「だったら次は、国会議員の尻をたたかないと」。年明けには、行政書士会の新年会が続き、国会議員に会う機会が何度かあることに気づきました。
「このチャンスを逃す手はない」
夫婦別姓の実現のために常に目を光らせている百瀬さんにとって、最高の機会がすぐ目の前にあったのです。どんなことをすれば、国会議員の心に残るだろうか。一人ひとりに切々と話す時間はないかもしれない。でも、本気の思いを伝えたい。頭をひねり、たどり着いた方法が、手書きの手紙を手渡すことだったのです。
国会議員の参加者を事前にリサーチし、人数分、便箋に書きつづりました。メールやラインでのやりとりが主流になったこのご時世に、手書きの手紙なんて・・。大変そうです。「さらさら~っと書けるからそんなに手間じゃないですよ」と百瀬さんは言いますが・・。
初めて渡したのは、地元の男性衆院議員でした。新年会の受付をしていた百瀬さんの前に遅れてやって来たその議員。「しめた」とばかりに、あいさつをしながら、「あなたの党の方々に期待しています。むやみに反対しないでください」と手紙を渡しました。男性は夫婦別姓に反対の傾向が強い党の所属。あなたたちは「むやみに反対」しているのだ、という皮肉も盛り込まれていますね。
翌日、別の新年会では狙いの現職議員は欠席。手紙は秘書に託しました。するとなんと数日後、本人から「お手紙、読みました」と電話が。「これまで続いてきた秩序と折り合いをつけていかなければいけない」などと慎重な物言いではありましたが、「電話をかけてくれたことが大事。手書きだからぞんざいには扱えなかったんじゃないかな」。手応えを感じたそうです。
その後も国会議員が出席しそうな会合の予定があれば、事前に出席者を調べ、手紙を用意して臨みました。保守的なイメージの強い男性議員が意外にも「大賛成です」と言ってくれたり、女性議員に冷たくあしらわれたり、イメージだけでは分からない議員の姿を垣間見るという収穫があったそうです。確かに、抱いていたイメージが、話してみると裏切られることはありますよね。よくも悪くも。
たとえ書類上であっても百瀬さんのように離婚という選択をすることが難しい人はたくさんいるはずです。「そんな大変な思いをしなくても別姓を選べるような社会にしたい」と強く感じたことが、政治家への働きかけの原動力になりました。
夫婦別姓に対しては「家族の絆を壊す」と主張する人たちがいます。百瀬さんは「なんの根拠もない」と自信を持って反論します。子どもが幼い頃は、夫婦で協力し合って子育てしました。洗濯は夫、料理は百瀬さん、掃除は「適当に」分担してうまくやってきたといいます。親子関係も「仲良くやってます」。どうやら絆は壊れていないようです。
ミクシィの夫婦別姓のコミュニティーでは、手紙の書き方を公開しています。「何人にも書くのは難しい。まずは、自分の選挙区の議員で、賛成している人よりも、反対している党の人に」というアドバイスも記載しています。
手紙は、自分で書いたのが10通ほどで、周りにどれほど広まったかは分かりません。「そんなに大きな力になる活動じゃないからね。でも、賛成はしにくい人でも、手紙を読めば反対はしなくなるかもしれない」。少しずつでも、目標に近づくことが大事なのだと言います。
無理せず、誰にでもできることとは? それは、「我慢せず、意思表示をすること」。夫の姓で年賀状が送られてきたときには、「訂正の手紙」を書いたといいます。子どもの小学校で夫の姓で呼ばれるたびに、事情を説明しました。「何が問題なの?」「制度の中でやればいい」など、否定的な反応に接したことも少なくありません。悪口を言われていると耳にしたこともあります。「でも、黙っていれば、自分の個人としての尊厳がどんどん摘まれてしまうから」。自分の友人、会社、学校など、身近なところで、おかしいことやいやなことがあったら、「ちょっと待った」のアクションを起こしてみることから始めればいいようです。
いまは日本人同士だと同姓しか選べない戸籍法を「憲法違反だ」と訴える仲間の後方支援に力を入れています。選挙では選択的夫婦別姓に反対する政党には、絶対に入れないと決めているそうです。1票は、手紙よりも、ずっと小さな力かもしれませんが「結局制度を変えるのは政治ですから」。手紙で直接訴えることと、選挙で票を投じること。どちらも、百瀬さんにとっては、自分の尊厳を守るための行動なのです。
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