お金と仕事
居酒屋で働く中国人店員の疑問「日本人は、なぜ疲れるまで飲むの?」
身近な居酒屋。最近では、店員として働く中国人も少なくありません。数十種類のメニューを覚え、複雑な値引きのシステムも頭に入れなければならない居酒屋の仕事。「いつも礼儀正しい日本人ですがお酒で『化ける』人がいますね…」「終電間際まで疲れた顔になりながらお酒を飲む理由って?」。居酒屋から見た「日本」について聞きました。
話を聞いたのは、北京出身の佳佳(ジャージャー)さん、23歳です。
佳佳さんは中国では珍しく、中学校から日本語を習いました。大学までの6年間で、日本語の読み書きは上達しましたが、話すことは少し苦手だったそうです。その後、西安の大学で経済を専攻しました。
「経済といえば日本ですし、日本語は第一外国語でもあるので、日本留学は私にとってわりと自然な流れだった」という佳佳さんは、2015年に来日します。今は都内の大学院で経済学を勉強しています。
来日した当初はアルバイトを考えなかったそうですが、友人に新宿歌舞伎町の居酒屋のアルバイトを紹介されます。
「ちょうど日本語の練習をしたかったんです。居酒屋って、日本社会そのままというイメージだったので即決しました」と振り返ります。
働く前の居酒屋は「石原さとみさんのドラマ『リッチマン・プアウーマン』でした」という佳佳さん。
「ドラマのシーンで、片手で5~6杯のジョッキを持つ居酒屋アルバイトの『技』に驚きました。まさか自分もできるなんて、最初は思いもしませんでした」
最初は片手でせいぜい4杯のジョッキでしたが「練習すれば、本当にできるものですね」。今では両手で12杯いけるそうです。
ジョッキ以上に苦労したのは、覚えることの多さでした。
まず、テーブルの番号。場所と対応する数字を暗記しなければいけません。
二つ目は、ちょっとややこしい会計。自分から入店したお客さんと、紹介で入った人では割引の度合いが違います。飲み放題の時間などによっても割引の幅は変わってくるそうです。
一番難しかったのは「ハンディー」と呼ばれる注文を取る携帯型の機器です。
数十種類はある料理のメニューを全部覚えなければいけません。「電車に乗る時も暗記に励みました。『ハンディー』を使いこなすまでには、一カ月はかかりましたね」と振り返ります。
サワーやハイボールなど、たくさんある飲み物の名前を覚えるのも大変だったそうです。
「お客さんに提供する時にも、復唱しなければならないので、しっかり名前を覚える必要がありました。今は慣れてきたので、お酒の色や、炭酸の泡を見るだけでも、そのお酒の名前がわかるようになりましたよ」
「猪口」「熱かん」「おたま」など、教科書にはなかなか出ない居酒屋用語も、身につけたという佳佳さん。
体力的にはきつい仕事ですが、幸い店長が優しい人で、売り上げがいいと慰労会を開催したり、新年会では、しゃぶしゃぶをごちそうしてくれたりしたそうです。
「床の掃除、トイレの掃除、ゴミ出しなど、きつい仕事は、店長さんがやってくれるんです。他のお店よりは恵まれた環境なので、楽しく働けています」
「日本人のお客さんは、基本的に礼儀正しいです。でもお酒が入ると、いろいろな姿に『化ける』こともありますね……」
これまで最も印象に残ったのは酔っ払った女性客の「トイレ籠城(ろうじょう)事件」でした。
ある日、トイレのペーパータオルがなくなってしまい、備品も切れていました。
ところが、トイレに入っていた女性がペーパータオルにこだわり、なかなかトイレから出てきません。一緒に来店した同伴者が説得しても納得せず…他に入りたいお客さんが並んでトイレの前は大混乱に。
最終的に、同伴者が女性客を外に引っ張り出すことに成功しおさまったそうです。
「彼女がもう少し籠城していたら、どうなっていたか…」
籠城事件だけでなく、飲み過ぎて粗相をしてしまうお客さんの相手をすることもある居酒屋の仕事。
いつも不思議に思うのはバイトが終わって駅に向かう時に見る光景だと言います。
「午後11時を過ぎた終電間際、新宿駅は多くの人でにぎわっています。ネクタイが外れた人や、酔っ払って路上に倒れ込んでいる人もいて。明日の朝からまた働かなければならないのに、疲れるためにお酒を飲んでいるように見えてしまいます」
日本に来て2年、居酒屋で働いて1年以上たちますが「やはり不可解ですね」とぴしゃり。
「居酒屋は、ストレスを解消する場所とよく言われていますが、ストレスをエスカレートする場所でもあるような気がします」
「接待とかお付き合いとか、仕事のための飲み会も多いので、一概に楽しいとも言えません。さらに、飲み過ぎて酔っぱらってしまうと、逆に体に悪く、悪循環になっているのではと時々心配します…」
佳佳さんは、日本の大学院を卒業した後は北京に戻る予定です。
「中国に戻ったら、金融関連企業への就職をまず目指します。大学院での勉強や居酒屋での経験をいかして、将来的に、自分でも起業してみたいですね」
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