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日本語は誰のもの? 芥川賞候補作の「物議」で台湾籍作家が考えた
7月にあった芥川賞をめぐって、台湾出身の作家・温又柔さんの候補作へのある選評に温さんがツイッターで反応したことがSNS上の話題となりました。ツイッターの真意や外国にルーツを持ち日本で育ったことについて、韓国出身の朝日新聞・安仁周記者が聞きました。
沼田真佑さんの『影裏』が選ばれた第157回芥川賞で、ある作品を巡る選考委員の選評が物議を醸した。
台湾出身の作家・温又柔さんの『真ん中の子どもたち』。日本と台湾にルーツを持つ主人公の葛藤と成長の物語で、3歳で日本に移住した温さんの経験が土台になっているという。
その作品について、選考委員の作家・宮本輝氏がこう書いていた。
私は言葉を失った。「他人事」「退屈」という部分は特に。そうか、こうした悩みって「日本人」には関係なくて、つまらないものとして映るのか。
私は父の仕事の都合で、6歳の時に韓国ソウルから日本に来た。通った神奈川県の公立幼稚園では当初、言葉がまったくわからず、泣いて帰ってきた。
母と一緒に辞書をひきながら日本語を学んだ。幼稚園の先生や友達とたくさんの手紙のやりとりをしながら文字を覚え、文化を知っていった。小学校、中学校と、日本語が上達していくのがうれしくて、それと引き換えに韓国語をどんどん忘れていくことは気にもならなかった。
韓国の大学に進学したことで「母語」は韓国語に固まったのだけど、縁あって日本の新聞社に就職した今、生活のほとんどは日本語で占められている。正直、社会人生活が10年近くなる今、韓国語は退化していて、両親と電話で話しながら単語が出て来なくなっている自分にびっくりしたりする。
だから「真ん中の子どもたち」を読んだ時、自分自身の話を読んだように感じた。アイデンティティーは、在日外国人やダブル(ハーフ)、帰国子女にとって、大なり小なり誰もが一度は抱えるだろう悩みだ。
私の場合、大人になって克服したと思っても繰り返し襲ってくる。そういった中で主人公を励ます友人たちの言葉は私自身も救われる思いになり、夢中になって一気に読んだ。
私が一番引っかかったのは、宮本氏が指した「日本人の読み手」という部分だ。日本語で書かれたものの読み手が必ずしも日本人とは限らない。今や近所のコンビニや居酒屋、銀座のデパートでも、日本に生活基盤を持つ外国人の姿はいくらでも見えてくる。この作品の主人公のように、両親どちらかが外国人というダブルの子たちだっている。
……とは言っても、長い日本生活で「郷に入れば郷に従え」の精神が根付いた私は、モヤモヤを抱えながらも「まあいいか」とやり過ごそうとしたが、当事者の温さんは違った。
どんなに厳しい批評でも耳を傾ける覚悟はあるつもりだ。でも第157回芥川賞某選考委員の「日本人の読み手にとっては対岸の火事」「当時者にとっては深刻だろうが退屈だった」にはさすがに怒りが湧いた。こんなの、日本も日本語も、自分=日本人たちだけのものと信じて疑わないからこその反応だよね。
— 温又柔 (@WenYuju) 2017年8月11日
話を聞いてみたいと、8月下旬、渋谷のカフェに会いに行った。温さんはその名の通りあたたかい声で、そしてあつく語ってくれた。
『真ん中の子どもたち』の冒頭に、トリン・T・ミンハの「他者への深い尊敬の念は自尊心から始まる」という言葉を置いたのは、自分を大切にすることからはじめよう、と呼びかけたかったからなんです。自分を肯定することは、他者を否定することではありません。むしろ、自分を大切にできるひとほど、他人のこともちゃんと尊重できると思うんですよね。
何より私自身がそうでした。
台湾にルーツを持ちつつ、日本で育ったというこの経験はマイナスではなく、プラス。そう思えるようになってはじめて、日本語そのものの包容力を知り、その懐に飛び込むことができたんです。
今は、私みたいな日本人もいるよ、と自分が発言することで「日本にはこんなやつもいて、自分たちと同じように日本語をつかって生きているんだ」と思ってもらったり、台湾語や中国語まじりの私の文章を読んで「日本語って思ってる以上に面白い可能性があるんだな」と感じてもらえたりすることが楽しいし、うれしい。日本で育ってラッキーだったなあ、って(笑)。
だって、私達が思っている以上に、「もっと、自分たちの知らない日本を見てみたいし、感じたい!」と求めている日本人は多いんです。
私はそういう人たちにとって魅力的な「雑音」でいられるように、これからもがんばりたいなって思います。
記者の安仁周さんは、アン・インジュとオン・ユウジュウはちょっと似てて何だかうれしい、と笑った。オン・ユジュとアン・ジンシュウも似ていると私もうれしくなった。
— 温又柔 (@WenYuju) 2017年9月21日
私たちは、私たちの姓名でニホン語を生きてきたし、ニホン語を書いていく…魅惑的な”雑音”をしゃらしゃら鳴らし続けるんだ。 https://t.co/0fs8yVYzyM
そう言って笑う温さんを見ながら、自分が記者になろうとした理由を思い出した。
そういえば私、「多様性を認め合える社会になろう」と呼びかける新聞記事に感銘したんだっけ。異なる背景を持つ私もまた日本で生きてきて、私たち家族をあたたかく迎え入れてくれた地域に感謝していて、そんな立場から、紙面を通じて日本社会に何かしら貢献したいと思ったのだった。どうしていつの間に、「みんなと一緒じゃないから」と言って後ろに隠れるようになったんだろう。
「魅力的な雑音」になる努力を、もう一度また始めてみたいと思った。
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