話題
電通過労死、サボれなかった優秀で熱い社員たち…元役員が明かした闇
電通の違法残業事件で、電通元常務執行役員の藤原治氏は「最後になる」と実名でのインタビューに応じました。取材の中で藤原氏は「報道の異常さ」に言及しました。一方、労働基準法の限界に対する問題提起には一定の説得力もありました。元役員”最後の独白”と電通の現役社員、そして過労自殺をした高橋まつりさんの遺族への取材から、私たちの「働き方改革」に必要なことを考えます。(朝日新聞記者・高野真吾)
「お祭りの『まつり』。元気で明るくお祭りみたいな子にとの思い。お花の名前でマツリカというジャスミンのお花が(あります)。ジャスミンをおうちで育てていたこともありまして、ジャスミンのような。両方をかけました」
2017年1月20日、東京・霞が関の厚生労働省。過労自殺した電通の新入社員・高橋まつりさん(当時24)の母親、幸美さん(54)は、まつりさんの名前の由来を静かにこう語りました。
この日、遺族側と電通が再発防止策などを盛り込んだ合意書に調印しました。それを受けて開かれた記者会見で、記者から、まつりさんの名前は「どういう思いを込めてつけられたのか」と聞かれた時のことでした。
さらに幸美さんは、昨年12月25日のまつりさんの命日に合わせた手記に提供した写真の思い出も語りました。2013年5月に中国・万里の長城で撮影されたもの。顔を寄せ合い、2人の楽しそうな雰囲気が伝わってきました。
当時、まつりさんは中国に留学中で「娘が北京に呼んでくれた」そうです。
「彼女が全部、中国語に通訳してくれたり、何も持たないでもお金も全部払ってくれたりして、本当に楽しかった。娘がこんな色々な経験をさせてくれて、みんなにも親孝行でいいねと言われていましたが、そんな孝行をしてくれなくても、娘がいた24年間は幸せなものでした」
幸美さんが語る言葉に、会場にいた私は思わず目頭が熱くなりました。私自身、2005年から1年間、中国に留学したことがあり、その時、まつりさんと同じように中国に親を呼んで、四川省旅行に連れて行きました。場所こそ違いますが、当時の親の様子を思い出すに、幸美さんの言葉が迫ってきました。
今回、4回にわたって掲載したインタビューで、藤原氏は「良い意味でも悪い意味でも電通は目立つ、マスコミ受けする会社」なので、報道が「異常」になったと語りました。さらに、まつりさんが「東大卒であり、目立つ容姿の女性だった」ことから、「マスコミが新入社員の特性に飛びついた」とも指摘しました。
2016年秋の労災認定の公表後、一連の報道に携わってきましたが、私自身には過度に問題を報じてきた意識はありません。まつりさんの「特性に飛びついた」つもりもありません。
将来ある若い命が過重労働で失われたとしたら、別の会社であっても、どんな属性でも、可能な限りの報道をしただろうと考えます。
一方、ここまで大きな注目を集めたのには、幸美さんと遺族側代理人の川人博弁護士が、折に触れ表に出てきたことも大きかったと思います。電通側が、社長だった石井直氏の記者会見をなかなか開かなかったのと対照的でした。
遺族にとって、記者会見に出たり、コメントを出したりすることは、心身共に大きな負担になったと思います。まつりさんが「労働問題のシンボル」(1月20日に出した幸美さんの文書)になり、他企業も含めた「働き方改革」を前進するきっかけになったのは、こうした遺族側の存在があったからだと考えます。
現場の社員を取材する中で、会社の命令で右往左往している様子や、会社が現場にさせようとしていることの実態が見えてきました。しかし、次第に読者に届けている情報が細切れになっているという思いを抱くようになりました。
もう少し、電通という会社を深掘りできないか。そんな中、月刊誌「文藝春秋」2017年1月号に「電通は本当に悪いのか」と題した論文が載りました。執筆したのが藤原氏でした。34年間勤め、常務執行役員と電通総研の社長を兼務するまで出世しているだけに、電通の経営深くまで踏み込む論考でした。
取材を申し込むと「一度引退した身なので、繰り返し表に出るのは逡巡(しゅんじゅん)がある」と断られました。
何度か連絡を試みましたが、表に出たくないという意向は変わりませんでした。打つ手無しになり、月日が過ぎていきました。
夏になると、9月下旬に電通の初公判の期日が入るという情報が入ってきました。現役社員への接触を進めると同時に、藤原氏へのインタビューも諦め切れず、9月初旬に思い切って連絡をしました。
すると、一度は会ってもいいという返事が。数日後、都内の喫茶店で初めて会いました。藤原氏はインタビューを受ける方向に気持ちが傾いていました。
その後、実名での取材に応じました。心変わりした理由は「世の中に出て話す最後の機会になるだろうから」とのことでした。
藤原氏はインタビューで「新聞記者である高野さんも、記事のためプライベートの時間を随分、犠牲にしてきたでしょう?」と問いました。
たしかに震災、大事件、総選挙だけでなく、今回のような連載記事を抱えると、そちらに集中せざるをえません。藤原氏のインタビューを記事にするにあたって、深夜まで原稿を書いたのも事実です。
しかし、私の場合は、あくまで自主的なものであり、まつりさんのように追い込まれたものではありません。入社20年目が見えてきた私は、自己管理できる耐性を身につけています。本当にきつくなったら、割り切ってサボる神経の太さもあります。
ひるがえって電通の社員たちはどうでしょう。藤原氏の言うように、電通の社員は「優秀」だということには共感します。私よりはるかに真面目だし、仕事に熱く、愛社精神も高い。だからこそ、サボれず、過労に傾くのではないか。
藤原氏の指摘を受けた時、私はそんな風に考えました。
藤原氏が熱弁したのが、現在の労働基準法の問題点です。
賃金の根拠になる「働いた分」を、時間だけではかれるのか、問題提起をしました。
藤原氏は、電通のようなサービス業の多い現在の日本では、時間ではなく成果に応じた労働管理が必要だと訴えました。
時間で一律に仕事の成果がはかれない職業が増えているのは事実です。新聞記者もそうです。ただし、藤原氏が提言する「賃金交渉は、労働組合ではなく個人が各人の成果の予測をベースに進める」という考えには違和感を抱きました。
個人で会社と対等に渡り合える人はごく少数だからです。
電通の中堅社員に聞くと、「働き方改革」は進んでいるようです。移動時間の短縮による生産性の向上のためタクシー券が導入され、ネット上のカレンダーで予定の共有を進めています。サテライトオフィス導入なども含め、やれることはやろうという施策が現場まで下りています。
ただし、これらが、どこまでの成果を生むかは分かりません。
7月下旬、電通は「労働環境改革基本計画」を発表しました。1人あたりの年間労働時間を2019年度に1800時間にするというもの。2014年度に2252時間なので、実に2割減です。
この「1800時間」は、「働き方改革」で以前から注目を集めている味の素が2018年度に目指す水準と同じレベルです。
電通は、味の素のような「働き方改革」の先導者になれるのでしょうか?
「両社は働き方の意識が全く違う」
電通、味の素の両方の働き方に詳しい関係者は否定的です。
「クライアントに寄り添って、時間を気にせずにとことんやるのが汐留(電通)の文化。上が引っ張り、自分たちでも『働き方改革』の最前線に立っていると自負する味の素とは、土壌が違う」
とはいえ、藤原氏が「無理に決まっています」と切り捨てた「週休3日制」くらいインパクトのある改革がないと、電通が1800時間を達成するのが難しいのも事実です。
クライアントとの向き合い方という広告会社の根本を変える気概。そんな大胆な変化を電通は起こせるのか、現時点では疑問が残ります。
2017年2月上旬、東京・汐留の電通ビル上階で、私は山本敏博社長と向き合っていました。当初「15分」と言われていたインタビュー時間は、ほぼ倍の時間になっていました。取材の最後、私は山本社長に2年後のインタビューを依頼しました。
1月の就任発表以降、山本社長は社内外で2年での改革を唱えていました。その成否を確認するインタビューを2年後にしたかったのです。山本社長の回答は、前向きなものでした。
そんな山本社長に対する、まつりさんの母・幸美さんが向ける視線は厳しいものがあります。初公判後の記者会見で、山本社長が労働環境の改善を誓ったことについて「にわかには社長の言葉を信じることはできない」と話しました。
「最後の独白」を終えた、藤原さんのインタビューに2度目はありません。山本社長が再インタビューに応じる日までに、電通は変わっているのか。自分の働き方を見つめ直しながら、追いかけていきたいと思います。
1/63枚