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9・11同時多発テロ、小さな町であった救いの物語 NYで上演の意味
2001年の米同時多発テロから、この9月で16年が経ちました。世界貿易センタービルの崩壊で3千人近くが犠牲となったニューヨークで、「9・11をテーマにしたミュージカル」が多くの観客を集めています。と言っても、テロそのものが描かれているわけではありません。舞台はニューヨークから北東へ約1800キロ、カナダのニューファンドランド島にある小さな町です。(朝日新聞さいたま総局記者・増田愛子)
物語は実話に基づいています。テロ発生による米国内の空港閉鎖で、カナダは、着陸も引き返すこともできなくなった民間機約200機を緊急で受け入れました。このうち38機が着陸したのが、人口約9千人の町ガンダーにある国際空港です。元々の目的地に向かうことが許可されるまでの約5日間、住民は世界中からやって来た7千人近い乗員・乗客を心から歓迎し、食事や衣服、宿泊場所を提供しました。
カナダ人のアイリーン・サンコフ、デビッド・ハイン夫妻は2011年9月、再会のためガンダーに集まった乗員・乗客や住民に取材。そうして書き上げたのが、ミュージカル「カム・フロム・アウェー(Come From Away)」(夫妻は脚本・作詞作曲を担当)です。トニー賞では、ミュージカル演出賞を受賞しました。
厳しい自然が育んだ、タフな、それでいて温かい島人気質を力強く歌い上げる「Welcome to the Rock」に始まり、見知らぬ土地に足止めされることになった乗員・乗客の心情と、人口とほとんど同規模の「予期せぬ客人」をもてなそうとする住民たちの奔走ぶりが、時にユーモア(!)も交えて描かれます。
先の見えない特異な状況の下、家族の安否を気遣い、愛する人と心が通じなくなったと悩み、そして「何かが失われてしまった」と感じる……。舞台上で表現される不安、もどかしさは、あの時、テレビの前で映像を見続けるしかなかった、多くの人の心にも重なるのかもしれません。
わずか12人のキャストが、ジャケットや帽子といった衣装を変えるなどして、ガンダーの住民と乗員・乗客の双方を演じます。完全なソロのナンバーと言えるのが1曲だけということもあり、ドラマとしては、やや淡彩な気もしました(例えば、イスラム教徒とおぼしき男性を巡るエピソードは「だいぶ、あっさりしているなあ」というのが私の感覚です)。
しかし、その印象を補ってあまりあるのが、アメリカン航空初の女性機長役を演じ、大空への愛を歌う「Me and the Sky」で素晴らしいパフォーマンスを見せるジェン・コレッラをはじめとするキャストたちです。生き生きとしたキャラクター造形と、役と役の鮮やかなスイッチは見事。また、林をイメージしたセット、バイオリンやアコーディオンが奏でるケルト調のどこか懐かしいメロディーには、ガンダーの人々が見知らぬ人々を心から歓迎したように、見る人を包み込むようなぬくもりがあります。
終演後、楽屋口で出演者が出てくるのを待っている時、1人の男性と隣り合わせました。潤んだ目で「これは特別な作品だ」とつぶやいた彼は、9・11の時に警察官として「グラウンド・ゼロ」にいたのだと言うのです。私はとっさに気後れし、それ以上のことを聞くことはできませんでした。
彼のことを思い返しているうちに、こんな考えが浮かびました。あの惨事を「当事者」として記憶している人にとっても、そのさなか、文化も言葉も違う人々が互いを認める努力をし、助け合おうとした場所があったと感じられる瞬間は、何かしらの「救い」になるのではないか……と。
この作品の持つ意味を考える上でもう一つ重要だと思えるのは、今年3月という、ブロードウェー開幕のタイミングです。
当時の米国は、トランプ大統領が出した、中東・アフリカにある特定の国の国民を一時入国禁止とする大統領令を巡る騒動のさなかにありました。
ニューヨーク・タイムズ紙の劇評は「たった数年前でも、この作品はブロードウェーで上演すらされなかったかもしれない」とした上で、「しかし今、私たちは数百万人もの移民が住む家もなく、米国を含め、ますます排外的になっていく国から入国を拒否される時代にいる」と続けています。
多様なものを認め、他者を受け入れることの大切さ、そして難しさ。今季のブロードウェーでは、「カム・フロム・アウェー」の他にも、そうしたメッセージを発する作品が光を放っていたように思います。
トニー賞演劇演出賞を受賞した「インディセント(Indecent)」(ポーラ・ボーゲル作)は、20世紀初頭のブロードウェーで、道徳上の問題があるとしてユダヤ人作家の戯曲が上演中止となり、出演者がわいせつ罪で逮捕された事件を解き明かします。
同性愛のタブー視、人種差別、表現の規制……。ほぼ100年前の戯曲とそれに関わった人々への鎮魂歌とも言えるこの戯曲からは、今日に続く様々な問題が浮かび上がります。
同じく演劇作品賞の「オスロ(Oslo)」(J・T・ロジャース作)は、1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)とが結んだ暫定自治協定(オスロ合意)を巡る物語。水面下の交渉に尽力した、ノルウェー人の社会学者と外交官夫妻の視点から描く、綿密な取材に基づくフィクションです。
公演期間に間に合わず、図書館の記録DVDの視聴でしたが、劇中で「広大な海」に例えられる断絶を越え、双方が同じ人間同士として絆を結び、共に和平を目指そうとする姿に、心を揺り動かされました。
終幕、合意が目指した平和が続かなかったこと、その一方で彼らの絆が途切れていないことが示されます。そして、ノルウェー人の主人公は観客に語りかけるのです。「僕たちが、どれだけの道のりを来たか見てごらん。血と恐怖と憎悪を乗り越え、ここまでやって来たのだとすれば、さらにどれだけ先に進むことが出来るだろうか」
過去には気づかなかったこと、いつか未来に手に入れたい景色……。演劇には「見えない」ものに形を与える力があるのだと、改めて感じました。
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