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爆買いは終わった? 中国人の着物コレクター「底なし」の本物志向
日本の伝統衣装である着物は、今なお多くの人に親しまれています。そんな着物を愛してやまない一人の女性が、中国にいました。なぜそんなに好きなの? どこで買ってるの? 素朴な疑問をぶつけるうち、外国人の目で見た着物の魅力が鮮明になってきました。
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日本の伝統衣装である着物は、今なお多くの人に親しまれています。そんな着物を愛してやまない一人の女性が、中国にいました。なぜそんなに好きなの? どこで買ってるの? 素朴な疑問をぶつけるうち、外国人の目で見た着物の魅力が鮮明になってきました。
国際都市で租界時代もあった中国・上海。日本料理店では着物姿の店員も見かけますが、先日、中国人の友人に「着物を見ると、日本人として心が安らぐ」と話したら、こう返されました。「中国にも着物好きはたくさんいます。そう言えば、中国一の着物コレクターとうわさされる女性が上海にいますよ」。ほう、そんな人が。訪ねてみると、その数300着。日本人より詳しい知識に圧倒されました。爆買いが注目されがちな中国人観光客ですが、「日本通」は本物志向にシフトしているようです。
上海市の郊外に住む李丹妮さん(25)が、お気に入りという藍色の着物を着て、自宅に招いてくれました。
李さんの部屋に入ると、まず目に飛び込んできたのは大きな桐たんす。さらに、そこには入りきらない着物を収納する別のたんすや衣装ケースが……あるわあるわ。
一体、ここに何着くらいあるんですか?
「もはや正確に数えられなくなりましたが、300着ほどあります。これとは別に、浴衣が80着ほど。湿気が多い上海はカビや虫食いが天敵で、半年ごとに防虫剤を入れ替える作業が一番大変です」
それだけあれば、大仕事なのもうなずけます。
それにしてもこれだけの着物、着こなす機会はあるのかと聞くと、「結構あります」との答えでした。
「上海は着付け教室も増えており、和服が必要なイベントも多いんですよ」
李さんの友人で茶器の販売などを手がける「益田屋」の代表・邵陽さん(46)も、「うちのギャラリーで手伝いが必要な時に、よくお願いするんです。こっちも助かるし、彼女は着物を着られるし、ウィンウィンですね」と笑顔でした。
お気に入りという何点かを広げてもらいましたが、白い生地に鶴や松が織られた一着は、何と150年以上前、つまり江戸時代末期のものだそうです。
これは明らかに高価な品だ。遠慮はいらない、聞いてしまえ! ズバリ、おいくらですか?
「まあまあ、それほどではありませんので」と、李さんにうまくかわされてしまいました。着物業界の関係者に写真を示して聞くと、「現物を見ないと何とも言えません。国が重要無形文化財に指定しているような江戸時代前期の小袖がありますが、数が少なく取引されていません」とのことでした。うーん、値段を言い当てるのは難しいようです。残念。
なぜそれほど着物が好きになったのでしょう。李さんは「きっかけは映画でした」と教えてくれました。
2001年に公開された「千年の恋 ひかる源氏物語」は、宝塚歌劇の男役出身である俳優・天海祐希さんが光源氏を演じ話題になった作品ですが、李さんは子供の頃に自宅で見て、登場する女性たちの服装の美しさに釘付けになったそうです。
以来、着物に憧れ続けた李さんは、2008年、16歳の時についに最初の一着を日本のインターネットサイトで購入します。日本に暮らす知人に受け取りを頼み、上海まで運んでもらいました。
その後も、自ら日本を訪ねて買い付けたりネットショッピングの常連になったり。で、気がつけば10年近くで300着以上になっていたとのこと。
最近は、反物を買い付けて、中国で仕立てる機会も増えているそうです。李さんによると、日本で安価に手に入る着物の多くは、「メイド・イン・チャイナ」とのこと。
仕立て工場が上海近辺にあることを聞きつけると、直接出向いて自分仕様の着物を作ってもらったそうです。「今では採寸する必要がなくなったので、反物を送ると自動的に出来上がります」。すごい。
少し意地悪な質問もしてみました。「中国の伝統服ではダメなのですか? 例えば、チャイナドレスなどは、私からみても美しく感じるのですが」
答えは明確でした。
「だめなんです。チャイナドレスは中国を代表する服装ではないと思いますし、文化大革命の時代などには一度途絶えてしまいました。今あるチャイナドレスには、どうしても文化的な深みを感じません」
李さんは「コスプレでは楽しめないんです」とも言います。着物の魅力は、脈々と受け継がれている文化的な背景や、現在も日本人の正装として冠婚葬祭などで実際に着られているところにあると李さんは語ります。よって、韓国のチマ・チョゴリや中国の少数民族衣装などは「それは興味あります」。
着物は中国とも縁深く、「呉服」は、あの三国志の呉の国から伝わった織物がそもそもの語源です。そうした歴史的な背景を丸ごと愛す李さんの姿に、本物志向へのこだわりを強く感じました。
なるほど、長い伝統を持つ日本の着物は世界に誇れる服装なのですね。李さんの「着物愛」で、それが再確認できました。どうもありがとう、それでは。
そう言って席を立とうとしたら、「待って! 最近のマイブームをまだ教えてません」と足止めされました。
出てきたのは、日本の神社やお寺でお参りした証しにもらえる御朱印。目の前にずらりと並んだ40冊近い御朱印帳の中を拝見すると、漏れなく参拝したことを示す御朱印があります。
李さんによると、昨年の初詣に横浜市にある曹洞宗大本山の総持寺を訪れたのがきっかけだったそうです(それも着物を着ることが当初の目的だったそうですが)。「そこで御朱印を初めて知り、文字や御朱印帳の美しさに一目ぼれしました」
「次回は長野の善光寺、将来は四国の八十八カ所巡りにも挑戦したい。そのための準備として、先にここに行って…」。李さんの話が止まりません。
実はその時、失礼ながら李さんの話は途中からうわの空で、全然別のことを思っていました。
李さんは紛れもない日本リピーター。彼女に限らず、「日本通」はとことん本物にこだわります。
爆買いを卒業し、地方を訪れる旅行者も増えているといいます。にわかサービスや上っ面の接客では、もはやリピーターを満足させることはできない。日本人に勝るとも劣らない知識で、御朱印の魅力を熱く語る李さんの姿に、そう確信しました。
日本の「おもてなし」、正念場かもしれません。
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