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「異国遠征」しまくり!「名古屋の武将隊」海外で人気者になれた理由

ニューヨークを訪れた「徳川家康」と足軽の「踊舞(とうま)」=名古屋おもてなし武将隊提供
ニューヨークを訪れた「徳川家康」と足軽の「踊舞(とうま)」=名古屋おもてなし武将隊提供

目次

 全国各地の城などで甲冑(かっちゅう)姿の武士が観光客らを迎える「武将隊」。その先駆けとなったのが2009年に結成された「名古屋おもてなし武将隊」です。名古屋城だけなく、全国津々浦々を行脚し名古屋の魅力を伝えてきました。中でも英語が達者な「徳川家康」殿は、海外への「出陣」も積極的です。自称474歳の知将に、武将隊の歩みや海外からの旅行者を増やす日本の戦略について、思うところを語っていただきました。(朝日新聞名古屋報道センター記者・日高奈緒)

「『緊急雇用対策』というものがござった」

――名古屋おもてなし武将隊はどうして生まれたのですか?

 われらはここ名古屋を世界一の観光都市にせんがためによみがえった武士(もののふ)集団であるな。その背景としては、国の予算で「緊急雇用対策」というものがござったらしいわな。この地の良きところを発信するためのいわば発信者である。


――国の政策で名古屋市に予算がついて、武将たちがよみがえったというわけですね。今の名古屋はいかがですか。

 まず人の数に驚いたな。われらが名古屋城で演舞すると、もはや合戦かと思うくらいの人の集まりじゃ。


――これほどの人気が出ると思っていましたか

 思わなかったな。

 始めたときは我ら10人より見に来る者の方が少なかったでな。半年続くかどうかという危機感を覚えておった。何のためにやっておるのじゃろうと思ったわの。誰も見にこんのに。

 しかしながら、気づいたわけじゃな、われらの魅力に。多くの者たちが来てくれるようになった。


――何かきっかけがあったのでしょうか?

 ござらん。強いて言えば主(ぬし)たちのように文章を書いてくれたり、絵を撮ってくれたりのう、メディアなるものの力により助けられた。

名古屋おもてなし武将隊の「徳川家康」=名古屋市中区の久屋大通公園
名古屋おもてなし武将隊の「徳川家康」=名古屋市中区の久屋大通公園

「武士という切り口で全国に共通項を持つことができる」

――いまや全国に武将隊がありますね

 全国には30ばかりの武装隊がいると聞く。各地にはそれぞれの町を作った武士(もののふ)がいるじゃろう。武士というひとつの切り口で日本全国に共通項を持つことができるわけじゃ。


――共通項?

 例えば東北や熊本でも震災がござったわな。いざ立ち上がろうと思った時に、おらが町の殿様が出てくれば、助けになるわな。各地から復興を応援するために武将隊が集まることもできるんじゃ。


――ファンの方も武将隊について全国を回られているということですが

 なかなか驚くじゃろ。異国遠征でも、そのものたちがついてこられる状況であれば、ほとんどついてくるわの。


――本当ですか?

 一昨年だとシンガポールやオーストラリア、イタリアや米国、マレーシア、上海でもおった。

昨秋、米ニューヨークを訪れた「徳川家康」と足軽の「踊舞(とうま)」=名古屋おもてなし武将隊提供
昨秋、米ニューヨークを訪れた「徳川家康」と足軽の「踊舞(とうま)」=名古屋おもてなし武将隊提供

「異国では武士が今も存在するものとして扱ってもらえる」

――これまでどれくらい海外に行きましたか?

 10カ国・地域に計13回じゃ。


――なぜそんなに?

 名古屋・愛知の魅力を知ってもらうためじゃな。万博にも参加したぞ。日本の文化を紹介する催しにも参っておる。昨秋はニューヨークへ初めて参ったが、そこでは世界への効果的な情報発信の仕方を米国の企業で学んだり、地元の人と交流したりした。


――日本と外国、武士への反応は違いますか?

 違うのう。

 異国では武士が今も存在するものとして扱ってもらえる。ニューヨークで船に乗ったとき、危ないからと刀を取られたんじゃが、わしが日の本(ひのもと)から参ったと申すと、乗組員たちが集まって話を聞きに来てのう。


――それからはどんな対応を?

 降りる時には頭を下げて両手で恭しく刀を渡してくれた。なかなか日の本ではない感覚だったのう。西欧の国の者たちからみると、今もある文化として受け止められるんじゃ。そこをくすぐると観光発信もうまくできるかもしれんな。

自由の女神像をバックに新聞を読む「徳川家康」と足軽の「踊舞」=米ニューヨーク、「異国写真奉行」の榊原由さん撮影
自由の女神像をバックに新聞を読む「徳川家康」と足軽の「踊舞」=米ニューヨーク、「異国写真奉行」の榊原由さん撮影

「『日の本とはこうじゃ』と押しつけない方がいい」

――日本は国を挙げて海外への発信に力を入れています。どう思いますか?

 彼らが求める物を見せてやればよいと思う。家で例えると、住んでいる者からは中のことはよくわかる。しかし外からどのように見えるかは、外に出ないとわからん。国も一緒じゃ。中に住んでいるだけでは実はよく分からん。どこが日の本らしいと思うかは、外の見方に合わせて発信していくのが良いと思う。


――具体的には?

 今来ている外国の者たちは「爆買い」や写真をたくさん撮る者が多い。日の本の民にとってはもう少し深い、別の日の本らしさを感じてほしいと思うかもしれん。

 しかし、この国の民も豊かになってきたころに欧米へ行き、買い物しかせず、写真をたくさん撮って帰ってきたじゃろ? 物質的なものを満たしてから、文化というものを感じてもらえればいいわけじゃ。「日の本とはこうじゃ」と押しつけない方がいい。

アメリカでの経験を学生に講義する名古屋おもてなし武将隊の「徳川家康」=2016年12月12日、名古屋市千種区の愛知淑徳大
アメリカでの経験を学生に講義する名古屋おもてなし武将隊の「徳川家康」=2016年12月12日、名古屋市千種区の愛知淑徳大

「『動くランドマークタワー』となりたいのう」

――その中で、名古屋は魅力がないなどと言われますが

 わしはそのことについては、悔しいとか悲しいとか、みじんも感じなかったぞ。


――え?

 むしろ強さの表れということだと思ったな。名古屋は観光発信ということをこれまでしてこなかったんじゃ。名古屋は貿易やものづくりの力でこの国を支えてきた。

 魅力がないというのは、内なる力がないという意味ではない。みせる力が今はない、ということじゃのう。むしろそれが必要なかったというこの土地の強さや余裕の表れであると思うぞ。そんな焦らなくても、長い目で見れば、当たり前のように観光発信できるようになっていると思うぞ。

 名古屋はいろいろなものが行き交う場所。さらに豊かで、閉鎖的なことが大きいわな。そういう土地ではおのが独自性を守ることができる。ある意味そういう環境が、ず抜けたものを生み出す条件だと思うわけじゃ。

 常に交流を繰り返していては、独自性は生まれにくいわけじゃ。わしは名古屋というのは、世界における日の本のような位置にあると思うぞ。


――今後の野望は

 名古屋にとって、われらが当たり前の存在でありたいと思う。東京にとっての東京タワー、京の都にとっての五重塔がランドマークタワーなどと呼ばれておるらしいが、われらは名古屋にとって「動くランドマークタワー」となりたいのう。

屋形船に乗り、納屋橋にさしかかった「名古屋おもてなし武将隊」の「徳川家康」=2015年6月12日、名古屋市、相場郁朗撮影
屋形船に乗り、納屋橋にさしかかった「名古屋おもてなし武将隊」の「徳川家康」=2015年6月12日、名古屋市、相場郁朗撮影 出典: 朝日新聞

取材を終えて

 「サムライ」の視点で考える名古屋、そして日本の魅力は、現世の私たちのものとひと味違っていました。

 「外からどのように見えるかは、外に出ないとわからない」という言葉が印象的でした。今その土地に住んでいるからこそ、わからないことがあるのかもしれません。

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