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イカだけ描く「イカ画家」の謎すぎる生態 バイト後ダッシュで水槽へ

かごしま水族館のイカの水槽の前でパレットをもつ宮内裕賀さん=鹿児島市、宮内さん提供
かごしま水族館のイカの水槽の前でパレットをもつ宮内裕賀さん=鹿児島市、宮内さん提供

目次

 よくランチに行く、鹿児島市の喫茶店でふと、ある女性店員に目がとまりました。ベレー帽にイカのバッジ、イカ柄のブラウス、首から下げているのはイカのキーホルダー……イカだらけ! 聞けば、イカだけを描いている「イカ画家」とのこと。んんん?イカだけってどういうこと? なぜイカなの? 「イカを描くので精いっぱい。他に目をむける余裕なんてありません」という謎の画家に話を聞きました。(朝日新聞鹿児島総局記者・島崎周)

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雑誌「モノ・マガジン」の自転車特集の表紙に採用された「サイカリング」という作品=宮内さん提供
雑誌「モノ・マガジン」の自転車特集の表紙に採用された「サイカリング」という作品=宮内さん提供

毎日見て、描いて、食べる。「余裕なんてありません」

 「イカ画家」こと宮内裕賀(ゆか)さん(31)は、喫茶店で働きながら、毎日イカを描いています。

 今まで作品として描いたイカは300点以上。スケッチなども含めれば、その数は膨大です。生態をリアルに表現したかと思えば、ファンタジーの世界へと見る人を誘い、イカへの愛でいっぱい。そして、1日に1回はイカを食べているそうです。

 「イカを描くので精いっぱい。他に目をむける余裕なんてありません」。と…いわれても、ぽかんとしてしまいました。

かごしま水族館のイカの水槽の前でパレットをもつ宮内裕賀さん=鹿児島市、宮内さん提供
かごしま水族館のイカの水槽の前でパレットをもつ宮内裕賀さん=鹿児島市、宮内さん提供

 宮内さんの暮らしぶりは、こんな感じです。

 喫茶店のアルバイトで午後5時前まで働き、その後、週に1~2回は急いで近くの水族館へ。閉館時間の6時まで、イカの泳ぐ様子を観察して過ごします。スーパーで晩ごはん用にとイカを買って帰れば、まず解剖。ディテールのスケッチは欠かせません。

 そして制作活動は、喫茶店の上階にアトリエ用に借りている2畳ほどの窓のない部屋で。午後10時ごろから午前4時ごろまで描いて、バイトの始まる午前11時まで睡眠という繰り返しです。

 「描いている時はこれだ!って思うけれど、描き終わったら、ああ本物のイカはもっと美しいのにと思ってしまう。だからこそ描きたい気持ちが続くんだと思う」

イカ画家が今までに出会ったイカとこれから出会うイカを描いた「まだ見ぬイカへ」という作品=宮内さん提供
イカ画家が今までに出会ったイカとこれから出会うイカを描いた「まだ見ぬイカへ」という作品=宮内さん提供

ある日「食べもの」が「生きもの」に

 どうしてそこまでイカにはまったのか。そもそもですみません! といいながら、生い立ちから話してもらいました。

 宮内さんは、小さい頃から絵を描くことが大好きで、高校卒業後、鹿児島市内のデザイン学校に進学しました。

アオリイカの一生を描いた作品で、9月末までギリシャのクレタ水族館で展示されている。黒いところはイカ墨で、白いところはコウイカの貝殻の甲の硬い部分を粉末にしてにかわで練って作った絵の具で、描いたそう=宮内さん提供
アオリイカの一生を描いた作品で、9月末までギリシャのクレタ水族館で展示されている。黒いところはイカ墨で、白いところはコウイカの貝殻の甲の硬い部分を粉末にしてにかわで練って作った絵の具で、描いたそう=宮内さん提供

 18歳のとき、帰省した実家の台所に置いてあったイカを見たそうです。

 近所のおじさんが釣ってきたばかりのアオリイカ。

 筋肉の収縮で、細かな黒い点が点滅していました。それまでは食べ物としてしか認識していなかたイカが、急に「生き物」として映ったそうです。

 目や体の色と輝き。

 「こんな生き物が地球にいるものとは思えない。宇宙人みたい」と一気に引き寄せられました。

 「イカを描いてみよう」と思い立ち、後日スーパーでスルメイカを買って、アクリル絵の具で初めてイカを描いてみると「一番しっくりきました」。

油彩で描いた剣先イカの目。函館のイカ加工会社の食堂に飾られている=宮内さん提供
油彩で描いた剣先イカの目。函館のイカ加工会社の食堂に飾られている=宮内さん提供

 「イカのおかげというか、イカのせいというか、それからはイカを描かずにはいられなくなりました」

 まさに、運命の出会いとはこのこと?! それから10年以上です。専門学校の卒業後は、働きながらイカを描き続けました。

イカ墨を顔につける宮内裕賀さん=宮内さん提供
イカ墨を顔につける宮内裕賀さん=宮内さん提供

 「イカを描いている」と人に言うたびに、「どうしてイカの絵を描くの?」「なぜイカなの?」と聞かれます。

 自分にとっては、普通のことだったので、最初はショックを受けたそうです。

 一方で、「みんなはイカの魅力に気づいていないのではないか」。

 自分の中でイカの絵を完結させるのではなく、いろんな人に見てもらうことにしました。

グッズに進出「イカイカ自由帳」も

宮内さんがつくったイカの自由帳や塗り絵などの「イカグッズ」=鹿児島市
宮内さんがつくったイカの自由帳や塗り絵などの「イカグッズ」=鹿児島市

 イカの魅力を伝えるための発信は情熱的です。

 イカをデザインしたグッズは、塗り絵やポストカード、マグカップやイヤリングなど。表紙に田んぼの上を飛ぶイカが描かれた「イカイカ自由帳」や、夜間に光るイカステッカーなど、ユニークです。

イカイヤリングやバッジ、ステッカーなどの「イカグッズ」=鹿児島市
イカイヤリングやバッジ、ステッカーなどの「イカグッズ」=鹿児島市

 ツイッターでも、イカについて必ず毎日つぶやいています。

「イカを描いていたら落ち着く」
「イカあいたい」
「イカ画家とか言ってばかにされてるほうが良い」
「イカじゃないことにおもいなやむ自分が邪魔だはやく80歳くらいになりたい」
「イカを2次元にしておかないと苦しい」


 ほぼ毎日、夢にもイカが出てくるそうです。ある日は、解凍されたエビとイカを仕分ける夢、ある日は、生きているイカが空中に浮いている夢……。Facebookやインスタグラムには、日付とその日見た夢の内容、そして夢に出てきたイカを描いて載せています。


イカ研究者「あなたの精神はすばらしい」

 2007年ごろからは、鹿児島県内のイベントなどで絵を販売したり、その場で描いたりするようになりました。次第に人脈が広がり、作品展の他にもイカにちなんだ場に参加する機会ができました。

 12年には、福岡市のホテルオークラ福岡で、近くの美術館での個展に合わせて、イカメニューの料理を出すイカフェアを開催。

 15年には、函館市で開かれた世界のイカ・タコ類(頭足類)の研究者らが最新の研究成果を話し合う「国際頭足類諮問会議」の会場でイカ作品を展示。会場で海外のイカ研究者から「あなたのイカだけを描くという精神はすばらしい」と絶賛されたそうです。

 イカの専門家にも認められたなんて、すごいです。

イカのゲソにイカ墨をつけてイカ筆にし、て五十音順にイカのことをかいた「イカルタ」という作品=宮内さん提供
イカのゲソにイカ墨をつけてイカ筆にし、て五十音順にイカのことをかいた「イカルタ」という作品=宮内さん提供

 宮内さんのイカの絵について、かごしま水族館(鹿児島市)の職員で、イカを含めた魚類担当をしている堀江諒さん(26)は、「いろんな色を使って、体の色を様々に変化させるイカの特徴をよく描いている。イカの美しさがとても魅力的に表現されている」と話します。

「宮内さんの絵を見ていると、どれだけ宮内さんがイカに魅了されているかが分かる。見ている人もイカに興味をもつきっかけになると思う」

 実際に、月に1回、雑誌「モノ・マガジン」で「イカがなmono図鑑」という連載も続いています。

 ちなみに一番好きなイカは、最初に衝撃を受けたアオリイカ。

 目がエメラルドグリーンで、ひれをひらひらと動かす泳ぎ方が美しい。そして「甘くてまったりした味も最高です」。

新イベントは「いかに似合うか イカ墨画」

宮内さんが5月から始めたイベント「いかに似合うか イカ墨画」の告知のチラシ=鹿児島市
宮内さんが5月から始めたイベント「いかに似合うか イカ墨画」の告知のチラシ=鹿児島市

 宮内さんは、今春から新しいイベント「いかに似合うか イカ墨画」を始めました。

 ふふっと笑ってしまうネーミングです。参加者が好きなイカや、その人に似合いそうなイカを、図鑑を見ながら一緒に決めて描くというもの。絵の具ではなくイカ墨を使うマニアックさです

リクエストを聞きながら、どのイカを描くか相談する宮内さん=鹿児島市
リクエストを聞きながら、どのイカを描くか相談する宮内さん=鹿児島市

 6月のある日、一番のお客さんは、陶芸家の城雅典さん(37)でした。

 「お好きなイカがあったら言って下さい」
 「ホタルイカが好きです」

 城さんがリクエストしたのは、頭にボリューム感があって、触腕がしっかりしているホタルイカ。宮内さんは、ひとひねりして、触腕に爪がついているという「ホイルホタルイカ」を選びました。

イカの図鑑を見ながらイカ墨で絵を描く宮内さん=鹿児島市
イカの図鑑を見ながらイカ墨で絵を描く宮内さん=鹿児島市

 図鑑を見ながら、シャープペンで下書き。北海道から取り寄せたイカ墨パウダーを水で薄めながら、濃淡を調整して描きます。イカの体にある斑点や、触腕についている吸盤も細かく表現。約30分で横35センチ、縦45センチほどの作品に仕上がりました。

 城さんは絵を見て、「かわいくて、かっこよくて、すばらしい」と感動した様子。「いつもは食べ物として見るイカに、『生き物』としてキャラクターを感じられる。自分だけのイカみたいでうれしい」。

記者に似合うイカとして描かれたクジャクイカ=鹿児島市
記者に似合うイカとして描かれたクジャクイカ=鹿児島市

 ちなみに記者に似合うイカとして、宮内さんが選んだのは、「クジャクイカ」。

 深海に住むイカで、目が大きく、細めで、肝臓以外はほぼ透明だそうです。目が大きいという記者の顔の特徴から、このイカを選んでくれたようです。ありがとうございます!笑

イカの図鑑を見ながらイカ墨で絵を描く宮内さん=鹿児島市
イカの図鑑を見ながらイカ墨で絵を描く宮内さん=鹿児島市

 実は宮内さん、学生の頃から家にひきこもることが多々あったそうです。それが、イカを描くようになって変わりました。

 「イカのおかげで出会えた人もたくさんいます」

 活動を通じて、友達もできました。東京で開いた3年前の個展では、イカ好きな女子高校生と出会いました。今では東京に行くたびに水族館で会い、イカがいる水槽の前で語り合う仲だそうです。
 

かごしま水族館のイカの水槽の前に立つ宮内裕賀さん=鹿児島市、宮内さん提供
かごしま水族館のイカの水槽の前に立つ宮内裕賀さん=鹿児島市、宮内さん提供

「イカは宮内さんにとってどんな存在なんですか?」

 そう聞くと、うーんと考え込む宮内さん。

 ぼそりと「神みたい」。

 「イカを描くの飽きないですか?」と聞くと、「飽きなくて困ってます」とはにかむ。

 「イカを描くことは自分の生きがい。イカに出会えて、私は運が良かった」と笑顔を見せてくれました。

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