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スッポン、地味に「生きた化石」だった 世界最古の化石、福井で発見
スッポン。その名前の響きは誰もが引き込まれる何かがある気がします。そんなスッポンですが、世界最古のスッポンの化石が日本で見つかったこと、ご存じですか? あまり知りませんよね…。今年4月、福井県で見つかりました。約1億2千万年前、恐竜たちが生きていたのと同じ時代のものです。世界最古ってすごい話だと思いますが、結構雑に扱われているスッポン、実はすごいやつらでした。(朝日新聞福井総局・影山遼)
今回新たに最古だと分かったスッポン科(いわゆる私たちの想像するスッポンです)の化石。見つかっていたのは福井県勝山市の白亜紀前期の地層です。これまでに発掘された世界中のどの地層よりも、この地層が古い時代だったため、世界最古だと分かったらしいです。
世界最古という衝撃的な発表。夕方に一息ついた時、福井県立恐竜博物館からポンと投げ込まれただけでした。「スッポン? 恐竜なら大ニュースだけど、スッポンってどうなの」と各社の記者たちが頭を抱えました。恐竜の化石の場合、基本的に会見が開かれますが、スッポンではなく…。扱いが地味です。
一体どうやって見つけたのでしょう?
恐竜博物館によると「恐竜の調査のついで」。スッポンなどのカメの化石(スッポンはカメの仲間です)はわざわざ発掘するわけではないのだとか。研究費がつく恐竜の化石の発掘の時に、あくまで「ついで」で大量に出てくるんだそうです。
切ない話ですね。かわいそうなスッポン…。
恐竜博物館が調査結果を発表する時も、スッポンなどのカメは明らかに扱いが雑です。「これはフクイサウルスとみられます! これはフクイラプトルの可能性が高いです! 新発見の恐竜の部位もあります! あー、あとはカメの化石が約千点ありますね…」と、こんな感じです。恐竜博物館内のカメの化石の展示もかなり控えめです。
海外ではカメの化石の破片は見向きもされないこともあるという存在ですが、世界中どこでも(寒冷な地域を除いて)分布しています。そのため、標本の奪い合いになることもないといいます。化石になってもなお、争いを望まないカメたちは立派です。
そんな中、記者に熱くスッポンについて語りかけてくれたのは、恐竜博物館の薗田哲平さん(32)。世界最古のスッポン化石の論文を書いた1人です。
スッポン類を中心に東アジアから東南アジアのカメを研究しており、研究職員になって4年目。みんなで食べに行ったスッポン鍋で残った骨を、こっそり持ち帰って収集するほどのスッポン好きです。
「大学生になるまでスッポンを食べたことも見たことすらなかった」そうですが、学生時代、沖縄産のシナスッポンを自分でさばいて初めて食べた時「ダシがきいている」とその味のとりこになったといいます。
豆情報として、スッポン以外のカメは食べるのか聞いたところ、中国ではクサガメとミドリガメ、カミツキガメも食べるといいます。全部食した薗田さんによると「カミツキガメ以外はあまりおいしくない」そうです。
薗田さんは「スッポンの研究を一生続けたい」という強い思いを持ちます。スッポンの魅力について熱く語る一方、他のことに対しては穏やかな薗田さんの感じ。勝手なイメージですが、エネルギーの消費を抑えまくるカメに心なしか似ています。この記事を読んだら怒られるような気もしますが…。
記者もすっかりスッポンの魅力にとりつかれてしまいました。薗田さんから聞きかじったスッポン情報を、詳しく書いていきます。
実は約1億2千万年前のスッポンと現代のスッポン、どこをとってもほとんど同じです。「生きた化石」はシーラカンスなどの古代魚だけでなかったのです。
今回見つかった化石の全長は40センチ以上で、甲羅の長さが約25センチ。今のスッポンとほぼ同じです。(と言っても、私は野生のスッポンを見たことがないですが…)。これまでに中国で見つかっていたスッポンより数百万年古いといいます。
最古。つまり、1億年以上も前に日本の山奥で今と同じスッポンが生まれ、中央アジア、北アメリカ、そして全世界へと広がったわけです。ロマンのある話。まあ、当時は日本という区別がないのはおいておきます。
スッポン(などのカメの仲間)は、トカゲやヘビよりも遺伝子的に恐竜(やワニなどのグループ)に近いことが、理化学研究所などの研究で分かっています。
イグアナやコモドドラゴンよりも、スッポンの方が恐竜に近かったかもという。少し不思議な感じがしますね。
スッポンだとは甲羅や骨の形から分かったといいます。前提として、カメの甲羅は二重構造をしていて骨板(=ホネ)の上を角質の鱗板(ウロコ)が覆っています。
ですが、今回の化石は鱗板がなくなって柔らかい皮膚状になり、さらに骨板のうちの縁板と呼ばれる部分が軟骨化してスッポン鍋でおいしいコラーゲンたっぷりの「エンペラ」になっています。
甲羅を顕微鏡でのぞくと、ベニヤ板と同じように丈夫な構造になっていて、木の棒でたたくくらいなら大丈夫です。
一番大きいスッポンの種類では、全長1.8メートルのものが確認されたこともあるといいます。少しデカすぎです…。
ご存じかと思いますが、スッポンは歯がないくせにかむ力が強いです。人間の指を骨ごと切断するほどの力があるといいます。
ちなみに、スッポンモドキというやつらもいます。彼らはスッポン科ではなく、スッポンモドキ科という違った科です。たまたまスッポンに似ているだけなのに、モドキと名付けられた可哀想な存在。さらに英語名では「ピッグノーズタートル(ブタハナガメ)」と呼ばれています。
スッポンは爬虫(はちゅう)類で、変温動物。甲羅の六角形の亀甲模様はありません。日本にいるのはニホンスッポンで、一部にはシナスッポンが生息しています。
約6600万年前に隕石(いんせき)によって絶滅したといわれる恐竜と違い、水生のスッポンは現在まで生き残っています(完全な陸生のものは一緒に絶滅しましたが)。
スッポンと他のカメの違いは甲羅の薄さにあります。陸上で生活するカメは頑丈で硬く、分厚い甲羅。一方、泥の中で生活するスッポンは抵抗を減らすために薄くひらべったい甲羅を持っているのです。あと、カメの甲羅は脱げません。
さらに研究から、最古のスッポンにも肌つやに良いとされるコラーゲンが豊富に張り巡らされていたことが判明! つまり、恐竜時代にタイムスリップしたとしても、おいしいスッポン鍋を食べることができたのですね。
ちなみに縄文時代の遺跡からはヒトがスッポンを食べていた跡が見つかったといいます。
どうでしょう。ここまでで少しはスッポンの魅力が伝わったでしょうか。
静かにスッポンブームが起きていることをうかがわせる動きもあります。静かなのにブームとは矛盾した言葉ですが…。
6月にはNHK福井放送局のラジオにゲストとして薗田さんが登場しました。パーソナリティーは、気象予報士の集まった先日のNHKラジオの全国放送で「おっぱい雲」を連呼してネットをざわつかせた理系出身の森下絵理香アナウンサー(25)です。
森下アナ「おいしいスッポンが、この福井から生まれたということですか!?」
薗田さん「福井が最古なので、その可能性はありえます」
スッポンという語感に取り付かれた森下アナとの掛け合いは止まりません。若い2人がスッポンについて熱く語り合うのは、端から見ると不思議な光景でした。
ラジオの放送終了後も、会場を訪れていた約20人の観客からの質問は止まらなかったといいます。
最後に。まだ研究では分かっていませんが、ワニがカメを食べるように、恐竜もスッポンを食べていた可能性があるといいます。
日本の中でも知名度は高くない福井県ですが、約1億2千万年前はぜいたく食材のあふれる恐竜たちが集まる「人気食堂」的なスポットだったのかもしれません。
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