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コラム

粋なお酒の飲み方って? 落語家が気をつけている「当たり前のこと」

落語に登場する飲んべえたち。粋なお酒の飲み方って?=デザイン・米澤章憲
落語に登場する飲んべえたち。粋なお酒の飲み方って?=デザイン・米澤章憲

目次

 くたくたに仕事で疲れた夜。酒を体に注ぎ込んだ瞬間の極上の気持ちはたまりません。1杯、2杯、3杯、4杯、気付けば、数えられないほど。とはいえ、酒にのまれてしまえば、誰かに迷惑を掛けることになるのも酒飲みで、反省した朝は数知れず。落語にはどうしようもない酒飲みがたくさん登場します。でも、なぜか憎めない。なぜでしょうか? 粋な酒のしぐさがたまらない落語家、五街道雲助師匠に聞いてみましょう。

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粋な酒のしぐさがたまらない、雲助師匠とは

多彩な芸を持つ五街道雲助師匠=2011年10月21日
多彩な芸を持つ五街道雲助師匠=2011年10月21日 出典: 朝日新聞

 古典落語の正統派、実力派とも言われる雲助師匠は東京の下町、墨田区本所で生まれた江戸っ子です。小さい頃から母親と寄席に通い、明治大学を中退して1968年に金原亭馬生に入門。1981年に真打ちに昇進しました。この道50年の芸は、登場人物の性格を浮き彫りにし、クスッと笑わせながらも、ほろりとした人情がにじみ出ます。その師匠、他のはなし家さんに言わせると「結構酒飲みですよ」。

では落語の世界の飲んべえたちに登場願いましょう。

出典: PIXTA

お酒が好きで好きで、何度失敗してもやめられないタイプが主人公なのは

 古典落語「富久(とみきゅう)」。江戸時代に庶民が夢を見た富くじ(今の宝くじ)を巡る物語です。

 幇間=たいこ持ちの久蔵はある日、大家から富くじを買います。「当たったらまともになる」と誓った矢先、出禁になっていた得意先が火事に。駆けつけて家財道具を運んだことで、再び出入りを認められ、喜びのあまり、酒を飲んでしまう。禁酒あけの酒ほどうまいものはない。

 師匠は久蔵のふらつく様子を「この人、酔ってる?」と思わせる動きをしながら、右手ですっとのどから胃までの道筋をたどって、ひと言。

五臓六腑にしみわたる。酒が行きどころを知ってるね~
出典: PIXTA

 わかる!! 体にしみいっていく酒が目に見えるようです。

 酒を飲んだ瞬間の心地よさはこのように表現したらいいのか! 師匠の落語を聞いた日から、ビールでも、焼酎でも、ウイスキーでも、ワインでも、しつこいというほどにこの表現、使わせてもらっています。

 久蔵とまでは行かなくても、酒で「やってしまった」という経験をお持ちの方は多いはず。私もたくさんあります。12月24日、楽しく女子会をした帰り道に転び、歯が欠けたこと2回。気が大きくなって先輩にとんでもないことを言ったようなこともありました。あまり覚えていないのですが。そんな時こそ、落語の芸術的表現で助けてもらいたいものです。

 

記者

なぜ、そんなに酒のしぐさが上手なのでしょうか

 

師匠

 美味しいというのを知っているからこそ、しぐさに感情がこもる。こぼしたらもったいないと思えば、縁まで注いでおっとっとというしぐさをしてしまう。そんなものです。  

  実際、酔ったら言葉なんてわからなくなる。でもへべれけでもせりふがわからなきゃいけないのが落語。芸の噓ってもんです。下戸の噺家の方が、しぐさはうまいです。よく見ているから。酒飲みは一緒に飲んでしまってわからなくなっちゃうでしょ。
 
 芸と現実の話っていうとね、小さん師匠(五代目柳家小さん)の十八番に「時そば」というはなしがあるんです。そばをつるつるって食べるしぐさがうまくてね。あるとき、小さん師匠がそば屋に行ったら、「この人はさぞやうまく食べるんだろう」とじっと見られて、食べづらかったって言ってましたよ。

 

記者

師匠の酒飲みのしぐさ、「この人、楽屋で飲んできた?」と思うほどですが、昔からお好きでしたか?

 

師匠

 若い頃は酒を飲むとじんましんが出るほどの下戸でした。噺家は酒のしぐさが多いし、酒が飲める人生の方が楽しそうだなと、毎日、少しずつ飲むようにしてね、知らぬ間に結構飲むようになっていました。  
 
 うちの馬生師匠は、いい日本酒をちびりちびりと飲む。ある日、「この酒、味が落ちたね」って言うんですよ。出入りの酒屋さんにそう伝えたら、「今日は搬送に時間がかかってしまって」と言って、それ以降は、酒蔵からじかに来るようになりました。酒の味がわかっていました。
 
 私は逆。とにかく量。昔は、酒は酔うための道具だった。だから、どんな酒でもよかったんです。二級酒でも、もしあるならば、酒の血管注射でも。酔うことが好きだった。そんな、安い酒を浴びるように飲んでいた頃、師匠に連れられて、新潟の地酒をごちそうになったことがあってね。そりゃーうまかった。すーっと、腹の中に入ってきた。その感情が落語になっているのかもしれませんね。

いい酒を飲むって幸せ

 落語の主人公は、いい酒を飲む幸せも教えてくれます。

 「妾馬(めかうま)」です。
 長屋暮らしの八五郎は、大名の側室となった妹、お鶴を訪ねて大名屋敷へ。そこで出された酒のうまいこと。いつも飲んでいる酒とはひと味もふた味も違う。「酒がえらそうに通ってるね。昨日の酒をのけのけって言ってるみてえだ」

 

記者

師匠の若い頃の飲み方は?

 

師匠

 二ツ目時代に通い詰めていたのは浅草の「かいば屋」(閉店)。知り合いの小説家の紹介で、行ってみたら早稲田の落研とか、そんな連中が集まって飲んでいましたよ。とにかく酒が強くないと入れないといわれた店で、野坂昭如さん(「火垂るの墓」の作者)や、殿山泰司さん(黒澤明監督作品の個性派俳優)も常連だった。

 大将も酒飲みで、おつまみの柿の種をぷるぷる震える手で出してくる。その頃は、酒を愛しているというより、酔っ払うための道具という感じだったから、会話なんて楽しんだ記憶もなく、とにかく、へべれけになって、よく道ばたで苦しんでいましたよ。酒が強いというのを自慢にするのもほどほどにしたほうがいいよね。

落語にはどんなに酒を飲んでも酔っ払わないタイプもいます

「試し酒」に登場します。

 「うちの下男の久造は大酒飲みで、5升(9リットル)は飲み干せる」と自慢する商家の主人。では「賭けをしましょう」と商売敵の商屋の主人と勝手に約束しますが、当の久蔵は「外で考えてくる」と乗り気ではありません。ですが、帰って来た時は、やる気満々。ぐびぐびと5升を平らげていくのです。「まじないでもかけてきたのか」という問いに久造は「そんな量、飲んだことがなかったから、表の酒屋で5升飲んで試してきた」

 久造の飲み方、決しておすすめしませんが、なんやかんやと理由をつけて飲もうとするのも日本人。新年会、忘年会、歓迎会、送別会。「明るいうちから飲めるのが幸せ」といっていた夏の声が遠ざかるやいなや、「つるべ落としの秋の夜に飲むのがいいな~」。

酒が飲める 酒が飲める 酒が飲めるぞ! 酒のためなら、アイディアが満載に出てくるタイプもいますよ~

 「禁酒番屋」という共感できる落語です。

 禁酒令がでたある藩。出入口には「禁酒番屋」なる関所も置かれた。大酒飲みの家中の侍は、なじみの酒屋を訪れて「なんとか家に酒を届けてくれ」。酒屋連中は、どう禁酒番屋を通り抜けるか考えます。酒を「水カステラです」「油屋です」。すべて番屋の役人にウソを暴かれ、酒を飲まれてしまって終わる始末。そこで、もうウソはつかない作戦に出るのですが……。

 

記者

酒の失敗のお話を

 

師匠

 前座時代に、早朝寄席に遅れてしまったことがありました。前の日に飲み過ぎて、寝ているところに「まだ来ていないのか」と電話が。慌てて着替えて、顔に籐のまくらの痕を残したまま、高座に上がりました。
 
 控えなくてはと思うと、ストレスがたまるしね。一人で飲むのが好きな人、怒り出す人、絡む人、笑う人、すべては酒の性ってやつです。好きなように飲めばいいんです。そうじゃなきゃ、酒を飲む意味なんてない。

 

記者

師匠はどうなるんでしょうか?

 

師匠

 私はへらへら笑って与太郎になるかな。みんな、好きなように飲むときが楽しいと思います。富久の久蔵だって、実際にいたら、大変なやつでしょ。落語は現実の酒の失敗を和らがせているんですよ。おもしろおかしく。
 
 浅草「かいば屋」のマスターの口癖は「酒で意識がなくなって、大口たたいて、次の日に布団の中で『えらいことやっちゃった』と反省するぐらいじゃないと、人に優しくなれないんだ」。私もそう思いますよ。

酒の失敗から優しくなったタイプの男がいます

 現在、大人気の漫画「昭和元禄落語心中」にも登場する「芝浜」です。
 
 魚屋の勝五郎。評判の働き者が酒飲みたさに仕事をさぼるようになり、貧乏暮らし。その日も女房に深夜からたたき起こされ、芝の魚市場へと仕入れに向かった先で大金が入った財布を見つける。有頂天になって家に戻り、大宴会。翌日、二日酔いの勝五郎は、女房に「金なんて、知らない」と言われ、「夢だったんだ」と諦める。これをきっかけにまじめに働くようになるが、実は、女房は愛情で事実を隠していた。「どうぞお酒を飲んでください」と女房に言われた勝五郎は、「よそう。また夢になるといけねえ」・・・。

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