お金と仕事
「ファイトー、イッパーツ」、消えた絶叫 リポD「時代に合わない」
汗をしたたらせて断崖絶壁を登る屈強な男性2人。しかし、1人が落ちそうに。なんとか引き上げようと最後の一踏ん張りで、「ファイトー!イッパーツ!」とおたけびをあげる―。そう、誰もが目にしたことのあるリポビタンDのCMです。この「危機一髪」シリーズ、実は昨年9月に幕を閉じ、現在のCMはユーチューバーなどが登場する爽やか路線となっています。その背景を探ると、「汗と筋肉は時代に合わない」と新たな客層の開拓が急務な事情が見えてきました。
リポビタンDは1962年に発売された大正製薬の看板商品で、広告の歴史も長いです。発売翌年の63年には王貞治氏を広告に起用。しかし、キャッチフレーズは「ファイトで行こう!リポビタンD」でした。その後も「ヨッ!お疲れ!」「やるじゃない!」などのキャッチフレーズが続きます。
おなじみのフレーズがついに登場するのが77年の「ダブルタレントシリーズ」。2人の男性が危機的状況を乗り切るおなじみの形になっていきます。同社のホームページには77年以降のCMが掲載。「肉体派を代表する勝野洋氏と渡辺裕之氏が南海の孤島でファイト! 恐怖を乗り越える凄まじいシーンの連続でした」「海外ロケが中心となりました。さらに迫力のあるシーンが増え強烈なインパクトをもたらしました」などと紹介されています。最近では「エネルギッシュな肉体派」(同社)のケイン・コスギ氏が登場するCMが印象に残ります。
これまでに約387億本を売り上げたリポビタンDですが、市場環境は厳しさを増しています。「レッドブル」や「モンスター」などのエナジードリンクが人気となり、ライバルの栄養ドリンクの種類も増えています。
コンビニなどのドリンク売り場でいい位置と面積を確保することが売り上げに大きく影響しますが、厳しい状況が続いています。売り上げは2000年度の797億円をピークに、3~4%のペース年々減少。16年度は372億円(前年度比3.5%減)で、ピーク時の半分以下です。
リポビタンDの不振などもあり、大正製薬HDの17年3月期の売上高は前年比3.6%減の2797億円にとどまりました。同社も「ライジン」などエナジードリンクを発売し、力を入れていますが、リポビタンDはなんといっても同社の顔。ブランドイメージの再定義が必要だと、16年9月に新CMを流し始めました。
新しいCMのイメージキャラクターはサッカーJ2横浜FCの三浦知良氏と、プロ野球日本ハムの大谷翔平選手。2人とも現役のスポーツマンで、肉体的とも言えなくもないですが、演出は全く違います。
例えば人気ユーチューバーのHIKAKIN(ヒカキン)さんの仕事場を三浦さんが訪ね、夢を尋ねる。三浦さんとHIKAKINさんが崖や橋から落ちそうになることはもちろんありません。最後は若者たちも加わり、ビルの屋上で爽やかに「ファイトー!イッパーツ!」と言ってリポビタンDを飲みます。
テーマは「Have a Dream」で、「ファイト」が前面に出ていたこれまでとは雰囲気が全く違います。HIKAKINさんが登場する時点で、「危機一髪シリーズ」を見て育った記者からするとリポビタンDのCMには見えませんでした。
狙いは若者層の共感を集めることです。同社によると、リポビタンDは「ヘビーユーザーが多い商品」。しかし、長年のファンが定年退職して飲まなくなるなど、新しい客層の開拓が急務になっています。そこでブランドイメージを変えることを決断しました。
大正製薬の上原健副社長は「汗と筋肉で表現していた、高度成長時代の『頑張って頑張って頑張る』は今の時代に合わなくなってきていた。肉体的なものだけでなく、多様な『頑張る』を応援したいという思いを込めました」と話します。
実際、CMにはユーチューバーなど現代ならではの職業の人や、東海大学のソーラーカーチームなど若者が登場します。反応は「非常にいい」(上原副社長)といい、新たなリポビタンDのイメージを定着させていきたいと意気込んでいます。
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