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村上春樹「幻のヤクルト詩集」探してみた 文章に矛盾?意外な真相

村上春樹さんの「幻の詩集」はどこに・・・
村上春樹さんの「幻の詩集」はどこに・・・

目次

 ノーベル賞受賞も期待される世界的作家・村上春樹さん。私もファンですが、3年前から気になっていることがあります。村上さんが、ある文章で1982年に自費出版したと書いている「幻の詩集」は、どこにあるのだろうということです。読みたい一心で、まじめに探してみました。

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スワローズ公式サイトにて

 村上春樹さんは長年にわたる、東京ヤクルトスワローズのファンです。2013年からは球団の公式サイトに、神宮球場での観戦の思い出などを書いています。

 「『ヤクルト・スワローズ詩集』より」と題したメッセージを村上さんが寄せたのは、2014年でした。書き出しはこのようなものです。

 「僕が『ヤクルト・スワローズ詩集』というささやかな書物を世に出したのは、1982年のことだった。長編小説『羊をめぐる冒険』を書き上げる少し前、曲がりなりにも小説家としてデビューしてから、既に三年が経っていた」
スワローズ公式サイト

 メッセージには、当時スワローズについて「詩のようなもの」を書きためていたこと。なかば自費出版で詩集を500部つくったが、売れたのは300部ほどで、残りは知人らに配ったこと。いま村上さんの手元には2部しか残っていないことなどが、詳しくつづられています。

 この通りなら「幻の詩集」を誰かが大事に持っていても、おかしくありません。なら、ぜひ読んでみたい。探してみることにしました。

1982年、神宮球場でのヤクルト戦
1982年、神宮球場でのヤクルト戦 出典: 朝日新聞社

どこに聞いても

 メッセージには詩集を「知り合いの何軒かの書店に置かせてもらった」と書いてあります。まず、村上さんがジャズ喫茶を営みながら初期作品を書いた街、東京・千駄ケ谷の書店「ブックハウスゆう」を尋ねました。

 店主の斎藤祐さん(71)は「村上さんとは同じ商店街の仲間。デビュー直後のことも、よく知っているよ。ただ、ヤクルト・スワローズ詩集ねえ、見たことないなあ」。

 ほかにも野球に強い専門古書店、複数のファンサイト運営者、ファンが集まるカフェにも聞きましたが「見たことはないし、どこにあるかも分からない」との返事でした。

 東京ヤクルトスワローズの担当者も「メッセージの原稿を受け取っただけで、それ以上のことは分からない」と言います。

「ブックハウスゆう」の斎藤さん。店内には村上春樹コーナーも。
「ブックハウスゆう」の斎藤さん。店内には村上春樹コーナーも。

だんだん半信半疑に・・・

 空振りが続くにつれ、詩集は本当に実在するのだろうかと半信半疑になってきました。

 実は「ヤクルト・スワローズ詩集」は、まれに村上さんの著書に登場。基本的に「架空の本」として扱われてきました。

 1981年出版の「夢で会いましょう」(冬樹社)には、「ヤクルト・スワローズ詩集より」と書かれた5編の詩が収録されています。たとえば・・・

 スクイズ

「サードベースとホームベースのあいだに」
 と試合後大杉選手は語った。
「北回帰線のようなものがあって、
 それが、
 ぼくの足を止めたんです」

1981/9/2「ヤクルト・スワローズ詩集」より

 ただ、本の帯には「アド・リブ(即興)で書いたもの」と解説が。共著者の糸井重里さんにも会社広報を通じて尋ねたところ、「(詩集の存在は)みんなフィクションと思っていたはずですよ」と言います。

 村上さん自身も、たとえば2001年の著書で

これは完全なジョークです。『ヤクルトスワローズ詩集』は現実には存在しません。これは正直な答えです。裏はありません。ほんとです(しつこいですね)。
スメルジャコフ対織田信長家臣団(朝日新聞社)

と、はっきり存在を否定しています。

「夢で会いましょう」に掲載されている詩
「夢で会いましょう」に掲載されている詩

状況に変化

 ところが2014年にスワローズサイトにメッセージが載った頃から、状況が変わります。

 月刊誌CREA(文藝春秋社)の2015年9月号に、村上さんの旅エッセイが載りました。そこには熊本での秘密の朗読会で、未発表の短編小説「ヤクルト・スワローズ詩集」を読み上げたと書いてあるのです。しかも、スワローズサイトに一部だけ掲載済みだといいます。確かにメッセージには、「右翼手」という詩も含まれていました。

 さらに同年発売の著書「村上さんのところ」でも、短編小説を書いたと明かしています。

 こうした変化をたどると、かつて「ヤクルト・スワローズ詩集」は単なるジョークでしたが、近年、村上さんが同じタイトルの短編小説を書いたことが分かります。

 しかし「1982年に詩集を出版した」と書かれたメッセージだけは、この流れに合いません。

 よく分からなくなってしまいました。

村上さんの旅エッセイが載っているCREA2015年9月号
村上さんの旅エッセイが載っているCREA2015年9月号

「風の歌を聴け」がヒント

 「もしかして?」と思ったのは、行き詰って1週間後。村上さんのデビュー作「風の歌を聴け」を読み直していたときでした。

 この作品には「デレク・ハートフィールド」という架空の作家が描かれています。ヘミングウェイやフィッツジェラルドと並んで、事細かに、実在の人物であるかのように。作品の末尾では、村上さん自身がハートフィールドの墓に行ったとまで書いています。

 架空の作家…架空の詩集…架空の物語…? もしかして、あのメッセージ全体が、エッセイを装った「短編小説」なのではないだろうか。

 確認がとれる先は限られています。CREAを出版する文藝春秋社に考えを伝えると、当時の担当者が「こちらであっています」とメールをくれました。

 メールによると、熊本で朗読された短編小説「ヤクルト・スワローズ詩集」は、エッセイ風の部分、詩の部分があわさった内容。その小説の一部が、先行してスワローズサイトにメッセージとして載っていたというのです。

 そう言われるとメッセージのタイトル「『ヤクルト・スワローズ詩集』より」は、作品からの抜粋だと示しているようにも読めます。

出典:https://pixta.jp/

『詩集』を巡る取材でわかったこと

 事実関係は、こう整理できます。

 もともと架空の存在である「ヤクルト・スワローズ詩集」。その詩集がどのように出版されたのかという架空の物語を、村上さんは実際に短編小説として書いた。それがスワローズサイトに、ほかのエッセイと一緒に並んでいる。

 さあ、気づくかなと言うかのように…。

 検索すれば色んなことがわかる時代ですが、実際に話を聞きながら調べてみると、意外な発見があるものです。

 今回、「ヤクルト・スワローズ詩集」を巡る取材を通し、あらためて村上さんの世界観に触れることができました。

 1982年に出版された幻の詩集(という物語)。それは斬新な小説を生んできた、村上さんならではの「企み」の産物だったようです。

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