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バガボンドに海老蔵の大河…宮本武蔵が400年経っても愛される理由

朝日新聞に「宮本武蔵」を連載中の1936年8月、大日本武徳会の中山博道範士の二刀流の構えを見る吉川英治氏
朝日新聞に「宮本武蔵」を連載中の1936年8月、大日本武徳会の中山博道範士の二刀流の構えを見る吉川英治氏 出典: 朝日新聞

目次

 今から400年以上前の1612(慶長17)年5月13日(旧暦では4月13日)は、あの有名な「巌流島の決闘」が行われた日です。宮本武蔵の生涯は、何度も映画化され、大河ドラマにもなりました。漫画『バガボンド』も人気です。なぜ、こんなにも武蔵は、愛されているのか? 決闘の日に振り返ってみます。

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剣聖・宮本武蔵

 1582年、または84年、美作国宮本村(現在の岡山県)で生まれた武蔵は21歳で武者修行を始めました。

 京都・一条寺下り松の決闘で将軍家師範を務めた、吉岡一門を倒し、天下に名をとどろかせます。武蔵は二刀流の達人で、諸国武者修行で60あまりの戦いに勝利し、「剣聖」と呼ばれるようになりました。

石碑と4代目の松 宮本武蔵と吉岡一門の決闘の地(響紀行)詩仙堂のししおどし=2011年1月19日
石碑と4代目の松 宮本武蔵と吉岡一門の決闘の地(響紀行)詩仙堂のししおどし=2011年1月19日 出典: 朝日新聞
「宮本武蔵は1582年ないし84年に美作国宮本村(岡山県)で生まれた。21歳で武者修行を始め、京都・一乗寺下り松の決闘で将軍家師範を務めた吉岡一門を倒して、天下に名をとどろかせる。」
2013年7月8日:(文化の扉 歴史編)遅刻しなかった?宮本武蔵:朝日新聞紙面から

宮本武蔵を題材にした作品

 宮本武蔵を題材にした作品は数多くあります。

■吉川英治『宮本武蔵』
 現在の「宮本武蔵」像を作ったと言っても過言ではないのが、この小説です。マンガ『バガボンド』、大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』も、吉川英治の『宮本武蔵』が原作になっています。

■井上雄彦『バガボンド』
 『スラムダンク』を世に送り出した井上雄彦さんが、1998年から週刊モーニング(講談社)に連載。現在も続く人気マンガです。原作を吉川英治の『宮本武蔵』としつつも、独自の設定を加え、読者を魅了しています。

■NHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』
 2003年、市川海老蔵さん主演の大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』では、ライバルの佐々木小次郎をTOKIOの松岡昌宏さん、恋人・お通を米倉涼子さんが演じました。

井上雄彦『バガボンド(1)』(講談社)
吉川英治原作の「宮本武蔵」を原案とした時代劇漫画「バガボンド」を講談社の週刊モーニング、車いすバスケットを題材にした「リアル」を集英社の週刊ヤングジャンプで連載中。
2016年5月15日:「B.LEAGUE 主役に迫る」 漫画家・井上雄彦さん、思いを語る バスケット:朝日新聞紙面から
<吉川英治の「宮本武蔵」> 1935~39年、朝日新聞に1013回にわたって連載された。吉川英治は「随筆宮本武蔵」で「剣をとほして、彼は菩提(ぼだい)(悟り)を見、人間といふ煩悩のかたまりが、どこまで澄みきったものにまで行けるか、死ぬまで研ぎぬいてみた人だ」と書いている。放映中のNHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」の原作。
2003年6月16日:胸躍った吉川小説(武蔵のそばで:下):朝日新聞紙面から
41年目を迎えたNHK大河ドラマの主役をつとめるのは、歌舞伎ファンの間で絶大な人気を誇る若きプリンス、市川新之助。佐々木小次郎にTOKIOの松岡昌宏、又八に堤真一、武蔵の恋人お通に米倉涼子。
2003年1月20日:テレビ、演劇の枯渇、歌舞伎は穴埋め(LOOK):アエラから

宮本武蔵が心に刺さる3つの理由

 宮本武蔵は、なぜこんなにもファンの心に刺さるのでしょう?

努力して成長する「苦労物語」

 武蔵には努力して、成長していく「苦労物語」があります。

 文芸評論家・末國善己さんは、2014年2月19日の朝日新聞で次のように指摘しています。

 「日本人は、スポーツを武士道になぞらえるのが好きです。選手に努力と忍耐を求める。そういうヒーロー・ヒロイン像の原型は、1935年に連載が始まった吉川英治の『宮本武蔵』でしょうね。吉川は、剣は強いが愚かな青年として武蔵を描いた。不完全な人間が努力して成長していく姿が、日本人の精神性に非常に合った」

五輪書(右)と細川忠利書状
五輪書(右)と細川忠利書状 出典: 朝日新聞
日本人は、スポーツを武士道になぞらえるのが好きです。選手に努力と忍耐を求める。そういうヒーロー・ヒロイン像の原型は、1935年に連載が始まった吉川英治の「宮本武蔵」でしょうね。それまでの大衆小説の主人公は、生まれながらの天才で品行方正、完璧な人間でした。吉川は、剣は強いが愚かな青年として武蔵を描いた。不完全な人間が努力して成長していく姿が、日本人の精神性に非常に合った。それが現実のスポーツにも投影される。佐々木小次郎のような「傲慢(ごうまん)な天才」は嫌われてしまう。
2014年2月19日:(耕論)トリプルアクセルと日本人 末國善己さん:朝日新聞紙面から

時代を問わず、人々に寄り添う

 吉川英治の「宮本武蔵」は、実は戦時下のベストセラー本でした。文芸評論家の縄田一男さんは、2012年11月26日の朝日新聞で、武蔵のストイックさ、忍耐強さは、我慢を強いられた当時の人の心の拠り所になったと指摘しています。

 戦後の読者の手紙は「野武士の心があれば、敗戦後の苦しみなんてなんでもない」というものに変わりました。ここには戦後らしい読まれ方があります。

 どんなときも大衆の心に寄り添っている。読者が時代によって作品を読み替えてゆくところが魅力になっています。

吉川英治『宮本武蔵』(新潮文庫)
『宮本武蔵』は戦時下のベストセラーだった。武蔵のストイックさ、忍耐強さは、当時の国民にとってよりどころだった、と文芸評論家の縄田一男さんは言う。そして、戦後の読者の手紙は「野武士の心があれば、敗戦後の苦しみなんてなんでもない」。ここには戦後らしい読まれ方がある。どんなときも大衆の心に寄り添っている。それは読者が時代によって作品を読み替えてゆくから。
2012年11月26日:(文化の扉)はじめての吉川英治 新たな歴史人物像、大衆の心つかむ:朝日新聞紙面から

若者にも海外でも人気

 武蔵は若者にも人気です。縄田一男さんは、その理由について、2001年8月17日の朝日新聞記事で「既成の価値観が崩壊し、暗中模索で歩を進めねばならぬ時代に、剣一筋で己の人生を切り拓(ひら)いていく武蔵の生き方が一つの希望として復活して来るのは決して不思議なことではあるまい」と述べています。

 記事では、『バガボンド』の井上雄彦さんの言葉として「これは若い人に多いんですけど、本当にやりたい目標に突き進める武蔵がうらやましいという意見が多い」という発言も紹介しています。

 日本国内で根強い人気を誇る武蔵ですが、海外でも評価されています。

 1954年に公開された三船敏郎主演の『宮本武蔵』は第28回アカデミー賞の名誉賞を受賞し、80年代には宮本武蔵の「五輪書」がウォール街でベストセラーになりました。

 『バガボンド』は11ケ国語以上に翻訳され、世界中の人々に読まれています。

バガボンド展会場前の巨大パネル=仙台市、2010年5月3日
バガボンド展会場前の巨大パネル=仙台市、2010年5月3日 出典: 朝日新聞
井上はあるインタビューに答えて「これは若い人に多いんですけど、本当にやりたい目標に突き進める武蔵がうらやましいという意見が多い」といっている。昨今のように既成の価値観が崩壊し、暗中模索で歩を進めねばならぬ時代に、剣一筋で己の人生を切り拓(ひら)いていく武蔵の生き方が一つの希望として復活して来るのは決して不思議なことではあるまい。
2001年8月17日:困難切り拓く大衆の剣 読み継がれる「宮本武蔵」の魅力 縄田一男:朝日新聞紙面から
米出版界の「日本もの」には、これまでいくつかのヒット作がある。スシ・ブームが起きた70年代には日本料理本。日本式経営が話題となり、「五輪書」がウォール街で読まれた80年代初期は、吉川英治の「宮本武蔵」。今はその座に荒涼とした人工風景が広がる。
1991年1月4日:顔のない国 「個性」をもっと表に(1991日本はどこに:3):朝日新聞紙面から
五四年の「宮本武蔵」(稲垣浩監督)がアメリカ・アカデミー賞外国語映画賞を、五八年には「無法松の一生」(同)が再度ベネチア映画祭グランプリに輝いた。
1997年12月25日:三船敏郎氏が死去 「羅生門」「七人の侍」など黒沢映画で世界を魅了:朝日新聞紙面から

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