IT・科学
フェイクニュースを防ぐ3カ条 「あなたのための」記事の落とし穴
米大統領選をめぐって一躍広まった「フェイクニュース」。SNSなどで拡散したあやふやな情報が、選挙結果に影響を与えたと言われています。日頃、校閲記者という立場でニュースに関わる私にも、ネットは欠かせないツールです。ウソを見極めるにはどうすればいいのか? 「フェイクニュース」はなぜ生まれたのか? だまされないための「防御法」は? 専門家は「数字狙いの記事の落とし穴」を指摘します。(朝日新聞校閲センター・桑田真)
新聞社の校閲は記事を何度も読み、言葉遣いの誤りや誤植がないか、赤鉛筆を片手に辞書をにらみながら点検します。また、差別的表現がないかなど、人権への配慮も大切なポイントです。
さらに事実関係のチェックを同時に行います。このときネットをフル活用します。自社のデータベースだけでなく、官公庁や企業のサイトにあるデータや、スポーツの公式記録を探して参照します。
個人のブログやツイッターなどを閲覧することもあります。最近ではトランプ大統領のツイートが物議を醸すことが多いので、つぶやくことが多い深夜(米国時間の早朝)に何度もチェックするようになりました。
プライベートでも仕事でも、なくてはならないネット。その影響力が、間違った方向で形になったのが米大統領選の「フェイクニュース」でした。
昨年12月、ワシントンのピザ店に男が押し入り、発砲する事件がありました。「この店が児童売春組織の拠点で、ヒラリー・クリントン氏が関与している」というフェイクニュースに影響された男が逮捕されました。
「フェイクニュース」は主にSNS上で広がり、誤った情報を、メディアが報道したニュースとして受け取った人が膨大に生まれました。
結果的に選挙戦にまで影響を及ぼしたとされた「フェイクニュース」。もし、仕事で記事の参考情報にしてしまったとしたら……考えただけでもぞっとします。
4月14日、朝日新聞労働組合が主催したイベント「言論の自由を考えるプレ5・3集会」がありました。法政大准教授としてメディアを研究している藤代裕之さんを招き、「フェイクニュース」について解説してもらいました。
私も企画に関わったこのイベント。ニュースの書き手、配信するネット企業、読者というそれぞれの立場でこの問題を読み解いてほしいという思いから、『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』の著者である藤代さんをお呼びしました。
藤代さんは元徳島新聞記者。NTT系企業を経て、現在は研究の傍らジャーナリストとして発信し続けています。
フェイクニュースが流通する背景として藤代さんは「ニュースの個人化」を挙げます。
一つの新聞記事やテレビ番組が共通の話題になった時代は、今は昔。新聞社やテレビ局だけでなく、数多くのネットメディアや個人がニュースを発信しています。
スマートフォンにはSNS経由で「あなたのための」ニュースが届きます。隣の人が何を見ているかはわかりません。
自分では記事を吟味していると思っていても、実はアルゴリズムによって選ばれた記事だけを読んでいることも多いといいます。
あるニュースが発生してから手元のスマートフォンに届くまでの流通経路は複雑になり、一般の人が理解して説明することはもはや不可能。この複雑さがビジネスのタネになり、フェイクニュースが入り込む余地が生まれるといいます。
さまざまなニュースの入り口になるのがネット上の「プラットフォーム」と呼ばれるサイトです。
「ヤフー」など多くの「プラットフォーム」は各メディアから届く膨大な本数の記事を1カ所に集め、無料で読めるようにしています。
藤代さんは、「プラットフォーム」は、記事そのものの中身にはタッチしない構図になっているため、責任があいまいになりがちである点を指摘しました。
「プラットフォームは、いわばフリーマーケットの主催者。フリマで買ったものを食べて、客がおなかを壊したらどうしますか。そのお店にはもう出店させませんよね。ニュースの世界では、ウソが混じっていても読まれるから、この状況を放置している。読者をバカにしているのと一緒です」
昨年、真偽不明の記事や無断転載があったことで、IT大手DeNAが運営するまとめサイトが閉鎖に追い込まれました。
記事の制作者と「プラットフォーム」の関係について、藤代さんは「運営者が大量に記事を作っていた。これは、フリマの商品の9割を、主催者が作って並べていたのと同じです」と言います。
「ヤフーでも自前の記事が増えているなど、プラットフォームと記事の作り手の境界があいまいになっています」
フェイクニュースは、あたかも事実のような顔をしてスマホに表示されます。読者はどうすればいいのでしょうか。
藤代さんは、安全な食べ物にお金を払うように、良質なニュースは購読者が必要だと訴えます。
「手間ひまかけて作られたものなら、多少値段が高くてもお金を払ってでも味わう。じゃあ、脳の健康のためには? 良質なニュースをお金を払って読むようになれば、記事の質を上げようという記者のモチベーションにもなります」
まとめサイト問題では、検索サービスの上位に表示されることで、間違った情報が拡散したと言われています。
藤代さんは「友達と話す」ことを勧めます。
「同じニュースでも、話してみると人によって見立てが違うことがわかる。その違いを楽しむぐらいの気持ちを持つといいのではないでしょうか」
ネットの世界で「プラットフォーム」の存在感が強いのは、多くのユーザーに記事を届けられるからです。一方で、メディアは読まれた数字を狙う「ページビュー至上主義」に陥りがちです。
藤代さんは「プラットフォームというモンスターを作ってしまったのは新聞社です」と指摘します。
「もちろんたくさんの人に読まれることは大事です。でも、ページビューを稼ぐために記事を書くのはおかしい。大事な記事なら、生産者である新聞社自身が責任を持って読者へ届けるべきです」
ページビューを優先した先には何があるのか? 藤代さんは「硬派な記事よりもフェイクニュースの方が面白いので、社会がフェイクまみれになりかねません。紙の新聞が読まれなくなって苦しいのはわかりますが、だからこそ新聞社は『何のために記事を書くのか』という原点に返るべきです」と強調します。
それでは「フェイクニュース」にだまされないために、どんな対策をすればいいのか。校閲記者として、心がけていることをご紹介します。
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