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法廷で「谷崎潤一郎」を朗読 タトゥー裁判「異色戦術」の舞台裏
タトゥーは医療か芸術か――。医師免許なく客にタトゥーを入れたとして、医師法違反の罪で略式の罰金命令を受けた彫り師の裁判が26日、大阪地裁で始まりました。無罪を訴える弁護側は、冒頭陳述で谷崎潤一郎の短編『刺青』を朗読。お堅い裁判で一体なぜ? 異色の陳述に込めた思いを聞きました。
裁判の被告人は、大阪府吹田市の彫り師、増田太輝さん(29)です。客3人に無許可でタトゥーを入れたとして、2015年に略式起訴。簡易裁判所からの罰金30万円の略式命令を拒み、法廷闘争の道を選びました。
注目の裁判の初公判では、70席あまりの傍聴席をめぐって100人以上が殺到。抽選の列にはタトゥーを入れた人も多く集まり、独特の雰囲気が漂っていました。
医師法は「医師でなければ、医業をなしてはならない」(17条)と規定。違反者には3年以下の懲役か100万円以下の罰金、もしくはその両方が科されます。
罪状認否で増田さんは「お客さんにタトゥーを入れたことは間違いありません。しかし、それが犯罪だとされることには納得できません。私のほかにも、彫り師が次々と摘発されました。これはただごとではない。いま闘わなければ、私たちの仕事がなくなってしまう。そう思ったので、この裁判を闘うことを決意しました」と訴えました。
裁判の争点は、タトゥーを入れる行為が医師法の規制する「医業」「医行為」に当たるか否か。この点で弁護側と検察側の意見は真っ向から対立しています。
弁護側は冒頭陳述で「医行為の『医』とは病気やケガを治すことであり、タトゥーを入れることはこれに当たらない」「彫り師に医師免許を要求することは、彫り師の職業選択の自由と表現の自由、タトゥーを入れたい人の自己決定権を侵害する」と主張しました。
一方の検察側は、増田さんの行ったタトゥー施術が「医行為」に該当すると判断。冒頭陳述で「医師が行うのでなければ、保健衛生上の危険を生ずるおそれがある行為」だったと指摘しました。
こうしてお堅い法律用語が飛び交う法廷の雰囲気を一変させたのが、主任弁護人の亀石倫子さんによる冒頭陳述の朗読でした。
亀石弁護士は谷崎潤一郎の小説『刺青』の冒頭の一節を読み上げ、こう続けました。
「ここに登場する腕利きの彫り師は、かつては浮世絵を描いていました。美しいものは強く、醜いものは弱いと考えられていた時代でした。皮膚を美しく彩る刺青に、人々は魅了されていました」
「しかし、タトゥーに対する世間の評価は大きく変わりました。いつの頃からか、タトゥーは悪者のレッテルになりました」「そしてついに、彫り師が社会から排除されようとしています。今はもう、谷崎が『刺青』で描いた時代ではなくなりました」
「激しく軋み合う時代に、それでもなお、守らなければならないものがあります。世界中で愛され、尊敬される日本のタトゥー。その伝統を守り、発展させてきた彫り師たち。この裁判は、それを守るための闘いです」
なぜ、裁判には似つかわしくないような、「文学的」な陳述を行ったのか。閉廷後に亀石弁護士に取材すると、こんな答えが返ってきました。
「『刺青』で描かれた江戸時代、刺青はカッコイイものとして人気がありました。身体を美しく彩りたいと願うのは、古代から続く人間の本能です」
「当時と現代とで時代は変わりましたが、それでもなお変わらないもの、守らなければいけないものがある。主人公の彫り師は元浮世絵師でもあり、彫り師はアーティストなのだという思いも込めました」
大阪地裁の裁判では、過去にもビックリするような法廷戦術がとられた例があります。
ダンスクラブの元経営者が、風俗営業法の無許可営業容疑で逮捕された事件(最高裁で無罪が確定)です。弁護側は、摘発の夜に流れていた音楽を法廷で再生するよう裁判所に申請。初公判の法廷に、オアシスなどのロックナンバーが鳴り響きました。
「この曲で踊るダンスは性風俗を乱すものなのか」と問題提起する意図があったといいます。
実は、亀石さんはこの時の弁護団の一員でもありました。今回の朗読にも、単なるパフォーマンスを超えた狙いがあったそうです。
「裁判所だけでなく、傍聴に来てくれた人たちのことも意識しました。法律的な議論は難しく、時に退屈に思われてしまうこともある。心に届く言葉で、何が問題なのかを伝えようと考えました」
次回の公判は、5月23日午前10時に大阪地裁の704法廷で開廷の予定です。
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