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柏が「赤」に染まった日 ロアッソ熊本、前代未聞だった代替地開催
甚大な被害が出た昨年4月の熊本地震から1年が経ちました。熊本県内唯一のJリーグクラブ、J2ロアッソ熊本は、本震から1年の16日には本拠で「熊本地震復興支援マッチ」として公式戦に臨みます。昨季は苦しい時間を過ごしたクラブですが、苦渋の決断の末に開催したある試合がありました。1年後の今だから語れる舞台裏を関係者に聞きました。(朝日新聞西部本社報道センタースポーツ担当記者・堤之剛)
「何かあったら、うちくらいはあっという間に倒れると感じた」
ロアッソ熊本の池谷友良社長はこの1年をそう振り返りました。震災直後は「サッカーうんぬんというのは頭の片隅にもなかった」。当時は選手やスタッフの安否の確認に追われました。車中泊を強いられた選手もいました。
そんな中でも、選手らは救援物資を避難所に届けたり、子どもたちを励まそうとサッカー教室を行ったりしていました。クラブは地震後、J2リーグ戦5試合の延期を決断します。
一方で、池谷社長はこうも思っていました。「Jリーグクラブは試合をやってなんぼ。それがないというのはある意味、クラブの存在意義がなくなるのと同じ」。
リーグ戦の再開に向けて奔走し始めます。しかし、熊本市内にある本拠スタジアムは、救援物資の集積所となっていたため、使用できません。
そこで、ひねり出したのが、異例の「代替地での本拠試合」という案でした。しかし、すんなりとは開催地は決まらなかったのです。
クラブは、被災地の状況をふまえ、熊本、九州を離れ、東京近郊の代替地で「本拠試合」の開催を考えていました。
試合が行われる時期は、世間はゴールデンウィークに突入し、熊本以外の地域では震災の被害への意識が低下しているかもしれない。そこで、池谷社長は、たくさんの地域に熊本に関心を持ち続けてもらえるように、大都市圏での開催にこだわります。
ところが、本拠を離れての開催案に、Jリーグのある幹部からは「サポーターのことを考えているんですか」という声も上がりました。
関西での開催案もありましたが、スタジアムの使用料が高額だったため、断念しました。
最後に頼ったのが、日立柏サッカー場を本拠とするJ1柏レイソルでした。池谷社長にとって、かつて監督を務めたこともある縁の深いクラブです。
震災から約1カ月後の5月22日に試合を行おうと考えましたが、前日21日は柏が試合を行うこともあって、当初は開催は難しい雰囲気でした。しかし、池谷社長は粘ります。柏の運営担当者らに直接連絡して、開催を打診。社長自ら直談判したことで、事態は動き出します。
柏のスタッフが運営に協力することや、ボランティアが観客を案内することなど決まり、開催の見込みが立ちました。
そして、試合当日。普段は柏のクラブカラーの黄色に染まるスタジアムは、8201人の観客で埋まり、熊本のカラーである赤に染まったのです。
池谷社長は「レイソルのサポーターにとってあそこはの聖地はずなのに、ロアッソのためにすごく温かい雰囲気を作り出してくれた」と感謝します。
「クラブの震災からの復興は、あそこから始まったようなもん」と池谷社長。「俺はめいっぱいだったからさ、あの日一日何があったかよく覚えていない感じではある」。それくらい必死だったのです。
クラブは今年で設立13年となります。震災を経験し、より一層の「地域密着」を目指しています。
「熊本は、やっぱり人の温かさ、つながりの強さが異常にある。人のつながりでしか、いろんなことが動かない地域だから」
J1を目指す一方で、地域を活性化させる存在であることがクラブの目標です。
「今やっていることが10年後、50年後につながり、『根が張った本当によいクラブになったね』と言われたい」。池谷社長は、そんな未来を思い描いています。
16日は午後6時から、本拠「熊本・えがお健康スタジアム」(熊本市東区)で松本山雅と対戦します。
「熊本地震復興支援マッチ」と銘打ち、復興の後押しをしてもらいたいと、熊本以外の他のJクラブのサポーターでも各クラブのシーズンシートパスやファンクラブ会員証を提示すれば、入場券を特別価格で購入できるなどの取り組みが実施されます。
池谷社長は「全国へ、感謝と熊本の元気さ、前向きにやっているよということを発信したい」と意気込みを話しています。ロアッソ熊本は、またここから被災地とともに前に進んでいくのです。
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