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「スマホ」と「レイプ」の悲しい関係 アフリカ、鉱石争奪の闇
いつも使っているスマホやパソコンが「アフリカのある国の内戦で起きている性暴力」と関係があるかもしれないと知ったら、どう思いますか? その国とは、アフリカ中央部にあるコンゴ民主共和国(Democratic Republic of Congo:DRC)です。札幌から那覇までを約3往復するぐらい離れている国の性犯罪と、私たちのスマホにどんな関係が? そこには鉱石が生む悲劇がありました。
DRCでは21年前から、政府と政府に反対する武装勢力による「内戦状態」が続いています。特に東部地域では、武装勢力が活発です。その反政府勢力が資金源の一部にしているのが、金など貴重な鉱物が採れる鉱山。本来は農業に従事する地域住民も動員し、鉱物取引からお金を得ています。
武装勢力は、住民たちを恐怖で支配し、従わせるために、村を襲って女性をレイプするのです。時には男性や幼児まで被害に遭います。
レイプは、被害者の心身を破壊し、恐怖を植えつけます。コミュニティ(住んでいる村など)が被害者を「汚れた存在」として疎外することもあり、コミュニティの団結も弱めるため、支配がしやすくなるのです。
こうして採掘された鉱物が、例えばコンデンサーなど、日本のスマホやPCなどの部品の一部として、紛れ込んでいる「かもしれない」、というわけです。もちろん、きちんとした採掘業者もいるので、「DRC産の鉱物のすべてが」というわけではありませんが。
一部の鉱物が、紛争下の悲惨な暴力と結びついている――。この問題に対し、世界は動きはじめました。主導したのは、EICCという電子産業のグローバルな業界団体です。
EICCの後押しで、2010年、アメリカで「ドッド・フランク法」という金融の規制強化をする法律ができました。この法律に、「DRCや、その周辺の国から採れた鉱物が使われてないか、米証券取引委員会(SEC)に上場している企業は開示せよ」という項目が加えられたのです。
「なんだ、アメリカのことか」と思うかもしれませんが、日本も無関係でいられませんでした。なぜなら、米国のSEC上場企業と取引している日本企業は多いですし、そもそもSECに上場している日本企業もあるからです。
ドッド・フランク法が求めているのは、「使ってはいけない」ではなく「情報開示せよ」。それが、消費者や投資家、企業側にとって「紛争鉱物(の製品)を使わないようにしよう」という動機になるという考え方です。
開示対象になったのは、タンタル(Tantalum)・タングステン(Tungsten)・スズ(Tin)、金(Gold)。通称3TG。ざっくり言うと「君んとこの製品に3TGを使ってるんなら、どこから来ているか調べて分かるようにしなさいね」という内容になります。
でも、これがなかなか難題で……。野菜や果物なら、素材と商品が同じだから辿ることは難しくないでしょう。ところが精密な電子製品って、めちゃめちゃ作りがややこしい。シンプルに並べてみても……
鉱山で鉱物を採掘
↓
鉱物から素材にする加工
↓
素材自体の加工
↓
部品の製造
↓
組み立て
↓
製品(完成)
と、多くの工程を踏み、多くの部品が使われます。
部品メーカーや最終製品メーカーに、「どこ産の3TG使ってる?」と言われても、そう簡単には辿れないのです。
基本的には、情報開示を求められる企業が直接やり取りしているサプライヤー(=1次サプライヤー)に聞き取り用紙を使って「材料をどこから調達してる?」と聞くしかありません。で、そのサプライヤーが自分のサプライヤーに同じ事を聞いて・・・の繰り返し。気が遠くなります。
それでもSEC上場企業は、EICCが作った調査のフォーマット用紙を使い、調べてみました。その結果が2014年に分かったのですが、報告書を提出した(=3TGを使っていて、情報開示の義務がある)1321社のうち、67%が「どこの国が原産地か分からなかった」という結論だったのです。
網の目のように広がったサプライヤーを全て追いかけ、原産国まで辿るのは難しい。そこで、実際に効果を期待されているのが、原材料を最初の素材の形に変える「精/製錬所」に焦点を絞る方法です。
なぜなら、3TGを扱う精/製錬所は、鉱山やサプライヤーほど数が多くないからです。つまり、「どんな3TGでも、精/製錬所は通過する。そこに網を張ろう」という発想。
精/製錬所の段階で「紛争鉱物を扱っていない」と証明できれば、それは「紛争鉱物ではない=コンフリクト・フリー」とみなし、ヨーロッパのCFSI(Conflict-Free Sourcing Initiative)という団体に、コンフリクト・フリーの精/製錬所(Conflict Free Smelters:CFS)として登録され、リストとして公開されます。
ですので、「原材料が採れた鉱山まで突き止めろ」ではなく、「精/製錬所を突き止めろ」が、各企業の目指すところ。国際社会としては、CFSを増やすことが重要ミッションの一つなのです。
あまり知られていませんが、日本でもこの動きは少しずつ広がっています。
もちろん、産地をたどる困難は米国と同じです。電子メーカーなどで作る「電子情報技術産業協会」(JEITA)の2015年の調査では、約8割の企業が「精/精錬所を特定するのは難しい」と回答しています。
でも、CSRが求められる時代。どんな企業も、わざわざ性暴力と関係のある鉱物なんて、使いたくありません。そもそも、企業として法律を守るのは大前提です。
早い段階で「コンフリクト・フリー宣言」を出したのは、東京都の千住金属工業でした。商品の販売先である大手メーカーから、成立が噂されたドッド・フランク法への対応を事前に求められ、09年頃から調査を始めました。
千住金属工業は、精/製錬所と直接取引をする素材メーカーです。精/製錬所はインドネシアや中国、ブラジルなどにあり、調べてみると、一部がDRC産の鉱物を使っていたことが判明。
調達部門の社員が、10数カ所の全ての精/製錬所を約2年かけて訪問して調査し、武装勢力と無関係であることを確認し、2010年に「宣言」を出しました。今でも、年1回のペースで現地調査を続けています。
CSR室長の黒田正宏さんは、「元々、精/製錬所と直接、やり取りしていたからできるやり方でしょうね」と話します。
京セラ (京都市伏見区) は、サプライヤーの裾野が多い分、もっと地味にやらざるを得ません。
年に1度、約2500社の1次サプライヤーから回答が返ってきます。3人の担当者がひたすら、データとして上がってきた精/製錬所の名前と、CFSのリストに登録されている名前を一つずつ、ひたすらつき合わせて確認していくのです。
担当の責任者を務める上田肇さんは、「いや、本当に地味な作業ですよ……」と苦笑い。
ですが、そのかいあって、SECに提出した2015年リポートでは、京セラが関わる3TGの241精/製錬所のうち、208カ所がコンフリクト・フリーと証明できました。残りの33は、「武装勢力と関係がある」というわけではなく、「関係がないと証明できていない」状態。上田さんが直接電話してみたこともあるそうですが、「お前は何者だ」と言われて切られました。
上田さんは「武装勢力と関わりのあるかもしれない精/製錬所を訪ねるのもなかなか難しくて……」と難しい表情を見せます。しかし同時に、「多くのお客様は、害のあるモノを使いたくないと考えています。安心して使ってもらえる商品を作るのは、メーカーの使命です」と、きっぱり話していました。
誰もが、当たり前のように使っている便利な電子機器。その中には、DRCの悲劇や、企業の地味な努力が詰まっているかもしれません。ポケットの中の小さなスマホは、世界とつながっているのです。
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