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お金と仕事

出世するまで裸足・門限10時半…若手行司って超厳しい世界だった

取組を裁く式守輝乃典(左)
取組を裁く式守輝乃典(左)

目次

 出世するまで裸足、一人暮らしも禁止、門限は10時半……。厳しい上下関係の中で鍛錬を積む大相撲の行司さん。土俵の上のどんな際どい勝負でも、必ず軍配を上げなければいけません。白黒つけられることばかりじゃないこの世の中。定員45人という狭き門である行司の世界に飛び込んで9年の式守輝乃典さん(27)に、「裁く」仕事の厳しさを聞いてみました。(朝日新聞スポーツ部・鈴木健輔)

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白黒つけられないこと? たくさんありますよね

 「白黒つけられないこと? それは大相撲の世界に限らずたくさんありますよね。週刊紙やネットニュースを見ていても、誰が悪いのか、本当にこの人が悪いのか分からないことが多い。僕は基本的に、自分で確かめられないことは信じません」

 確かに、行司さんが信じるのは自分の目だけですもんね。でも、相撲の勝負は一瞬です。力士の動きを、全部目で追えているんですか?

 「正直、確信がないのに軍配上げたこともあります。たとえば、土俵際の逆転技である『うっちゃり』。技は決まっているけど、うっちゃった力士のかかとが俵の内に残っているかどうかが大事なんですけど、そこまで見えていないとか」

土佐豊(左)と豊響の一戦は上手投げで土佐豊に軍配が上がった。きわどい勝負で物言いがついたが、豊響のまげが一瞬早く土俵についたと判断された=河合博司撮影
土佐豊(左)と豊響の一戦は上手投げで土佐豊に軍配が上がった。きわどい勝負で物言いがついたが、豊響のまげが一瞬早く土俵についたと判断された=河合博司撮影 出典: 朝日新聞

 土俵下には勝負審判の親方がいて、取組をチェックしています。大相撲中継でもおなじみのシーンですが、軍配に納得がいかない場合は「物言い」がつきますね。

 「行司は審判ではないんです。勝敗の最終的な決定権は勝負審判にあります。物言いがつくと協議をしますが、行司は、求められない限り発言権がありません。軍配に自信があっても、意見を聞かれないまま、『差し違え』で行司の判定が覆ることもあります」

 俺の方が正しいはずって、不満に思うことは?

 「これは決まり。割り切るしかありません。自信がないときに物言いがつくと、『分が悪いかな』と不安になります」

稀勢の里が突き落としで松鳳山を破るも、行司の軍配は松鳳山に。審判部が物言いをつけ、差し違えに=北村玲奈撮影
稀勢の里が突き落としで松鳳山を破るも、行司の軍配は松鳳山に。審判部が物言いをつけ、差し違えに=北村玲奈撮影 出典: 朝日新聞

厳しい上下関係、一人暮らしまで10年

 行司さんは上下関係が厳しいそうですね?

 「力士と同じで番付がすべて。見習いから始まり、序ノ口格、序二段格と上がっていき、最高格は立行司。若い頃は格上の行司の身の回りのお世話も大切な仕事です。装束や履物なども格付けされていて、十両格になると足袋をはけますが、幕下以下は裸足です」

元立行司の36代木村庄之助さん=東京都江戸川区、飯塚悟撮影
元立行司の36代木村庄之助さん=東京都江戸川区、飯塚悟撮影
出典: 朝日新聞

 出世は基本的に年功序列。先輩が65歳で定年を迎えたりか、途中で辞めたりすれば、番付が繰り上がる仕組みです。輝乃典さんは昨年、入門8年半で幕下格に昇格しました。力士の場合、十両になれば一人前のお相撲さんと言われますが、その一つ下の地位です。

 「幕下格になるには10年くらいかかると言われるので、ちょっと早いですかね。幕下格になり、ようやく一人暮らしを認められました。(幕下格の下の)三段目格じゃ駄目っていうルールはないんですけど、幕下になれば大丈夫、という暗黙のルールがあります」

土俵にあがる式守輝乃典。十両格になるまでは裸足だ
土俵にあがる式守輝乃典。十両格になるまでは裸足だ

 それまでは、所属する部屋での共同生活ですね?

 「行司なら三段目格まで、力士なら幕下まで部屋で暮らします。僕が入門した佐渡ケ嶽部屋(千葉県松戸市)は、稽古が朝5時半に始まる日は5時起き。力士は稽古、僕ら行司はお客さんの接待、配膳、掃除など仕事がたくさんあります。門限は夜10時半で、自由な時間は数時間しかありませんでした」

 それはきつい。恋愛は禁止?

 「禁止じゃないですけど、女性と会う時間をなかなか作れませんからね。自由のない生活に耐えられなくて辞めた行司もいます」

「そんなに志高くなかったんですよ」

 なぜ厳しい世界に飛び込んだんですか?

 「僕、そんなに志高くなかったんですよ。鳥取県出身で、バスケをしていました。相撲と縁ができたのは小学生の頃。わんぱく相撲の実行委員だった父がご当地の元横綱琴桜(先代佐渡ケ嶽親方)と親しくなったんです。高1の時に行った部屋のパーティーで今の師匠(元関脇琴ノ若)から『行司にならない?』と誘われて。実家は寺ですけど、兄が継ぎそうだし、他にしたい仕事もないし」

小学生2人を相手におどけて見せる琴勇輝。地元のファンは笑顔を見せた=丸亀市民体育館
小学生2人を相手におどけて見せる琴勇輝。地元のファンは笑顔を見せた=丸亀市民体育館 出典: 朝亜砒新聞

 行司は角界全体で定員45人。空きがあれば、中学卒業から19歳未満の男性を受け入れています。試験や検査はありませんが、向き、不向きってあるんですか?

 「どうですかね。いま思えば、僕は向いていたのかもしれません。幼稚園の頃、先生がうちの母に『裁判官向きですね』と言ったそうです。僕は昔からけんかの仲裁によく入っていたみたいで、そんな時、仲の良い子に肩入れするんでなく、どちらの意見も聞いていたんだそうです」

インタビューで笑顔を見せる式守輝之典さん
インタビューで笑顔を見せる式守輝之典さん

 力士の体格を際立たせるため、行司は小柄な方が良いと聞きます。ダイエットとかするんですか?

 「小さい方がいいっていう決まりはないんですよ。毎日力士と一緒に食事してるんで、自然と食べちゃいます。いま63キロ(身長163センチ)ですけど、入門時より10キロくらい増えました。僕よりもっと大きい人いっぱいいますし」

行司だからって、特別な目で見られることない

 日本相撲協会の規約によると、行司さんの月給は年齢や勤続年数に応じて決まっています。立行司は最低80万円が保証されます。輝乃典さんの幕下格は基本給が4万2千円~10万円で、もろもろ手当がつきます。言いづらいとは思うんですが、他の仕事をしている友達と比べてどうですか?

 「多くはないですよ。でも、部屋で暮らしている時は家賃も食費も面倒を見ていただいているので。僕は趣味もないし、携帯代くらいしかかからなかった。ためようと思えばためられます。昨年から住み始めたマンションは、ネットで見て即決しました」

 内覧せずに? さすがの決断力。裁く仕事をしていると、友達から相談に乗ってくれとか言われません?

 「そんなことないですよ。行司だからって、特別な目で見られることはないです。店で会員登録する時は職業欄に「会社員」って書きます。ただ、困るのは業種欄。行司、って書くのもあれですしね……」

 ちなみに角界には、部屋を出るまで結婚できないという不文律があります。輝乃典さんも、これから婚活を本格化するそうです。

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