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コラム

漫画家は憧れの職業じゃなくなった デビューと就職、天秤にかけて

多摩美術大学非常勤講師の竹熊健太郎さんが漫画について語ります。

「良い祖母と孫の話」の一場面
「良い祖母と孫の話」の一場面 出典: 電脳マヴォ提供

■多摩美術大学非常勤講師・電脳マヴォ編集長=竹熊健太郎 

 この連載では、私が運営している「電脳マヴォ」というWEB漫画サイトで発表された作品の紹介を通して、私なりの漫画界への問題提起を書いてみたいと考えている。もはや漫画家は「ジャパニーズ・ドリーム」ではないのではないか。

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「良い祖母と孫の話」の一場面
「良い祖母と孫の話」の一場面 出典: 電脳マヴォ提供


 電脳マヴォで2014年5月から連載が開始された加藤片さんの「良い祖母と孫の話」は、全4話構成で、足かけ3年、2016年2月に完結した。なぜ、たった4話の「短編」に2年もかかってしまったのかというと、作者の加藤さんは普段は企業で働いていて、本業の合間を縫って執筆しているからである。

 高校1年生のしょう子は、祖母が作る弁当が嫌いである。母親が不在の家庭で、忙しい父親に育てられたしょう子は、心の中に暗い影が落ちて、摂食障害の気がある。彼女は、祖母が作ってくれたお弁当を、学校のトイレに捨て、コンビニで買った菓子パンを食べている。そして、帰宅して祖母に「おいしかった」と嘘をつくのだ。

 主人公が学校のトイレに弁当を捨てるカットは、ショッキングである。しょう子は「良い孫」の仮面を被って生きている。

 ところがある日、突然学校を訪問した祖母によって、しょう子が祖母の弁当ではなく、菓子パンを食べているところを見られてしまう。そこから歯車が狂い始める。祖母は何も言わない。そればかりか、しょう子の好きな菓子パンを弁当に用意しようとする。祖母に悪意はない。だが、それを見たしょう子は嘔吐する。

 身近な家族の善意のすれ違い。片親で育ったしょう子は、祖母の善意をどう受け止めて良いのか、わからない。祖母も孫への接し方が分からない。これはありふれた、どこの家庭にもある話なのかもしれない。しかし当事者にとっては、とてつもなく重い問題だ。

 作品は、第二回で、祖母に認知症の兆候が現れるところで、さらに暗転する。重いテーマに頭から突っ込んでいく作者の勇気に、私は感銘を受けた。同時に、このまま物語はどう結末を迎えるのか、見当がつかず、担当編集として、途方にくれたのを覚えている。

 物語は4話目で、奇跡を迎える。私は、重いテーマから逃げることなく、見事な着地を決めた作者の力量に舌を巻いた。そして、作者がまだ25歳の若い女性であることに思い至って、戦慄を覚えたのである。「これは大変な話題作になるのではないか」と私は思った。

「良い祖母と孫の話」の一場面
「良い祖母と孫の話」の一場面 出典: 電脳マヴォ提供


 私の予感は的中し、数日しないうちにwithnewsの記者さんから取材の申し込みを受けた。その記事の影響で、電脳マヴォはそれから数日で250万のアクセスがあり、同時に掲載した他社サイトではサーバーが落ち、その後3カ月間でこの作品は約2000万PVを稼いだ。

 その人気を見て、5社の版元から出版の申し込みが相次いだ。我々は新人漫画家のデビュー作としては、おそらく前代未聞の「コンペ」を行い、最終的に版元は小学館クリエイティブに決まったのである。

 何から何まで異例の展開を迎えたのも、ひとえに作者の加藤片さんの力量である。そして、手前みそながら、電脳マヴォという作家主義・作品主義の媒体を持っていたことが、この作品には良かったのではないかと思う。

 もともと『良い祖母と孫の話』は、作者が大学3年生の時に大手出版社の新人賞に投稿した16ページの読み切り短編がオリジナルである。にわかに信じがたいが、これは作者が生まれて初めて描いた漫画なのだ。

 新人賞では落選したため、彼女が自分で漫画・イラスト投稿SNSのPixivに掲載したところ、たちまち閲覧数が10万を超えた。若い読者の共感をよんだのだ。

 その様子をみて、最初に投稿した大手出版社の編集者からデビューの誘いが来たのだが、ちょうどその時期に就活先の内定が決まっていたため、彼女はデビューではなく就職を選んだ。

 私の世代の常識では、彼女くらい漫画の力量がある人は、大手からデビューの誘いを受けたら、一も二もなく飛びつくものだった。それくらい、「漫画家」は憧れの職業だったのだ。しかし、90年代を最後に、出版界は深刻な不況にあえいでいる。

 多摩美の講義で知り合った学生作家のうち「天才」と思った学生が、就職と作家デビューを天秤(てんびん)にかけて、就職を選ぶ姿を何人も見ている。加藤片さんは特殊事例ではないのだ。

「良い祖母と孫の話」の一場面
「良い祖母と孫の話」の一場面 出典: 電脳マヴォ提供


 これには、現在の商業漫画界の「長編連載至上主義」とでもいうべき、ビジネス上の不文律が関係している。

 長編連載が悪いわけではない。長編でなければ書けない種類の作品もたくさんある。また出版社のビジネスとして、人気キャラクターが活躍する長期連載は、一定の単行本の売り上げが安定して見込めるので、経営上、必要だという側面がある。しかし私は、「過度の長編偏重主義の結果、短編を載せる余裕がなくなり、ひいては漫画における物語性が疲弊していくこと」を憂えているのである。

 漫画における物語性は、起承転結を短いページ数で描ききる短編作品においてこそ培われる、と私は信じている。物語には始まりがあって、終わりがある。ところが商業漫画連載においては、しばしば、終わりが想定されていない。人気のある限り、何年でも連載して、人気が落ちたら、作者の構想におかまいなく打ち切られる。

 これでは、本来の意味での「物語」とは言えないのではないか、というのが、私のここ20年来の問題意識なのである。

 長編をひたすら要求する商業版元に見切りをつけて、同人誌で活動している作家は何人もいる。私はそのような作家たちを紹介するべく電脳マヴォを創刊した。一人でも多くの才能に光を当てたいと願っている。

 ◇ ◇ ◇

 〈たけくま・けんたろう〉 1960年生まれの56歳。多摩美術大学美術学部の非常勤講師で、元・京都精華大学マンガ学部教授。漫画をはじめとしたオタク文化を題材にした執筆や評論をしながら、2012年に無料Web漫画雑誌「電脳マヴォ」を開設。

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