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ゆるキャラに子どもはアリ? 増殖する埼玉の「コバトン」から考える
714種類のデザインは「すべてコバトン」
埼玉県のご当地キャラは?と聞かれて「コバトン」を挙げることができる人はそう多くはありません。ゆるキャラグランプリの最高順位は23位と、埼玉の存在感にどこか似て、微妙に地味なコバトン。ですが、2009年には宇宙飛行士の若田光一さんとスペースシャトルに搭乗したり、小惑星にも命名されたりと、実は宇宙規模の大物ゆるキャラです。そんなコバトンに「子ども」ができ、家族を増やしているとのこと。「ゆるキャラに子ども」って、そもそもアリなのでしょうか。
少子化対策をまとめた冊子「埼玉県子育て応援行動計画」の表紙にあしらわれたイラストの中心にはコバトン。隣には赤ちゃんコバトンを抱く母コバトン、そして小さなコバトンたちが幸せそうに並びます。コバトンは妻と子どもたちに恵まれ、一家を築いたようです。
埼玉県の鳥「シラコバト」をモチーフに、当時県立高校に通っていた男子高校生が原案をデザインして00年に誕生。これらはコバトンの子ども? そもそもコバトンに性別があったのでしょうか?
県の担当者に聞いてみました。「苦しい言い訳になりますが、コバトンは単体。性別はありません。これもコバトンの子どもではなく、あくまで『派生型』。隣にいるのも奥さんではないです」(県広聴広報課)
全国でひしめくゆるキャラは基本的に「単体」です。熊本県のゆるキャラ「くまモン」のオフィシャルサイトによると、「くまモン」はあくまで単体で、性別は「オスじゃなくて男の子!」。女の子のくまモンはいません。ひこにゃん(彦根市)、出世大名家康くん(浜松市)といったキャラもいずれも単体です。あまねく性別も年齢も超越し、成長さえも拒んで、生まれてから何年たってももとの設定通りの姿を保ったまま、愛嬌を振りまき続けています。
コバトンの「派生型」が生まれた理由は、県の各課が開くイベントや事業の広報資料に「コバトンを積極的に登場させる」という取り決めが関係しているようです。県の担当者によると、コバトンの存在を広く定着させようと、各課から新たなコバトンのデザイン提案があった場合、広聴広報課が許可すれば新デザインとして使えるようにしました。その結果、PR内容に合うデザインが相次いでつくられ、今では714種類にまで増えています。
子どもコバトンが登場するデザインが登場したのは10年ほど前。「時期は不明だが、県が取り組む少子化対策事業を少しでも身近に感じてもらおうとしてつくられたものではないか」
こうしてつくられた「派生型」は、子どもコバトンのほかにも、まつげが長く赤いリボンをつけた女の子コバトン、戦隊ヒーローのように5人並ぶヒーローコバトン、なんてものもあります。次から次に行政による恣意的なコバトンの活用が進んでいった結果というわけですが、個別に名前があるわけではなく、あくまで「すべてコバトン」なのだということです。
それでも、埼玉県はあくまでもコバトンの使用にこだわります。
都道府県の魅力度ランキングで下位に低迷し、「特徴がないのが特徴」とまで言われて久しい埼玉。東京に通勤・通学する人が多く、郷土愛が薄いともいわれ、昨年は埼玉県民が東京都民から見下され、迫害されるという設定のギャグ漫画「翔(と)んで埼玉」(宝島社)が約30年ぶりに復刊。「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」「埼玉なんて言ってるだけで口が埼玉になるわ!」などのせりふが評判を呼びました。「愛らしいコバトンのデザインをいろいろなところで使ってもらえればその分、認知される。県のアイデンティティーにもつながると期待しています」
しかし、ゆるキャラが家族を持つなど、勝手な「キャラ変」は許されることなのでしょうか。ご当地キャラクターに詳しい立命館大の中村彰憲教授(コンテンツ産業論)によると、コバトンのように自家増殖するご当地キャラは「聞いたことがない」ということです。一方で、中村教授は「増殖するということ自体、設定がゆるい『ゆるキャラ』ならではの発想。なんでもありという独自性が非常におもしろい」と評価しました。
誕生から16年。一昨年に後輩キャラの「さいたまっち」が登場し、ますます存在意義が問われる事態になった渦中のコバトンに、県民にとってどんな存在でありたいかを聞いてみました。担当者を通じて書面で返ってきた回答は、「『埼玉って言ったら、コバトンだよね!』ってみんなが言ってくれるような存在になれたら、とってもうれしいトン!」。絶妙にダサいが、どこか愛らしい。そんな増殖するコバトンのアピールは、これからも続いていきます。
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