連載
#5 みぢかなイスラム
イランにもいるギャル系・おしゃれ女子 風紀警察と駆け引き
イラン女性のファッションというと、多くの人が全身黒ずくめ、髪の毛をスカーフで覆った姿を思い浮かべるのではないでしょうか。少なくとも首都テヘランでは、むしろ少数派なんです。
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#5 みぢかなイスラム
イラン女性のファッションというと、多くの人が全身黒ずくめ、髪の毛をスカーフで覆った姿を思い浮かべるのではないでしょうか。少なくとも首都テヘランでは、むしろ少数派なんです。
イラン女性のファッションというと、多くの人が全身黒ずくめ、髪の毛をスカーフで覆った姿を思い浮かべるのではないでしょうか。少なくとも首都テヘランでは、むしろ少数派なんです。
イランではイスラムの教えにもとづき、肌の露出はNG。男性も半ズボンは禁止です。女性は髪の毛を隠すこと、体の線を出さないことが法律で決まっています。破れば犯罪。むち打ちの刑を科されることもあると言います。
この決まりに則した、頭から一枚の布で全身をすっぽりと覆う服は、「チャドル」といいます。ただ、これは公式な格好。日本でたとえればスーツやタキシードを着るようなものです。
私たちが目にするイラン女性は、政治家を筆頭に、公人であることがほとんど。ゆえにチャドルの印象がどうしても強くなります。
法律に、服の色や形に関する規定はありません。多くの女性が、限られた範囲ではありますが、おしゃれを楽しんでいます。
統計はありませんが、イランに住んで4年目になる私の独断と偏見で言うと、首都テヘランでチャドルを着ている女性は、多く見積もっても半数以下。街を行く女性のほとんどが、衣服に様々な工夫をこらしています。
地方ではより保守的になり、チャドルを着る人の割合が増えます。ただ、南部はチャドルと言ってもカラフルなものが増えるなど、地域差が大きい印象です。
では、イランの女性たちはどんな格好をしているのか。ファッションチェックをしてみました。
街で見かけた、きわめて標準的な「テヘラン女子」。スカーフをゆるめにかぶり、前髪を露出。服は地味目ながらも差し色を入れ、足首を出しています。足の細さは服の上からもはっきりわかりますが、全体として上品な雰囲気にまとめています。
イランには、「首元(胸元)は露出させない」「ヒップラインを出さない」という不文律があります。スカーフは髪の毛だけでなく、首を隠すという機能も担っています。また、必ず腰の部分を覆うコートのようなものを着なければなりません。ただ、そこさえ守れば、割と何でもOKのようです。
イランと対立するイスラエルのネタニヤフ首相はかつて「イランではジーンズをはけない」と発言し、ソーシャルメディアでイラン人から猛ツッコミを受けたことがあります。ジーンズをはけば体の線が出るのは避けられませんが、尻さえコートで覆っておけば大丈夫なようで、多くの人が着ています。
中には目を引くブロンドの人もいます。イラン人はもともと黒髪で、金髪の人はほとんどが美容院などで染めています。老若を問わず、金髪や茶髪にする人は多いようです。ハリウッド女優へのあこがれを言う人もいます。
どこの国にも「不良」「ヤンキー」はいるもの。笑顔で撮影に応じてくれた3人は、スカーフを着くずし、パーマさせた髪の毛の見せ、首や胸元を隠す気配が感じられません。ぴちっとしたパンツが不良っぽさを醸し出しています。メイクもはっきり、こってり。
彼女たちがはいていたのは、日本でいうレギンスのようなもの。イランでは「サポート」と呼ばれ、3年ほど前から流行しています。
このサポート。売り場ではなぜか逆さに展示していますが、足のラインがばっちり出ます。肌の露出はアウトだけれど、体の線をどう隠すかには確たる基準がないという、ギリギリのラインを突いています。
イランには風紀警察という、服装の乱れを専門に取り締まる部門があって、ファッションビルの前に陣取った女性隊員がサポートを履いた女性を一斉摘発、なんてことも。派手なネイルの取り締まりもありました。
テヘラン北部のショッピングモールには、こんな警告書が貼られています。
「タイト、スキニー、スケルトン、体の前面でボタンどめされていないコート、不道徳な図柄、悪魔主義のシンボル、米国・英国・イスラエルなどの国旗、ダメージジーンズ、クロッチの小さなジーンズ、不適切なブランド名や表現を配した衣類の提供は禁じられている。衣類組合の監察官が監視し、違反があれば当該の衣類は没収、提供した店舗は法に従って処分を受ける」
イランはいわば、校則の厳しい学校。先生の目を盗んで学ランの裏地を派手にするとか、スカートの丈を縮めて風紀委員の目を出し抜くような駆け引きが、国レベルで繰り広げられているというわけです。
サポートに関しては、女性側の粘り勝ち。最近ではすっかり定着した感があります。
さて、この夏の最先端はと言うと、「背中に英文を載せたコート」です。どこがいいのか私にはさっぱりわかりませんが、とにかくイランでははやっています。
英単語の入ったTシャツなら日本でもざらですが、イランの場合、必ず背中であること、単語ではなく長めの文章になっているのが特徴です。
肝心なのは何が書いてあるかではなく、英文が背中に羅列されていることのようです。つづりが間違っている場合もままあります。例えば「enough」が「eniugh」になってしまっていたり…。
どことなく「昭和の竹下通り」という感じがする英文コート。
なぜ流行しているのか、実際に着ていた女性や店員さんに聞いてみましたが、口をそろえて「よくわからない」。イランにはファッション雑誌がないので、服装のはやりはすべてクチコミです。
お店の話では、「売れるから受注している」。イランでデザインを指定し、中国で生産しているそうです。
注目すべきは、あしらわれているのが必ず英文で、母語のペルシャ語や、イスラム教の聖典コーランに書かれたアラビア語ではなく、フランス語やドイツ語でもない、というところでしょう。
イランには、大統領よりもえらい最高指導者という人がいます。国の基本政策を決め、あらゆる政策の最終決定権を持ち、軍の最高司令官で、大統領の解任さえできてしまい、しかも終身制。現在のハメネイ師は1989年に就任し、以来ずっとその地位にいます。
そのハメネイ師は今年5月の演説で、いつもどおり米国の覇権主義を批判しつつ、こう話しました。
「我が国における英語教育の促進は不健全だ。外国語の学習は必要だが、外国語は英語だけではない。なぜ強要されるのか? これは邪神の遺物だ」
イランは国家として「反米」をスローガンに掲げています。ただ、国民にはまったく浸透しておらず、英語教育を売りにする幼稚園すら珍しくありません。イラン人は極めて実利主義的な性格で、実用性の高い英語に人気が集まるのは自然な現象ですが、それがハメネイ師には気に入らないわけです。
「英文コート」が流行し始めたのはその直後。うるさい国家体制に対するイラン女性たちの反抗、なのかもしれません。
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