お金と仕事
「ヤバ美しい」レスラー飯伏幸太 スターの座捨てたら自由になった
今のプロレスブームを牽引(けんいん)するメジャー団体「新日本プロレス」と、破天荒なリングが人気のインディー団体「DDT」。業界初の2団体所属選手として活躍を続けていたプロレスラー飯伏幸太さん(34)が、突然フリー宣言をしました。約束されたスターの座を捨ててまで選んだ「金じゃない生き方」とは。(朝日新聞東京本社社会部記者・宮嶋加菜子)
「自由を求めて、です。不安や葛藤はありました。できれば辞めずにいろんな団体や新しいプロレスに挑戦したかったけど、しばりも出てきて難しかった」
「日本にも世界にも、もっともっといろんなプロレスがある。自由にいろんなプロレスをして視野を広げて、プロレスを全然知らない人にも見てほしい。目標が明確だったので決断は早かったです」
飯伏さんにとって、2015年は飛躍の年でした。新日本プロレスが管理する三つのベルト(IWGP、インターコンチネンタル、NEVER)のタイトル戦すべてに挑戦。特に、1月4日の東京ドームでの中邑真輔選手(36)との対戦は今も語り継がれる名勝負です。
「3Dプロレスの申し子」とも呼ばれる飯伏さんの華麗な空中技と強烈な投げ技が炸裂(さくれつ)、中邑さんの必殺技・頭部へのひざ蹴り「ボマイェ」を受けても、3カウント直前で何度も起き上がる姿に、会場は異様な興奮に包まれました。
「中邑さんとの戦いは僕の中でベストバウト(最高の試合)です。ベルトはとれなかったけど、自分のプロレス人生の中で最高の快感だった。あのまま新日を続けていたら、良い感じで上に行っていたでしょうね。あの流れに乗っていれば今頃は、って自分でも思います。それでも辞めることを決めた。決めた以上は、結果を出さなければと思っています」
2団体に所属していた当時、試合のブッキング含めて、舞台は団体がすべて用意してくれました。フリーになった今、プロレスをする場は自分で見つけてくる必要があります。プロ野球選手に例えれば、人気球団を突然辞めて、バット一本で武者修行に出る、というイメージでしょうか。
「ほんとの思いなんですけど、お金じゃない。前の状態はやっぱり良かったですよ、生活。要は今無職ですからね。いきなりゼロになった。でも、後悔は全然ないです。やりたいことや、やらなきゃいけないことが目の前にあるので、立ち止まっている暇はないんです」。
飯伏さんのやりたいこと。それは「プロレスのすごさを広めたい」ことだと言います。
「プロレスブームと言っても、まだまだ日本にはプロレスは浸透していない。ドームや後楽園ホールが満席になっても、そこに来るのはファンだけです。全国津々浦々、おじいちゃんから子どもまで、みんなが見て興奮できる。そんなプロレスをやって、ファンを増やしていきたいんです」。
その原点は、自身の小学生時代にありました。悩んだり、壁にぶつかったりしたとき、いつもテレビで見たプロレスが勇気をくれたと言います。
「当時、ザ・グレート・サスケさんがいつも僕の心の中にいました。自分がつらいなって思ったとき、心の中のサスケさんが『お前、こんなんでへこたれてていいのか』って問いかけてくるんです。それで、壁を乗り越えてきた」
「プロレスは勝者だけがヒーローじゃないんですよね。ぼろぼろになって負けても、その姿に人は勇気をもらうこともある。誰かの生きる力になる、それがプロレスの魅力だと思うんです。プロレスってすげえ、って、そう思ってもらえるように、今頑張ってます」
だからこそ、飯伏さんのプロレスはいつも驚きにあふれています。元々はトレーニングのために始めた空気人形の「ヨシヒコ」との「試合」。それを公開してしまうという発想。人形相手の死闘は、目の肥えたプロレスファンに衝撃を与えました。
「路上プロレス」を広めたのも飯伏さん。本屋や商店街、キャンプ場で突然プロレスが始まるのです。自動販売機の上から華麗に舞い、コンクリートの路上目がけてムーンサルトを決めます。ずば抜けた身体能力の高さと、見ている人を喜ばせたいという思いが一つになって、「ヤバくて、美しい」飯伏流プロレスは完成します。
飯伏さんと同じ若い世代は、安定志向とも言われます。環境を変えることに臆病だったり、就職活動でも「やりたいこと」よりも「就職しやすさ」を優先させたり。そんな若者たちに、飯伏さんが声をかけるとしたら?
「僕にとってプロレスは自分が最高に表現できる場所なんです。誰にでも、そういう場所ってあると思う。でも、その場所にたどり着くには、全力でやることが絶対必要なんです」
「僕は後楽園ホールのリングでも、商店街でも、いつも全力でプロレスやってます。対戦相手が王者だろうが、空気人形のヨシヒコだろうが、全力です。今の時代、全力ってかっこわるいっていう感じもありますよね」
「でも、全力でやらないと、自分が面白くないですよ。アントニオ猪木さんも言ってます。迷わず行けよ、行けば分かるさ、って」
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