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きっかけは「聖闘士星矢」 ギリシャ神話に人生捧げる藤村シシンさん

古代ギリシャ・ギリシャ神話研究家の藤村シシンさん。手にもっているのは亀の甲羅で作られた、古代ギリシャの竪琴のレプリカ
古代ギリシャ・ギリシャ神話研究家の藤村シシンさん。手にもっているのは亀の甲羅で作られた、古代ギリシャの竪琴のレプリカ

目次

 アニメ「聖闘士星矢」がきっかけでギリシャ神話に人生を捧げようと決心した、古代ギリシャ・ギリシャ神話研究家の藤村シシンさん(31)。およそ2000年ぶりに古代ギリシャの祭儀を再現するイベントを開けば、チケットがわずか2分で売り切れ、昨年秋に出版した初の著書『古代ギリシャのリアル』(実業之日本社)も2万部売れるなど、古代ギリシャに関する活動が注目を集めています。古代ギリシャやギリシャ神話について積極的に発信している藤村さんに、情熱の原動力や今後の展望について伺いました。

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ギリシャの神殿は白くなかった

 古代ギリシャ人が壁に書いた下ネタ満載の落書きの内容を紹介したり、古代ギリシャの名医が治療した「ハゲ」などの意外な症例を解説したり、と、初心者にも面白く感じられるような古代ギリシャ情報をツイッターなどで発信している藤村シシンさん。

 東京女子大学と大学院で古代ギリシャ史を研究し、ギリシャ神話の特徴である「英雄」についての修士論文を執筆。アカデミックな知識に裏打ちされた、わかりやすい語り口が人気を集めています。

ギリシャのパルテノン神殿=ロイター
ギリシャのパルテノン神殿=ロイター

 藤村さんがギリシャ神話と出会ったのは、高校3年生のとき。友達が貸してくれたアニメ「聖闘士星矢」のビデオを観て「少年漫画の情熱的な感じが、当時の私からするととてもまぶしくて、熱中した」ことが始まりでした。そして、物語のモチーフとなっているギリシャ神話にも興味を持つようになります。

 古代ギリシャと言えば「青い海に白亜の神殿」というイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。藤村さんも、最初は「神殿は白くて静謐、シンプルで美しい世界」だと思っていました。

ギリシャのエレクティオン神殿=ロイター
ギリシャのエレクティオン神殿=ロイター

 「実際は着色されていて、もっと極彩色だった」と大学の授業で聞かされたことを皮切りに、イメージとは全く違う古代ギリシャの「リアルな姿」に驚かされていったといいます。

 「神話は物語の中の架空の世界だと思っていたけれど、調べてみると(オリオン座で知られる)オリオンが死んだ場所が実際に残っている。私達の生きている世界と地続きにギリシャ神話があるということにびっくりしました。ギリシャ神話は、実際にはすごくリアルなもので、古代ギリシャ人にとっての歴史なんです」

アポロン像を抱いて遠い目をする藤村さん
アポロン像を抱いて遠い目をする藤村さん

アポロン愛が高じて祭儀を再現

 藤村さんが一番好きなギリシャ神話の神は、アポロン。古代ギリシャの男性の理想像として表現される、美しい神です。

 「彼って、失恋の話だとか、女の子を追いかけていってどうのこうのとか、そういう話が多いんです。だから最初は女の敵じゃん、と思っていて。あまり彼のことは好きではありませんでした」

 「芸術や哲学など、人類にとって重要な学問が花開いた古代ギリシャは『人類の青春期』と言われることがあります。その中でも、そうした学問を代表し、青春を体現しているのがアポロンなんです」

 「女の子を追いかけて行って失恋する。まさに青春です。若くて恋に巧みではない様子が、一周回って好きだなと思うようになりました」

ギリシャのポセイドン神殿=ロイター
ギリシャのポセイドン神殿=ロイター

 藤村さんのギリシャ神話とアポロンへの愛は、古代ギリシャの文献を読んでアポロンの誕生日を祝う祭儀を再現するほどまでに高まります。

 「文献を読んでいるとうらやましくなってきて、やってみたいという気持ちになっちゃうんです。こういうときにはこういう冠をかぶる、と書いてあると、かぶりたい!と思う。最初は家で一人でやっていたので、母からは何をやっているのこの子は、と思われていました」

 2008年に藤村さんが一人で再現していた祭儀は、いまや発売から2分でチケットが売り切れるほどの人気イベントに。昨年5月にお台場の東京カルチャーカルチャーで開催された「古代ギリシャナイト アポロン聖誕祭」には約100人が参加。牛を屠る儀礼が人を使って再現され、チケットを買えなかった人も実況中継を見ながらツイッター上で「善良なる市民!」と祭儀のかけ声をツイートしました。


「ギリシャ神話に貢献したい」

 2010年度に博士前期課程を修了後、藤村さんはいったん大学院を離れます。「ギリシャ神話に貢献したい」と思ったことが、その動機だといいます。

 「一口にギリシャ神話と言っても、古代ギリシャとルネサンス期では全然違います。人々が物語ったことが、時代に合わせてカスタマイズされて、今に届いていることに気付いたんです」

 「だから今の私たちでも、ギリシャ神話を発信することが許されている。研究するよりも物語っている方が、ギリシャ神話の役に立てると思ったんです」

 古代ギリシャの祭暦を調べて現代の暦に重ねたカレンダーを作ったり、亀の甲羅や動物の骨で作られた古代ギリシャの竪琴のレプリカを買って動物臭さに驚いたり、蜂蜜を多用する古代ギリシャ料理を再現して甘さを実感したり……。

 「リアル」な古代ギリシャを追求し続けている藤村さんは、こうした活動を通じて「世界が広がった」といいます。

ソチ五輪の聖火の点火式=2013年9月、ロイター
ソチ五輪の聖火の点火式=2013年9月、ロイター

 「大学院で研究しているときは、ギリシャ神話のことを深く知っていればいいと思っていました。でも実際に祭儀をやるとなると、料理の知識も音楽の知識も、演劇の技術も必要です。ギリシャ神話で何かをするためには、ギリシャ神話以外のことが必要なんだと気付けました」

 藤村さんの「知りたい」「やってみたい」という気持ちは、ツイッターを通じて他の人にも伝わっていきます。

 竪琴の付属品として届いた古代ギリシャの楽譜を「読めない」とツイートすると、音楽の専門知識を持つ人たちが協力しあって解読したことも。そのツイッターの専門家たちも今は『古代ギリシャナイト』の壇上で古代服に身を包んで
藤村さんと共に祭儀をしています。

 「ギリシャ神話という知らない世界に、自分の武器を持って飛び込んできてくれる人が多いということにあらためて気付きました。それで輪が広がるのは、すごくありがたいことです」

著書『古代ギリシャのリアル』(実業之日本社)を手にする藤村シシンさん
著書『古代ギリシャのリアル』(実業之日本社)を手にする藤村シシンさん

「神殿を建てたい」という夢も

 「聖闘士星矢」に出会うまでは高校で日本史を履修していた藤村さんは、ギリシャ神話のために履修科目を世界史に変更しようとしたところ、当時の先生や周囲から「その情熱は一過性で、大学に入ったら後悔するかもしれないから。ちゃんと将来のことを考えて」と反対されたといいます。

 「いま先生方に会えたら、月桂冠を持って、まだやってます!と言いたいですね。一過性じゃなかったし、むしろ悪化してます」と笑う藤村さん。

スーパームーンとポセイドン神殿=2013年6月、ロイター
スーパームーンとポセイドン神殿=2013年6月、ロイター

 今でも迷ったときには「聖闘士星矢」の漫画を読み返すそうです。「ある程度勉強してから読み返すと、実際とは違っている部分もありますが、そんなのはどうでもよくて、この泥臭さはギリシャ神話の本質そのものだなって思います」

 6月21日から東京国立博物館で開催される特別展「古代ギリシャ 時空を超えた旅」の応援メンバーにも選ばれるなど、今後も古代ギリシャに関わる活動が続く藤村さん。

 将来的には「神殿を建てたい」という夢もあるそうです。いつかツイッターでつながった人たちと一緒に、本当に神殿を建てる日がやってくるかもしれません。

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