お金と仕事
家入一真さん、「あいつは終わった」と言われた後の人生は?
「あいつは終わったな」。もし人に言われたら、一生立ち上がれなさそうな言葉です。起業家の家入一真さんは、何度かそう言われたことがあるそうです。10代はひきこもり。その後ネットサービスで起業し、会社を上場企業に育て、数十億円を手にし、わずか2年後にその資産を全て失いました。2年前は東京都知事選挙に立候補し、落選。家入さんに聞いてみました。「あいつは終わった」と言われた後、どういう気持ちで生きてますか?(聞き手 朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
「んー……。今もふとした瞬間に、死にたくなることはありますよ。でも、そんなダメな自分もまあいいかなあっていう気持ちもまた、あります」。
家入さんは、うつむき加減で、ゆっくり口を開きました。
最初に「あいつは終わったな」と言われたのは、30歳過ぎ。自分が起こした会社の株を売って数十億円の資産を手にし、六本木で豪遊していた時だといいます。
「一晩で飲み代300万円とか。毎晩女の人を連れて歩いてたとか。ひどい飲み方してましたよ。朝まで飲んで、仕事してなかったもんなあ。『あいつ終わったな』って直接言われたこともあるし、周りで言われていることも薄々気付いてました」
「昔からの仲間には『変わっちゃったね』って言われたし。でもその時は、ひがみとか、ねたみだろ、としか思ってなかった。まあ、強がりですよね」
――本当に2年で数十億円を使い切っちゃったんですか?
「そうなんですよねえ。飲み代以外にもカフェ経営とか投資とかで、2年で全部なくなりました。ほんと、なんも残ってないんですよね。不動産を買ったとか車や時計を買ったとかじゃないので。資産運用もしてないし。本当にすっからかん。小銭しか持ってない時期もありましたよ」
「(無駄遣いを)全力で止めてくれるヤツがいたらよかったんですけどね(笑)。お金がなくなったら、それまで周りにいた人たちがパッといなくなった。面白いくらいに。で、友達だったはずの人たちから、また『家入はもう終わった』と言われました」
――お金がなくなって「家入は終わった」と言われて、どんな心境でした?
「んー……。死んでしまいたいけど、死ぬ勇気もない、みたいな感じですかねえ。ほんと、クソ。カスだったなって思います。まあ……みじめですよねえ……。金も人もなくなって、ゼロの地点」
「ああ、サイゼリアのミラノ風ドリアのうまさに泣きそうになったってのはありますね(笑)。安いのにこんなにうまいっていう」
――ただその後すぐ、いくつかのネットサービスを立ち上げて、メディアに出ていますよね。人前に出るのは怖くなかったですか?
「んー……。嫌、でしたねえ……。感覚としては、中学時代に引きこもって家から一歩も外に出られなかった時に似てました」
「あの時は、同じ年頃のやつが道を歩いてると、違う学校の制服なのに『あいつ、ひきこもりの家入だぜ』って言われるんじゃないかって妄想にかられて怖かった。みじめだし。それなら外に出ない方がいいやって引きこもっていた」
――なぜ、中学時代とは違って、人前に出たんですか?
「怖い一方で、僕には『認められたい』っていう欲があるので。でも、メディアに出るとあとで後悔して自己嫌悪に陥るっていうのはよくありますよ」
「余計なこと言ったかなとか、調子に乗ってしゃべっちゃったなとか。『お前そんなたいした人間じゃねーよ』って反省して落ち込みます」
――2年前の東京都知事選挙に立候補したのも、挫折を経験された後でした。どういう気持ちで出たんですか?
「挫折の経験と立候補は、関係ないです。立候補者に若手層がいなくて、文句を言うくらいなら自分で立候補しようっていう使命感があったんです」
「結果として新しい出会いも沢山あって、同世代で政治活動を行っている方々との繋がりができたんですが、一方でIT仲間のなかには、政治方面にいってしまうのか、といった敬遠する人もいました」
――失敗と言えば、ツイッターでも度々炎上してますね。
「炎上商法ってよく言われるんですけど、全然狙ってないです。相反する気持ちがあるんですよね。『目立ちたくない』っていう気持ちと、『認められたい』っていう気持ち」
「認められたいから、メディアとかで名前が出ることはうれしいんだけど、目立つからいろいろ悪口言われるわけで。で、僕は脇が甘いところがあるんでしょうね。勢いでうっかり発言して、炎上してしまう」
――過去の失敗によって、いつまでも「やらかしてしまった人」という扱いを受け続けるのは、どう思いますか?
「今はネットで過去にやってきたことや発言をアーカイブ化されますからね……。たまに3年前の僕の発言を引っ張ってきてめっちゃたたく人とかいるんですけど、『時間が止まってるなあ』って思います。今の僕はもうあの時の僕じゃないのに。そういう人に対しては、特に何も思わないです」
「僕、基本的に過去の自分が嫌いなんですよね。過去に自分が出した本は全部絶版にしたいくらいです。当時は本当に『若い人が読んで元気になってくれたらいいな』って思って、自己啓発っぽいやつを出した時期もあるんですけど、今の僕は本気でなかったことにしたい」
「ハットをかぶってる頃(六本木で豪遊していた頃)の僕も大嫌いです。今の自分からしたら、嫌いな人種なんですよね。っていう自分のことも、将来の自分は嫌いだと思うんでしょうね」
――15年5月に出した著書「我が逃走」(平凡社)で、カフェ経営の失敗や、東京都知事選挙での落選といった約10年間のご自身の経験を赤裸々に書いていますが、なぜ、さらそうと思ったんですか?
「強がっている部分って、つまりはハリボテで、自分が疲れる原因でしかない。脱ぎ捨てた方がラクだし、相手にとっての誠意かなあと思います。ハリボテの部分って、ウソとまでは言いませんが、本当じゃないですよね。それならいっそダメで弱い自分を他人とシェアしていた方がいいのかなと」
「たとえば僕は遅刻とかドタキャンとかをよくやってしまうんですけど、もちろんちゃんと行く努力をするのが一番大事なんですけど、あらかじめ『僕はそういう人間です』って相手に言っておくことが僕なりの誠意なんですよね」
「引きこもりから社長になった経緯を書いた『こんな僕でも社長になれた』(07年ワニブックス)の後、引きこもりの人とか、その親とか、いろんな弱さをもった人から連絡がきました。弱さを中心としてつながる人たちがいるんだなあって初めて実感しましたね。ならいっそ、僕のクズみたいな部分をさらけ出した方がいいのかなあと」
「『我が逃走』は、元々数年前から『こんな僕でも』の続きを書こうとしてたんです。本によって『家入さんって良い人ですね』って言われるようになって。『全然そんなことないです。クソみたいな人間です』ってことを知らしめたいと思って続きを書きました」
――過去の失敗を、他人から触れられたくないっていう思いはありますか?
「気を使われるのが嫌だから、自分から言いますね。最近ずっとダメ人間ブランディングをしてきたので。相手の期待値を下げとくと、いいんですよね」
「今は僕が5分遅れくらいで約束の場所に来たら『すごい!』って言われます。相手の期待値を上げるとハードルが上がってつらいじゃないですか。ハードルを下げとくと、ちょっと頑張っただけで褒められます。おすすめですよ。『ハードルは、跳ばずにくぐればいい!』」
――大小の違いはあれ、人は誰もが失敗や挫折を経験します。
「なにかを失敗した時に最も大きいリスクって、死だと思うんですよ。でも、今の日本で起業して失敗して死ぬことって、まずないじゃないですか。だったら、何かをやらかしたとしても、それで一生動けなくなるくらいウジウジしなくてもいいのかなと。もちろん迷惑をかけた人には謝りますけどね」
「みんな、何者かになろうとしたがりますよね。そのためにチャレンジして、失敗して、落ち込むんですよね。でも、もともと僕らは何者にもなれないんですよ。特別な人でも、オンリーワンでもない。つらいとは思うけど、『何者にもなれない』ことを受け入れるのも大事かなと」
◇
家入一真(いえいり・かずま) 37歳。現在はクラウドファンディングなど多数の企業の役員・顧問を務める他、ベンチャー約50社へも投資する。14年に東京都知事選挙に立候補し、落選。
家入さんのインタビューは4月23日発行の朝日新聞夕刊紙面(東京本社版)「ココハツ」と連動して配信しました。
1/10枚