コラム
神出鬼没でお騒がせ、バンクシーとは何者? 覆面芸術家の正体に迫る
覆面芸術家バンクシーとは何者なのでしょうか? 会った人や大学教授に取材して正体に迫りました。
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覆面芸術家バンクシーとは何者なのでしょうか? 会った人や大学教授に取材して正体に迫りました。
アーティストとしては、どんな存在なのでしょうか? 現代アートの動向に詳しく、バンクシーについての本の翻訳も手がけている毛利嘉孝・東京芸大教授(社会学)に聞きました。
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バンクシーは、英国ブリストルで1990年代に活動をスタートさせたグラフィティ・アーティストです。ブリストルは英国西部の港町で、パンクやジャズなど音楽活動が活発な都市として知られます。彼はそんな地元のアーティストの1人でした。
2000年代からロンドンに活動の拠点を移しますが、そのあたりから政治的なメッセージ性が強い作品が目立つようになります。03年に始まったイラク戦争に対する反戦、グローバル資本主義の弊害への抗議など、大きな問題をストレートに訴えるというスタイルです。
注目を集めるのはそういう政治性だけではなく、英国人らしいというべきか、独特のユーモアセンスによるところが大きい。例えば05年、大英博物館の古代ローマの展示コーナーに、スーパーマーケットのカートを引いた古代人の壁画をこっそりと、もちろん無断で展示しました。
周囲の作品とあまりに馴染んでいて、博物館側も舌を巻くほど。「子どものいたずら」っぽい笑える作品でした。お騒がせで面白い、でも政治的でもある。こういうアーティストはめずらしい存在です。
近年でも昨年夏、他の芸術家と協力してつくったディズマランドもそう。「ディズマル」(陰鬱な)という名前で、ディズニーランドを模した遊園地には、難民問題や世界的な格差の拡大を風刺した陰鬱な作品ばかりが展示されました。それでも、カップルや家族連れがたくさん訪れたのです。テーマは深刻ですが、やはり多くの人をひきつける力がある。
2010年代以降は従来のグラフィティ・アーティストの枠を越え、ネットを活用し、ストリートとネットを横断して多くの人を巻き込む新しいタイプの作品を生み出すようになります。今ではストリートアートというより、ポップカルチャーのアイコン的存在です。
ドキュメンタリーでも描かれているニューヨークでは、毎日街のどこかに作品を発表し、その画像をネットで公開。人々がSNSを使いながら作品を探し、その様子もまたSNSで公開され、大騒ぎになる。作品を街で発表することで、こうした騒動自体も彼の作品の一部になっていきます。
実は、グラフィティ・アーティストの中で今のバンクシーの評価は必ずしも高いわけではありません。もともとグラフィティーは、具体的な街のあり方に「落書き」で介入していくというスタイルを取る運動の一つと言っていい。
自分が住んでいる街の景観を、一部の企業やお金持ちが自分たちの都合で勝手に作り替えてしまうので、そこに絵で介入して街を取り戻そう、と。かなり具体的な運動です。元々バンクシーが覆面である理由は、こうした公共空間や他人の家の壁などへの「落書き」は違法であることによるわけですが、目的は自分たちの街を取り戻すことにある。
一方、今のバンクシーは、平和の実現、難民問題の解決、格差の是正など、具体的な街の問題というより、現代社会のシステムの問題そのものを扱うようになっています。表現の仕方もファインアートというより、誰もがわかるポップさを兼ね備えている。
世界各地の街に神出鬼没に現れ、従来、アートが置かれる美術館ではなく、ストリートに作品を発表するバンクシー。その作品をネットや路上で見てひきつけられた人たちは、彼の作品について何かを語りたくなります。
もちろん、「あの作品をアートと呼べない」「あれはグラフィティじゃない」「表現が洗練されていない」などというネガティブな意見もあるでしょう。ただそれも含めて、人はバンクシーを通じてアートを語るようになる。現代社会において「アートとは何か」という、おおよそ議論が起こりづらいテーマで論争を喚起することのできる、稀有なアーティストなのです。