IT・科学
宇宙隔離ツアー「過酷な」生活 プライバシーなし、耐えたら38万円
宇宙飛行士のストレスを探るため、一般の人に隔離施設で共同生活してもらう実験。過去にこの施設での実験に参加した人が語る「過酷さ」とは。
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宇宙飛行士のストレスを探るため、一般の人に隔離施設で共同生活してもらう実験。過去にこの施設での実験に参加した人が語る「過酷さ」とは。
X線天文衛星「アストロH」打ち上げなど、日々、進化を続ける宇宙開発。宇宙に長期滞在する宇宙飛行士のストレスを探るため、一般の人に隔離施設で2週間共同生活してもらう実験が5日から始まっています。実験の舞台が宇宙飛行士選抜試験で使われた施設ということもあり、定員8人に対し4462人が応募。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の予想を大幅に上回るほどの注目を集めました。実験では、プライバシーがほぼない状況で、あえてストレスを生じさせるような作業も課されます。過去にこの施設での実験に参加した人が語る「過酷さ」とは……。
実験が行われているのは、筑波宇宙センター(茨城県つくば市)にある閉鎖環境適応訓練設備です。長さ11メートル、幅3・8メートルの円柱状のモジュールが2つ並び、短い廊下でつながれています。計5台のビデオカメラがあり、実験参加者の動きをチェックしています。片方のモジュールに2段ベッドが4台、台所やトイレ、ユニットバスもあります。
この訓練設備は、2008年の宇宙飛行士選抜試験の最終選考でも使われました。当時、選抜の事務局トップを務めた柳川孝二さんは「特殊な環境でも対応できるよう、競い合う受験者が仲間同士になっていったのが印象的」と振り返ります。外界から隔離された生活でのストレスに耐えて、他のメンバーとチームプレーできるか、根気強く作業できるか、といった宇宙飛行士として必須の資質を見極めるのが目的でした。
今回の実験は選抜試験と異なり、ストレスが体に引き起こす変化を探ることがねらいです。現在、宇宙ステーションでは、地上にいる医師らが映像交信で宇宙飛行士を問診して健康状態を判定しています。この方法だけでは、問診する人の主観に左右される可能性があります。そこで、ストレスの程度を測る客観的な指標をつくり、健康管理に役立てることを目指しているのです。
参加者には、「作業負荷」としてディベートやロボットの作成、パソコン作業などの課題が与えられます。血液や尿、唾液(だえき)などを測定し、ストレスが原因と思われる数値変化がないか調べられます。すべての日程を終えられれば協力金として38万円が支払われます。
隔離生活は、5日から18日まで13泊14日の日程です。参加者の起床や就寝の時間は宇宙ステーションと同じように設定されています。食事も朝・昼・夕の3食で、宇宙食を模した保存食が提供されます。外部との会話は管制室との交信のみに限られ、私有の携帯電話などは持ち込めません。飲酒やたばこも禁止です。
実験に参加する成人男性8人をJAXAが12月に募集したところ、応募が殺到しました。予想を大幅に超える約2千人が集まった時点で募集を中止。しかし、再開を求める声が相次いだため、選考の担当者を増やすなどして募集を再開しました。最終的には4462人が集まる「狭き門」となりました。
一般の人を隔離して共同生活してもらう実験は、過去にも行われています。岡山大大学院助教(システム生理学)の高橋賢さんは2004年、大学院生時代にJAXAの実験に参加しました。宇宙飛行士を夢見ていたという高橋さんは「閉鎖環境とはどんなものかというチャレンジ精神」で応募しました。数百人の応募者の中から選ばれた後も、特に心配はしていなかったといいます。
実験開始前日に健康診断を受け、いよいよ閉鎖施設へ。一緒に参加したのは高橋さんの他に男性2人。社交的な人ばかりで、「仲良くやろう」と話し合って臨んだそうです。
高橋さんがつらかったのが、ストレスを与えるために課された単純作業でした。達成感があるわけでもない作業をすることが精神的にも肉体的にもこたえたといいます。たとえば、数秒おきに画面に出てくる一けたの足し算を延々続けたり、画面を眺めていて明るい点が出てきたらボタンを押したり。「作業が終わると、疲れがどっと出た」そうです。
当時の食事は、宇宙食を模した保存食が提供される今回と異なり、定食が出されていました。「熱々でおいしかった」と振り返ります。本の持ち込みは許されていて何冊か持ち込みましたが、休憩時間がそれほどなく、あまり読む時間はありませんでした。デジタルカメラでの撮影は認められていたので、「貴重な資料になる」と思い数十枚撮影しました。
1週間にわたる実験が終わり、ようやく外の世界に出たときはJAXA職員らに拍手で出迎えられたそうです。ちょうど夕日が美しく見える時間で、「いつも壁ばかり見ていたので感動しました」。テレビや階段など、普通の生活では当たり前のことにもありがたみを感じたそうです。ちなみに、高橋さんは体調などに大きな変化はなかったといいます。
高橋さんは「特殊な環境に耐えられたという達成感があった。1週間なら何とか頑張れましたけど、今回のように2週間なら大変でしょうね」と話しています。
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朝日新聞デジタルのタイムライン「X線天文衛星アストロH打ち上げ」で関連記事や動画をご覧いただけます。
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