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「ズッコケ三人組」どんなにネタに困っても、原爆を扱わなかった理由
1978年に始まった「ズッコケ三人組」シリーズ。作者の那須正幹さんは、広島市出身で被爆もしています。しかし、作品で戦争や原爆を扱うことはしませんでした。

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1978年に始まった「ズッコケ三人組」シリーズ。作者の那須正幹さんは、広島市出身で被爆もしています。しかし、作品で戦争や原爆を扱うことはしませんでした。
1978年に始まり2015年12月に完結した「ズッコケ三人組」シリーズ。作者の那須正幹(なす・まさもと)さんは、広島市出身で被爆もしています。しかし、作品で戦争や原爆を扱うことはしませんでした。「三人組は平和だからこそ、のびのび自由に活躍できる」。そこには、三人組に託した那須さんのメッセージがありました。
「ズッコケ三人組」は全61巻、累計2500万部の大ヒット児童文学です。元気いっぱいだけどおっちょこちょいの「ハチベエ」、物知りなのにテストは苦手な「ハカセ」、体が大きく動作がスローモーな「モーちゃん」の小学6年生三人組が、探検や事件解決に活躍します。
2005年から『中年三人組』シリーズが始まり、2015年12月に出た『ズッコケ熟年三人組』で完結しました。
作者の那須正幹さんは、1942年、広島市に生まれました。爆心から3キロほど離れていた自宅で被爆しました。那須さんは3歳でした。
「8月6日の夕方、爆心地の方角から、リヤカーに缶詰を満載した男の人が家の前を通りかかり、母に水を飲ませてくれるよう頼んできました。彼は『お礼に』とミカンの缶詰を置いていったのですが、それがやけどしそうなほど熱かったのを覚えています」
「後から考えれば、その人は火事場泥棒だったのだと思います。人間のたくましさと言ったらいいのかわかりませんが、生きることはきれいごとばかりではありません。そんな体験が人生の原点にあるからか、人に対して「まあ、ええわ」が私の口癖になりました」
「ズッコケ三人組」の舞台、ミドリ市は、広島市がモデルです。しかし、那須さんは「30巻を過ぎて題材に困った時も、戦争や原爆は扱いませんでした」と語っています。
「三人組は平和だからこそ、のびのび自由に活躍できる。生みの親としては、戦争とは無縁でいさせてやりたかったのです」
1985年に書いた『花のズッコケ児童会長』。「たくましい花山っ子を育てよう」というスローガンを掲げて児童会長に立候補した優等生に対抗して、三人組も立候補します。
「その優等生が、がんばれない弱い子に我慢ができず、いじめてしまう性格だと知ったからです」
三人組に込めた思いについて、那須さんは次のように語っています。
「がんばりたくてもがんばれない子が、がんばることを強制されないのが民主主義。戦争の記憶が残る広島で、戦後の民主的教育を受けて育った私が三人組に託したメッセージです」
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