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マンションでの歌声、どこから「騒音」? 判決で示された線引きは…
マンション内のロックミュージシャンの歌声は「騒音」か。東京地裁が慰謝料支払いを認める判決を出しました。その線引きとは?
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マンション内のロックミュージシャンの歌声は「騒音」か。東京地裁が慰謝料支払いを認める判決を出しました。その線引きとは?
マンション内のロックミュージシャンの歌声は、普通の生活が送れなくなるほどの「騒音」になるのか。こうした点が争われた訴訟で、東京地裁が「深夜の歌声は、我慢の限界(受忍限度)を超えるもの」と判断し、このマンションの住人への慰謝料支払いを認める判決を出しました。
判決は昨年3月に言い渡され、すでに確定しています。舞台となったのは2002年に新築された東京都中央区内の13階建てマンション(鉄骨鉄筋コンクリート造り)。上下階の遮音性能は日本建築学会の設けた基準のトップクラスをクリアするものでした。
訴訟ではこのマンションの8階に住む夫婦が、7階のロックミュージシャンの男性の歌声は受忍限度を超える騒音で、心身に変調をきたすといった精神的な苦痛を被ったと主張。男性らに慰謝料などを求めていました。
訴えられた男性はロックミュージシャンとして活動していました(ただし、ハードロックやヘヴィメタルといったジャンルの曲を演奏するものではありません)。
自室内で自らがつくったメロディーをマイクに向けて歌い、録音したものを再生して出来栄えを確認するといった作業を行っていました。歌うのはおおむね正午から午後8時ごろまでの、1時間半から2時間程度。ただ、年に数回は深夜(午後11時から翌日午前6時)に歌うこともありました。
こうしたなか、夫婦から委託された専門業者が日中のロックミュージシャンの歌声の大きさを測定しました。その結果、夫婦の室内で最も大きな数値を示したのが玄関ホールの41デシベルでした。
東京都教育委員会のホームページによると、40デシベルは「深夜の市内」「図書館」の音に相当します。ほかにも、「普通の会話やチャイム」が60デシベル、「掃除機」の音が70デシベル、「大声による独唱」は90デシベルと紹介されています。
騒音の違法性が争われる訴訟で、判例となるのは1993年の最高裁判決です。社会生活を営むうえで、我慢できない限度(受忍限度)を超えているかどうかが、違法性を判断する基準となるとの考えが示されました。
こうした考えが示された背景には、どのような理由があったのでしょうか。ほかの訴訟のでは次のように説明されています。
そもそも社会生活を送るうえでは、程度の差こそあれ誰しも、騒音を出すことは避けられません。つねに被害者でもあるとともに加害者でもあり得ます。騒音を出して近隣に迷惑をかけたからといって、これらをすべて違法として不法行為の成立を認めると社会が立ちゆきません。
だから、ある程度の騒音はお互いに我慢するべきだけど、我慢するにも限界があるから、その限界を超えたものについては不法行為の成立を認めましょうというわけです。
今回の判決も、この最高裁の判例に照らしてミュージシャンの歌声の違法性が検討されました。参考としたのは東京都の環境条例。この条例では商業地域において午前6~8時は55デシベル、午前8時~午後8時は60デシベル、午後8~11時は55デシベル、深夜(午後11時~翌日午前6時)は50デシベルを超える騒音を出してはならないと定めています。
判決ではまず、これらの規制値と、専門業者が測定したミュージシャンの歌声の大きさをつきあわせると、少なくとも深夜の時間帯以外は特に不快を感じるものではないと認定しました。
そのうえで深夜の時間帯について検討しました。ミュージシャンの歌声は「生活音とは明らかに異質な音」と指摘したうえで、歌声の大きさが41デシベルにとどまるとしても、眠りにつくことが妨げられるといった生活上の支障が出るものと判断しました。
さらに、環境条例の深夜の規制基準50デシベルについて、建物の防音効果を考慮すれば、建物内ではより厳格な数値が求められると指摘。41デシベルに及ぶ深夜の歌声は、我慢の限界を超えるものと結論づけました。賠償額は、ミュージシャンの歌声のうち不法行為と認められたのが深夜のもに絞られたため計36万円にとどまりました。
マンションのトラブルの中でも、騒音トラブルで悩む人は少なくありません。家庭向けゲームでもカラオケを楽しめる昨今、自宅での熱唱の程度にはくれぐれもご用心を――。
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