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「赤べこ」破壊に会津が激怒する理由 伝説の牛、町のため命尽くす
JR会津若松駅前の「赤べこ」像が何者かに破壊され、地元では大騒ぎに。会津にとって「赤べこ」破壊がしゃれにならない理由とは?

JR会津若松駅前の「赤べこ」像が何者かに破壊されました。会津では特別な「赤べこ」。犯行がツイッターに投稿されたという情報も出回ったことから、大騒ぎになっています。会津にとって「赤べこ」とはどんな存在なのか。そこには、1200年前から語りつがれてきた伝説がありました。
命がけで大木を運び、最後は石に
「べこ」とは、会津地方で牛のことを指します。赤には、魔よけや疫病を防ぐという意味が込められています。会津若松市から西に約20キロの柳津町に残る伝承にちなむといわれています。
今から1200年前の807年、柳津町の虚空蔵尊(円蔵寺)を建立する際に、人々が大木を運ぶのに困っていると、大きな赤い牛が現れ、最後まで働き通しました。お堂ができると、牛は石となり、菩薩(ぼさつ)に仕えたと言われています。また、鶴ケ城主の蒲生氏郷が貧しい武士に、副業奨励策として作らせたという説もあります。

「赤べこ」と呼ばれて親しまれているこの張り子は、会津若松市から西に二十キロほど離れた柳津町に残る伝説にちなんでいる。約千二百年前、町に虚空蔵尊(円蔵寺)を創建する際、一頭の大きな赤牛が、菩薩(ぼさつ)を安置するための資材運搬に活躍した。お堂が完成すると、赤牛はその前で石と化し、菩薩に仕えた。
「赤べこ」になったのは、それから八百年後。豊臣秀吉に仕えた鶴ケ城主の蒲生氏郷がこの伝説を耳にして、京都から招いた職人に作らせたのが始まりとされている。
触ると御利益「撫で牛」
柳津町の中心にある円蔵寺には、撫(な)で牛がいます。命がけで材木を運んでくれた伝説の赤べこへの感謝を込めてまつられています。今は、自分の悪い場所をなでると痛みをとってくれるという話が伝わり、多くの人たちが参拝しています。
地元では、子どもが生まれると赤べこの張り子を買って「力強い丈夫な人間になれ」を願うのが、習わしになっているそうです。張り子の模様は不治の病の身代わりになった証しと言われたり、赤べこが現れたのは当時の住職が法力を使ったとも言われたりしています。

柳津と牛は切っても切れない関係です。「力強い丈夫な人間になれ」との願いを込め、子どもが生まれると赤べこの張り子を買うというのが習わし。私が小さいときも、家に、でんと置かれてありました。
赤べこにはとにかく伝説が多い。張り子の模様は不治の病の身代わりになった証しとも、赤べこが現れたのは当時の住職が法力を使ったとも言われています。はっきりしないことばかりですが、住民がそれだけ赤べこを愛しているということだと思います。
震災復興の象徴に
様々な伝説が生まれるほど、愛されている「赤べこ」。震災後は、「赤べこ」を作ることで震災の記憶の風化を防ぐ「赤べこプロジェクト」がスタートしました。震災の影響で観光客の減少に悩む福島から、色を塗る前の赤べこを買い取り、賛同するアーティストたちが色をつけ、デザイン。各地で展覧会などを開いています。
そんな「赤べこ」に降りかかった災難に、会津の人たちはショックを隠せません。ツイッターには「赤べこは会津の守り神。断じて許せませんね」や「ショック」などの声が投稿されました。
会津若松市では警察に被害届を提出。県警による捜査が進んでいます。
駅前の赤べこがこんなことに…
赤べこは会津の守り神。
赤べこ伝説、現在は東北復興を手伝って下さる皆様が、赤べこだと思っています。
赤ベコの唄の作者としても、赤ベコ評論家としても、断じて許せませんね(♯`∧´) pic.twitter.com/6f7Qeb3fUb
— 鈴木ミチ (@michi_suzuki) 2015, 6月 16
まじかよ…昨日行ったとき赤べこ見てなかった
から分からなかったよ…。ショック ≫RT
— @小音リエ / 引越し完了! (@rie_kooto) 2015, 6月 17
赤べこは、福島県会津地方で作られている、首をふる牛を模した張り子の玩具。地元では縁起物だ。
震災の影響で観光客の減少に悩む福島県西会津町の民芸品組合から、色を塗る前の赤べこを買い取り、賛同するアーティストたちが色をつけ、デザインした。