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しょうゆ卓上瓶に込められた、日本の民主化への思い 栄久庵さん死去

栄久庵憲司さんが2015年2月8日、85歳で亡くなりました。栄久庵の代表作「キッコーマンしょうゆ卓上瓶」が生まれたのは1961年。そこには民主化への思いが込められていました。

栄久庵の代表作「キッコーマンしょうゆ卓上瓶」。そのデザインには日本の民主化への思いが込められていました
栄久庵の代表作「キッコーマンしょうゆ卓上瓶」。そのデザインには日本の民主化への思いが込められていました

目次

 栄久庵憲司さんが2015年2月8日、85歳で亡くなりました。成田エクスプレスやJRAのロゴマークなどを手がけた、日本を代表する工業デザイナーだった栄久庵さん。代表作「キッコーマンしょうゆ卓上瓶」が生まれたのは1961年でした。そこには民主化への思いが込められていました。

【画像】成田エクスプレスにJRAのロゴマークまで・・・栄久庵憲司さんが手がけたデザイン。
【画像】成田エクスプレスにJRAのロゴマークまで・・・栄久庵憲司さんが手がけたデザイン。

「主婦たちが家庭の主人公に」

 当時、家庭では重くて不安定な陶器のしょうゆ入れが使われていました。キッコーマンは、家庭でもっとしょうゆをつかってもらいたい、という思いから栄久庵さんに、デザインを依頼しました。

代表作のしょうゆ卓上瓶を手に語る工業デザイナーの栄久庵憲司さん=2012年10月25日
代表作のしょうゆ卓上瓶を手に語る工業デザイナーの栄久庵憲司さん=2012年10月25日
キッコーマンが、われわれGKインダストリアルデザイン研究所(当時)に依頼してきたのは、家庭でもっとしょうゆを使ってもらいたい、という思いがあったからです。それまでは、一升瓶から陶器か何かのしょうゆ差しに移し替えて使っていた。重いし、不安定。それを工場で作られたものをそのまま卓上にのせる。これからは、主婦たちが家庭の主人公になる、という思いもありました。
2012年11月7日:(自作再見)栄久庵憲司 「キッコーマンしょうゆ卓上瓶」 モノや美の民主化目指した:朝日新聞紙面から

「モノや美の民主化を目指した」

 GKは1952年、東京芸大の学生時代に作ったグループが母体となって生まれました。栄久庵さんは、2012年11月の取材にこう答えてします。「イデオロギー論争が激しい時代でしたが、私たちはモノや美の民主化を目指していました」。そんな思いから、しょうゆ卓上瓶は生まれました。

学園紛争中の日大で繰り広げれた全学共闘会議と大学側との「大衆団交」=1968年9月30日、東京・両国の日大講堂
学園紛争中の日大で繰り広げれた全学共闘会議と大学側との「大衆団交」=1968年9月30日、東京・両国の日大講堂
イデオロギー論争が激しい時代でしたが、私たちはモノや美の民主化を目指していました。所得倍増計画なんて掲げられ、みんなが快く尻をたたかれたがっている時代でもありました。
2012年11月7日:(自作再見)栄久庵憲司 「キッコーマンしょうゆ卓上瓶」 モノや美の民主化目指した:朝日新聞紙面から

「形として普遍性」

 デザインは半世紀以上、変わっていません。その理由を栄久庵さんは「形として普遍性があるんでしょう」と語っていました。持ち上げる時に小指が立つ動作まで計算されていました。その時の美しさまでが、デザインに取り取り込まれています。

キッコーマンしょうゆ卓上瓶
キッコーマンしょうゆ卓上瓶 出典: GKデザイン研究所
理屈では説明できないけれど、手に合った大きさで持ちやすい。水滴が落ちるときのような形で、自然なデザインなんです。そして持ち上げるときに小指が立って、美しい。形として普遍性があるんでしょう。
2012年11月7日:(自作再見)栄久庵憲司 「キッコーマンしょうゆ卓上瓶」 モノや美の民主化目指した:朝日新聞紙面から

「やはり赤がよく目立った」

 赤いキャップにたどり着くまでに、試作品は101個も作ったそうです。その中には青や緑もありました。しかし、結局、今の特徴的な赤色に。栄久庵さんは「やはり赤がよく目立った。食べ物には暖色が合いますね」と振り返っています。

液だれしないキャップを作るために、試作品を101個も作りました。色も、青や緑の模型も作って店に並べてみましたが、やはり赤がよく目立った。食べ物には暖色が合いますね。
2012年11月7日:(自作再見)栄久庵憲司 「キッコーマンしょうゆ卓上瓶」 モノや美の民主化目指した:朝日新聞紙面から

「合理性がある」

 しょうゆ卓上瓶は海外でも受け入れられています。外国のスーパーでなじみのあるこの瓶を見かけることも珍しくありません。栄久庵さんは、その理由を「合理性」にあると分析しています。「海外でも受け入れられた理由の一つは、ガラス製で残りの量が分かる合理性があるからだと思います」と述べていました。

1968年のアメリカのスーパー。店頭にはキッコーマンしょうゆ卓上瓶が並べてある
1968年のアメリカのスーパー。店頭にはキッコーマンしょうゆ卓上瓶が並べてある
海外でも受け入れられた理由の一つは、ガラス製で残りの量が分かる合理性があるからだと思います。いろんな国のスーパーで見かけます。海外に行ってこの瓶を見るとほっとする、と言われることもあります。これまでに国内外で4億本以上が売れたそうです。
2012年11月7日:(自作再見)栄久庵憲司 「キッコーマンしょうゆ卓上瓶」 モノや美の民主化目指した:朝日新聞紙面から

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