東海大甲府(山梨)の補助員、深沢亮祐君
母さん、いままでありがとう。おかげで僕は、自分の決めた道を走りきれた。甲子園では、ボールボーイだったけど。
母さんの弟が東海大甲府のエースで、甲子園でも活躍した。叔父さんに憧れて入学すると、全国から集まった仲間たちのレベルは想像以上だった。しかも僕はちっちゃい。
それなら、誰よりも練習するしかない。朝の自主練習を7時25分から始めた。夜は10時半まで居残った。いつも最初に来て、最後に帰った。130人の部員の中で、一番長く練習した。
東海大甲府の補助員、深沢亮祐君=2014年8月14日
出典: 朝日新聞
南アルプス市内の自宅から学校までは14キロ。足腰を鍛えたくて、自転車で片道1時間かけて通った。新チームで副将になると、大声で練習を盛り上げた。
でも最後の夏、山梨大会のベンチに入れなかった。春は入ってたのに……。
母さんに言うのは、つらかった。宝石の営業マンで年間300日も出張する父さんに代わり、幼い頃から野球の練習を手伝ってくれた。僕のために早朝から弁当を作り、夕食を用意して僕の帰りを待って、深夜の洗濯。それなのに。
出典:imasia
母さんは「頑張ったんだから」ってほほえんでくれた。ほんとは泣きたかったんだろうな。ごめん。
僕は、メンバーから漏れてからも、練習をやりきったよ。声を一番大きく出すのもやめなかった。あきらめない姿を、母さんに見せたかったから。
明日から夏休み。大学でも野球をやりたいから、練習は続ける。母さん、昔みたいにトスバッティング付き合ってね。(木村健一)
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開星(島根)の記録員、安藤拓海君
負けた瞬間、ひとり涙をこらえ、仲間の肩に手を添えた。「最後までみんなを支える。絶対泣かない」と決めていた。
少し潤んでいた左目は、ほとんど見えない。生まれつき、左目の視力は0・05程度。弱視だ。それでもずっとピッチャーでやってきた。ボールへの恐怖に襲われるまでは。
昨年の秋。キャッチボールで距離感がつかめず、球がおでこを直撃した。毎週のように顔にぶつけるようになった。もしピッチャーライナーが飛んできたら……。恐ろしくなった。
開星の記録員、安藤拓海君=2014年8月15日
出典: 朝日新聞
もうピッチャーはできない。でも部には残りたい。
1学年上のマネジャーの言葉を思い出した。「裏方だし、きつい仕事もあるけど、それだけの達成感もある」。先輩はいつも笑顔で仕事をしていた。カッコよかった。あんな人になりたいと思った。今春、マネジャーに志願した。
みんなの散らかした用具をキレイに並べる。ひとり最後まで残って、事務作業をした。時間があればピッチャーのフォームを見てあげた。みんなが「安藤を甲子園に連れて行く」と言ってくれるようになった。記録員としてベンチに入り、みんなと同じユニホームで、スコアをつけた。
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これで野球に別れを告げることになる。高校2年のとき、ジョニー・デップも弱視を抱えていることを知り、でっかい夢ができた。「あの演技を見て、誰も弱視とは思わない。弱みを見せず、役になりきる。僕もそういう俳優になりたい」
次のステージは、くっきり見えている。(橋本佳奈)
ジョニー・デップさん=2006年7月11日
出典: 朝日新聞
八頭(鳥取)のボールボーイ、竹本敦仁君
ボールボーイとして、ベンチ脇で見守った。9回2死。次打者席にいた中尾が振り返った。目が合って、お互いに笑った。自分の思いを背負ってプレーしてくれた幼なじみ。「あいつまで回ってくれ」。でも二人の目の前で仲間が凡退し、最後の夏が終わった。
鳥取県若桜町でともに育った。小4のとき、近所の中尾が少年野球を始めると聞いて、ついていった。肩が強いことをほめられ、すぐにのめり込んだ。
それから中尾は、仲間でありライバル。中学時代は足腰を鍛えるために距離スキーもやった。二人そろって全国大会にも出た。
ボールボーイとして飲み物を運ぶ八頭の竹本敦仁君=2014年8月21日
出典: 朝日新聞
地元近くの八頭に進んで、中尾が1年秋からレギュラーになった一方で、自分はなかなか出られない。幼なじみの活躍を見上げるだけの日々が続いた。
最後の夏を前に中尾から声がかかった。「自主練習しよう」。交互にバドミントンの羽根をトスして、毎晩1時間、必死で打った。2週間続けたが、やはり背番号は遠かった。
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鳥取大会のメンバー発表があった日、ミーティングで中尾が涙ながらに言った。「入れなかった3年生3人の分まで戦って、甲子園に連れていく」。ジンときた。心が吹っ切れた。
しかも中尾は、3人の好きな色の糸で作ったミサンガをグラブにつけ、甲子園をつかみとってくれた。その舞台で堂々とプレーする姿はまぶしかった。
「あいつのおかげでここまでこられた」。感謝するばかりじゃダメだ。俺もしっかりしないと。(勝見壮史)
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