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甲子園の魔物とトモダチになった男 代打・今吉って誰よ?
「甲子園には魔物がいる」と言われますが、2006年の夏、その魔物を味方につけた球児がいました。鹿児島工の今吉晃一選手。「シャー!」というかけ声で試合の流れを一気に引きつけた、知る人ぞ知る名代打を紹介します。

「甲子園には魔物がいる」と言われますが、2006年の夏、その魔物を味方につけた球児がいました。初出場で4強入りを果たした鹿児島工の今吉晃一選手。「シャー!」というかけ声で試合の流れを一気に引きつけた、知る人ぞ知る名代打です。
「シャー!」一吠え 試合の流れが一変
朝日新聞の連載「私と甲子園」。前常総学院監督の木内幸男さん、元阪神捕手の矢野さんらそうそうたる面々に続く4回目に「今吉晃一」の名を見てビックリ、ニンマリ。見出しは「僕は『魔物』に力を借りた 元鹿児島工の代打男・今吉晃一さん」。
アメトーーク!「高校野球大大大好き芸人 延長戦」でも、プロに進んだ甲子園のヒーローたちと並び「鹿児島工の今吉晃」の名が出て盛り上がっていました。
高校までで野球界を去った彼がなぜ、8年もたった今でも高校野球ファンに語り継がれているのでしょう。

彼の力が遺憾なく発揮された場面の一つが、準々決勝の福知山成美戦。
さらに1死一、三塁と好機を広げ、打席には宿利原。「あのヘッドスライディングを見て、勇気がわいてきた」。高めに浮いた初球を狙い、同点に追いつく左前適時打を放った。

代打専門 10打数7安打
10打数7安打。すさまじい数字です。彼が、どうして代打専門なのか。
コルセットをはめて、回復を待ったが、大会開幕の3カ月ほど前、「もう間に合わない」と医者に言われた。目の前が真っ暗になった。もう辞めようと思った。でも、「甲子園に挑戦してからでも遅くない」。
練習を再開した。全力で走ることも、捕手として座ることもままならないが、バットだけは振れた。中迫俊明監督(47)と話し合い、代打専門に転向した。
根は優しくて涙もろい。打席に立つ時は、弱気な自分を奮い立たせるために誰よりも大声を出すようにした。1試合でたった一度だけの出番。今夏、(鹿児島大会)全6試合に代打で出場し、6打数で5安打を放った。
この夏の「代打・今吉」に関する話題はいまでも多くネットに残っています。文字だけでは伝わりづらいですが、彼の「シャー!」の一吠えで甲子園の空気が一変するさまは強烈。準決勝で対戦したクールなハンカチ王子・斎藤佑樹選手すら意識せざるを得なかったほど。
ハンカチ王子まで雄叫び 「彼だけは三振を狙った」

(中略)早稲田実・斎藤も意識していた。「今吉君に打たれると一気に流れが動く。彼だけは三振を狙いました」
3ボールからの4球目を振ってファウルにする。「四球では流れが変わらない」。続く直球は手が出ず、2―3に。次の145キロは高めのボール球だったが、「矢のような球に手が出た」。三振。クールな右腕まで、珍しく雄たけびを上げた。
(中略)敗戦後も笑顔を絶やさず、斎藤に「優勝しろよ」とエールを送った。わずか6球。それでも「今まで生きてきた中で、一番楽しい打席でした」。
ここ大事→ 《3ボールからの4球目を振ってファウルにする。「四球では流れが変わらない」。》
躊躇なくフルスイングです。彼の中では、ただ出塁するだけではダメだったんですね。この名勝負、6年後、なかなかレギュラーになれず退部を考えるほど思い詰めた他県の後輩球児にまで勇気を与えていたりします。
前年06年夏の甲子園の主役、早稲田実・斎藤佑樹に対して今吉は、代打の切り札として向かい合っていた。「しゃー」。今吉が打席で吠(ほ)えると場内の雰囲気が一変し、喝采が起こった。力んだ斎藤は突如ストライクが入らなくなった。「声と雰囲気だけで圧倒するなんて」。控えが主役を凌駕(りょうが)する様に驚いた。
(中略)「控えでも勝つ雰囲気をたぐり寄せる選手になろう」。鹿児島工の今吉を思い出した。


「マー君よりも幸せかも」

打席に入るときに「シャー!」って大声を出していたのは、体の力みを取り除くため。相手からしたら「こいつ、気合が入ってんなあ。真っすぐは強そうだから、カーブから入ろう」となる。実は僕、カーブ打ちの練習ばっかりしていたんで、狙ってました。
駒大苫小牧の田中将大(ヤンキース)や早稲田実の斎藤佑樹(日本ハム)を見て格の違いを感じました。実際、準決勝で対戦したときの斎藤の球は見えていなかった(結果は空振り三振)。「失うものは何もない」とやってきたので、負けても涙は出ませんでしたね。
野球は高校でやめたけどもしかしたら今は、2人よりも幸せかもしれません。もうすぐ1歳になる長男と、毎日触れ合える。それだけで十分です。物心がついたら、テレビに映る斎藤を見せて「対戦したんだよ」と伝えようかな。