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戦後69年、これからも原爆を語ってくれるもの(ARあり)

1945年8月9日、長崎市に落とされた原爆の被害を後世に伝えるため、その遺物を撮影した写真展が開かれています。人々の日常が一瞬で奪われたことを、もの言わぬコップやはさみ、手鏡などが語りかけてきます。

原爆で崩壊した浦上教会の聖像の手首
原爆で崩壊した浦上教会の聖像の手首

目次

その日、そこで、人が生きながら焼かれた記録

東京・銀座のギャラリー「アートグラフ銀座」で写真展「remains 遺物が語る原爆」が開かれている。1945年、長崎に落とされた原爆で焼け残った遺物を撮影した24点が並ぶ。

無縁仏の骨壺の中に入っていた櫛
無縁仏の骨壺の中に入っていた櫛

撮影したのは朝日新聞社の2人のカメラマン、溝越賢(47)と金川雄策(33)。2010年から長崎原爆資料館や長崎大医学部、長崎市内の浦上教会などで遺物の撮影を続けている。当初は朝日新聞に掲載する写真企画だったが、現在も後世に残す記録として個人的に撮り続けている。

なぜ、遺物を撮るのか

爆心地から500メートルの住宅の焼け跡から見つかったコップ
爆心地から500メートルの住宅の焼け跡から見つかったコップ

長崎市原爆資料保存委員会の1950年の発表で死者7万3884人。被爆者でその後死亡し、2013年までに原爆死没者名簿に掲載されたのが16万2083人。戦後69年、被爆者の平均年齢は80歳に迫り、証言者は減りつつある。

焼け跡から見つかったはさみ
焼け跡から見つかったはさみ

溝越は長崎出身、金川は長崎支局の勤務経験がある。2人は遺物を撮る理由をこう語る。

「焼けた学生服の写真を見た人が『この人は朝、お母さんとどんな会話をしたんだろう』と口にしていました。もの言わぬ遺物が見る人の想像力をかき立て、歴史上の出来事をなまなましく伝えることができる」(溝越)

「爆心地の近くにいた人は一瞬で死んでしまって何も言い残せなかった。そんな犠牲者の生活の一部も感じ取れる」(金川)

その言葉通り、手鏡や巾着袋、コップやはさみなど日常的なものを写した写真が目立つ。

火災で変質し、縮んだ石鹸
火災で変質し、縮んだ石鹸

ARアプリで遺物を解説

iPhoneなどスマートフォンを利用している人は、アプリ「Layar」をダウンロードして、記事中の写真にスマホをかざして見てください。AR技術を利用し、遺物の解説や発見場所の地図がスマホに表示されます。

記事の最上部にある「聖像の手首」であれば、こういう解説です。
  ↓↓↓

「聖像の手首」の解説
「聖像の手首」の解説

写真展は31日まで。午前10時~午後6時(27、31日は午後5時まで)。入場無料。問い合わせはギャラリー・アートグラフ(03-3538-6630)。

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