ネットの話題
すぐ倒れるのが逆にいい!東北の地震で注目「防災こけし」の発想
負のイメージを逆手に取ったアイデア商品
間もなく、東日本大震災から10年。社会全体で、災害について考える機運が高まる中、東北地方を再び地震が襲いました。自然の脅威を思い出した人々の間で、とある「防災こけし」が注目を集めています。「すぐ倒れてしまう」という負のイメージを逆手に取った機能が、新鮮な驚きをもって受け止められているのです。製造・販売元企業に、誕生の経緯について聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
2月13日に発生し、宮城・福島両県で最大震度6弱を記録した地震。突然の大きな揺れに、ツイッター上のタイムラインは騒然となりました。関連ツイートの中で、特に話題を呼んだものの一つが、「明かりこけし」という商品に関する投稿です。
「こけしが地震で倒れると自動的に明かりがつく」「足元を照らしてくれる」。説明書きとともに添付された写真を見ると、花柄の着物に見立てた模様入りのこけしが3本。そのうちの1本は、地面に横たえられ、底部から懐中電灯のような光を放っています。
「素晴らしいアイデア」「立っていても倒れていても素敵」。ツイートには、好意的なコメントが次々連なりました。23日時点で11万超の「いいね」がつき、4万回以上リツイートされています。
明かりこけしを2009年から製造・販売しているのは、東北地方の工芸品などを取り扱う、こけしのしまぬき(仙台市青葉区)です。
ちなみに震災以降「明かりこけし」という商品が作られていて、こけしが地震で倒れると自動的に明かりがついて足元を照らしてくれる、という最高のアイテムなので是非みなさん買ってください…。 pic.twitter.com/tJYlb3JhwX
— たまごへび (@tamago_hebi) February 13, 2021
明かりこけしは、どのような経緯で生まれたのか。こけしのしまぬき・島貫昭彦社長(64)に話を聞きました。
同社では1892(明治25)年の創業以来、東北各県から、こけしの納入を受けてきました。とりわけ高度成長期には、誕生日・結婚式といったハレの日のお祝い品や、団体旅行者向けの土産物として人気を呼び、飛ぶように売れたそうです。
しかしブームは既に終焉(しゅうえん)を迎え、近年になって、独特の見た目に苦手意識を持つ人が増加。「地震で倒れやすい」とのイメージも災いし、人気低迷にあえぐようになります。
そんな中、2008年に発生した宮城・岩手内陸地震をきっかけに、島貫さんは防災グッズとしての活用を思いつきました。
「頭の中にあったのは、『世間でこけしが忘れ去られてしまう』という危機感です。平時にも有事にも役立つものであれば、その存在を意識してもらうことができる。震度1~2程度の揺れなら耐えられる事実も伝えたくて、実現に動きました」
通常、こけしの胴体は円筒形に作られます。一方で明かりこけしの場合、内部にLEDライトや、角度検知のためのセンサーを設置しなければなりません。このような事情から、内側に穴を掘る技術を持つ工人(こうじん=こけし職人)に、協力を求めました。
同社と付き合いがある東北一円の工人は、現在60人ほど。このうち宮城県在住で、十分な生産経験がある4人に製作を委託しています。またライトの関連機器は、横浜市の自動車部品メーカーから購入しているそうです。
ところで、ツイッター経由で明かりこけしを知った人々の中には、その単価に注目する向きが少なくありません。確かに、いずれの種類も1本1万780円(税込み)となっており、容易に購入できる額ではないという印象です。
「この価格設定には、こけしならではの事情が関わっているんです」。島貫さんが語ります。一体、どういうことでしょうか?
明かりこけし作りは、複数の段階に分かれています。
まず、ミズキやイタヤカエデなどの木材を、丸太の状態で調達。使いやすい大きさに製材したら、乾燥します。その後、ろくろに載せて、全長八寸(約24センチ)ほどの人型に削り出し、墨や染料で彩色していきます。これらの作業を、一人の工人が担当するのです。
「正直、一日10本程度作れれば多い方だと思います。材料が工房にない場合は、確保するところから始めないといけません。全ての工程を経て、一本のこけしが完成するまで、長いと1年くらいかかることもあります」
「いわば、手間の塊みたいな存在なんです」
工人を巡っては、高齢化や担い手不足も手伝い、減産・廃業するケースが増えつつあるそうです。そのように生産管理の難しさを伴いつつも、丁寧に作られた明かりこけしは、人々の心の内を照らしてきました。
2011年の東日本大震災発生以降、被災地ボランティアや、お見舞いへのお礼の品として、地元民が購入する機会が急増。福島県に住む人々からの要望で、同県の温泉地にちなむ「土湯系」と呼ばれるこけしを、商品群に加えた時期もありました。
人気に応えるため、島貫さんたちは商品を改良し続けました。発売当初、乾電池2本で8時間が限界だった連続点灯時間を、50時間まで延長したのです。長期の停電時に使いやすくなり、実際の災害現場で、1週間ほど光り続けた例も報告されているといいます。
今年2月の地震をきっかけに、明かりこけしの売り上げは大きく伸びました。数日のうちに、関東地方などから大量の注文が舞い込んだのです。
「通常なら日に1~2本売れると御の字。全く買ってもらえないこともあるだけに、想像を絶する状況です」と笑う島貫さん。そして「これを機に、防災について考え直してもらいたい」と付け加えました。
地震当日、同社が拠点を構える仙台市も、揺れに襲われました。店舗の建物に被害はなかったものの、室内に陳列してあった数百本のこけしが、ことごとく落下。社員総出で翌朝早くから出勤し、開店を2時間近く遅らせ、並べ直したそうです。
「今回の地震で、多くの人々が津波に備えたと思います。こうした意識は、東日本大震災が起きた10年前の時点では、まだまだ希薄でした。災害時の状況について、常に想定しておけば、万一の場合にも対処することができるはずです」
「防災や減災への意識を、いつも高く持っておく。そのきっかけとして、明かりこけしを生かして頂けたら、うれしく思います」
その上で、島貫さんは次のようにも語りました。
「こけしは元々、子どものおもちゃとして親しまれました。その後、観賞用の民芸品との認識が広がったように、時代に合った性格付けがなされてきた、という経緯があります。今後、どう進化していくか、ぜひ楽しみにして頂きたいですね」
1/13枚