連載
#7 帰れない村
帰れない村、我が家はもう「まるでジャングル」 仕事場の牛舎も今は
「まるでジャングルみたいだわ」
福島市で避難生活を送る、旧津島村出身の酪農業今野美智雄さん(59)と妻津子さん(59)は8月上旬、約1年ぶりに赤宇木集落の自宅を訪れた。車を降りて、足を止める。2002年に新築した我が家が、背丈ほどもある夏草に埋もれていた。
「あんなにきれいだったのに……」と津子さんは、かつての庭を見渡してうつむいた。「『もう戻っては来られない』。この庭を見ているとそう思うわね」
約60種、100株以上のバラを植え、夫婦でガーデニングを楽しんだ自慢の庭。今はもう、生い茂る雑草で立ち入ることさえできない。
「牛舎の方を見に行ってみますか」と美智雄さんが誘ってくれた。父の代から始めた酪農業を継ぎ、震災直前は16頭の牛を飼っていた。
搾乳、えさやり、牛舎の掃除。午前6時半から午後8時半まで忙しく働いた。それでも酪農が好きで、体が動く限り、仕事を続けていこうと考えていた。しかし……。
原発事故後は牛乳の出荷が停止され、搾乳したミルクは泣く泣く捨てた。牛を引き取ってくれる牧場を探し、何頭かは食肉用として処分した。そして9年半の避難生活。まさか津島に戻れなくなるなんて思いもしなかった。
自宅のある赤宇木は震災直後、国の担当者から「100年は帰れない」と言われた地域だ。避難指示の解除が予定される特定復興再生拠点にも含まれず、今も帰還の見通しが立たない。
毎日仕事に明け暮れた懐かしの牛舎もやはり、夏草にじゃまされて立ち寄れなかった。進みたくても、前に進めない。
「なんだか、今の俺を表しているみたいだな」と美智雄さんが力なく言った。
1人の酪農家の前で、夏草が緑の壁のように見えた。
三浦英之 2000年、朝日新聞に入社。南三陸駐在、アフリカ特派員などを経て、現在、南相馬支局員。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞を受賞。
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