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サル300頭と引き継いだ「人間の業」、観光客にも隠さず伝える事実
運営企業トップが、あえて口にした一言の意味
伊豆半島南部の名所・波勝崎(はがちざき)。真っ青な大海原と、切り立った岩場とが織りなす絶景が印象的な土地です。実はここに、300頭ほどのニホンザルが暮らしていることをご存じでしょうか? 60年以上にわたり、人間が野生の群れを餌付けし、共存する歴史が紡がれてきたのです。その拠点である施設が、経営難による事業の譲渡を経て、今春リニューアルオープンしました。「ある種の『業』を引き継いだと思っている」。運営企業のトップが、あえて口にする重い言葉。背景には、現地に足を運んだ人々に、生き物との関係性を見つめ直して欲しいという思いがありました。(withnews編集部・神戸郁人)
施設の名前は「波勝崎モンキーベイ」(静岡県南伊豆町)。伊豆国立公園内に位置し、近くの海でスキューバダイビングが楽しめるなど、豊かな自然に囲まれています。
最寄りのバス停までは3キロほど離れており、自家用車で訪れる人々が大半です。携帯電話が通じない地域ですが、都市部からの「距離」も、人気を呼んでいます。
最大の売りと言えば、その名の通り、野生のサルたちと触れ合える点でしょう。管理棟内に入ると、小麦やサツマイモなど3種類のえさがもらえ、柵越しにあげられるのです。わらわらと集まった群れの中では、取り合いに発展することも珍しくありません。
施設の外に出ても、サルたちはあちこちで寝転がったり、興味深そうに訪問客の元まで歩み寄ったり。動物園などと異なり、物理的な制約を意識することなく、野性味を肌で感じられる点が、地域内外で好評を博してきました。
その歴史には、一人の男性の存在が大きく関わっています。
南伊豆町商工観光課によると、地域開発を目的に、施設が設けられたのは1957年のことです。地元自治体やバス会社が株主となり、「波勝崎苑(えん)」の名前で開業しました。当時、野猿の飼育や管理を担当したのが、地元民の肥田与平(ひだ・よへい)さんです。
サルとの日々について記した著書『波勝崎に野猿と生きる』(実業之日本社)によれば、肥田さんは1908(明治41)年の申(さる)年生まれ。家業の炭焼き用の木を求めて、よく近くの山を訪れ、40代のとき野生のサルにサツマイモをあげるようになったといいます。
当時は戦後の復興期で、人々の暮らしが豊かになり始めた頃です。波勝崎周辺にも電化の波が押し寄せ、燃料として木炭を使う人は減りつつありました。肥田さんは著書で「新しい生きる道を考えなければ……(中略)思いついたのが野猿の飼付けだった」と述べています。
サルたちに「次郎長」「裕次郎」など著名人の名を付け、群れの権力闘争について、雰囲気たっぷりに語り出す。訪問客は「与平節」とも呼ばれる話術に魅了されたといいます。1971(昭和46)年には、車や遊覧船を乗り継ぎ、全国から約46万人が足を運びました。
一方で肥田さんは、個体ごとの特徴や、行動様式について細かく観察。貴重な記録を数多く残し、研究者たちに情報を提供するなどしてきました。しかし平成期以降、徐々に客足が遠のき、年間数万人程度まで激減。そして昨年9月末には、休業を余儀なくされたのです。
地域の顔となった施設を、潰すわけにはいかないーー。波勝崎苑と南伊豆町の担当者たちは、事業を継続するため、知恵を絞りました。そして昨年9月、静岡県内で動物園や飼育員の養成学校を運営している、白輪剛史(しらわ・つよし)さん(51)を頼ります。
白輪さんは元々、動物商として、希少種を含む生き物の買い付け業務に従事。ペットとして入手したものの、飼いきれなくなった外来生物「ミシシッピアカミミガメ」を、自身が経営する「体感型動物園iZoo(イズー)」(同県河津町)で引き取るといった活動も続けてきました。こうした経歴が買われ、白羽の矢が立ったのです。
「とはいえ、動物に関わる者として恥ずかしながら、波勝崎の存在は知りませんでした。飼育動物ではなく、野生の個体と向き合い、しかも自然保護と観光振興を両立させなければいけない。とても難しい挑戦で、正直なところ、引き受けるべきか大いに悩みました」
波勝崎に棲(す)むサルの数は約300頭。主に研究目的で餌付けが行われてきた地域では、大分県高崎山のように、1300頭超の大集団に成長したケースもあります*註。一方、海辺にこれだけの規模で生息しているのは珍しく、十分な希少価値があると言えました。
そして何より、野生とはいえ、現地のサルは食料の多くを人間に頼っています。もし施設がなくなれば、サルたちは作物を求めて、近隣の田畑を荒らすようになるかもしれません。地元民の生活を守るためにも、存続は待ったなしの状況だったのです。
後日、関係者とともに現地を訪れたことで、白輪さんの決意が固まります。雄大な海と、人懐っこく近寄ってくるサルたち。「これほどの景色が見られる場所は、そうそうない。もっと認知が広がれば、絶対にうまくいく。そう確信しました」
事業継承後、再建に向けて、多くの課題が持ち上がりました。その一つが立地です。波勝崎は、国立公園の第1種特別地域に指定され、原則として建物の新築ができません。しかし管理棟の壁にひびが入るなど、施設の老朽化が進み、手当てが必須となっていました。
そこで国にかけ合い、改装する形での対応が可能に。ただ、その費用は2800万円ほどを見込みました。自力での支出は困難と考え、今年4月から6月まで、このうち1000万円分をクラウドファンディングで募ります。すると、目標を超える約1200万円が集まったのです。
「動物がテーマのクロスメディアコンテンツ『けものフレンズ』とコラボするなど、波勝崎を知らない人々に情報が届くよう意識しました。人間の都合が、自然に影響を及ぼしているという点を隠さず伝えることで、これまでと違う層を取り込めたのだと思います」
厚い支援を受け、クラウドファンディング終了に先立つ5月7日、施設がリニューアルオープンしました。新型コロナウイルスの流行後、静岡県に出されていた、緊急事態宣言の解除翌日のことです。
訪問客に対しては、「荷物から離れない」「サルの目をのぞきこまない」など、生態を踏まえた13の注意事項を告知。提供するえさも、栄養過多にならないよう、比較的低カロリーなものだけを用意し、外からの持ち込みは厳禁としています。
努力のかいあって、サルたちは穏やかに暮らしているようです。直近では、最大集団で17代目第1位オスザルの座についていた、「伊豆の進次郎」が失脚するドラマも見られました。
「群れの形がどんどん変化していく。そのプロセスを生で追えるのは、野生ならではですね」。白輪さんが笑います。
順調な滑り出しに思えますが、白輪さんは「人がたくさん訪れて、もうかればそれでいい、ということでは全くない」と強調します。
「本来、観光客を集めるといった目的で、野生の生き物を餌付けするのは許されない行為です。今の時代に始めようとしても、絶対にできないことでしょう。その意味でモンキーベイは、人間の業のようなものを引き継いでいる、とも言えるかもしれません」
「当面は餌付けを続けますが、徐々に規模を小さくしながら、少しずつ群れを山に帰す取り組みも、いずれ必要になるのではないでしょうか。その過渡期を担うという大義が、施設にはあると思っています」
もちろん、野生のサルを存分に観察できる、という長所は揺らぎません。迫力ある姿を間近で楽しく眺めつつ、動物と人間の関係性について、振り返る機会を持って欲しい。白輪さんは、そう考えています。
「ニホンザルは、昔話にも登場するなど、私たちにとって身近な存在です。しかし、じっくりと見る機会は、あまりないと思います。ウイルス禍が落ち着いたら、ぜひ現地を訪れ、大量のサルが住み着いている理由などに、思いをはせて頂ければうれしいですね」
ところで、国内では戦後、誘客のため「野猿公苑」がいくつも設けられました。その多くは、サルが本来暮らす山の中に位置します。ニホンザルの生態に詳しい石巻専修大理工学部の辻大和准教授(動物生態学)は、波勝崎の特異性について、次のように解説します。
「離島の生息地を除けば、サルが海岸近くで生活することは、まずありません。海産物を食料とすることはなく、開けた沿岸部では、外敵に身をさらすことになるからです。その意味で波勝崎の風景は、本来の生活様式から、大きく逸脱していると言えるでしょう」
辻さんによると、野猿公苑で行われてきた餌付けは、サルの生態の理解に役立ってきました。各個体を識別し、社会的・文化的行動を観察する。「家系図」を作成し、生涯に産み育てる子の数や順位の変化を調べる。そうした研究を可能にしたそうです。
しかし、農薬入りの飼料を食べさせたことで、障害がある子ザルが産まれやすくなったり、過密な生活環境によりサルのストレスが高まったり、といった課題も。そのため近年、えさの量を最低限必要な分まで減らすなどして、群れを小さくする試みが各地で進んでいます。
サルと適切な距離を保つため、工夫しているところの一つが「地獄谷野猿公苑」(長野県山ノ内町)です。えさ場をサルの行動域の中心に置き、飼育担当者が食料を与えます。訪問客は周辺から眺めるだけで、「生活の場にお邪魔する」(辻さん)関係を結んでいるのです。
他方、サルとの触れ合いが魅力である波勝崎では、サル本来の暮らしを意識した接し方が、一層重要になります。その点について、辻さんはこう語りました。
「むやみにえさを与えない・サルに触らない・目を見つめたり、近くで大声を出したりしない。これが大前提でしょう。その上で、サルたちが山に帰ったらそのままにする、という姿勢も大切です。お客さんに『会えない場合がある』と理解してもらうことが不可欠だと思います」
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