連載
#6 #おうちで本気出す
実験の友・キムワイプを「衣揚げ」に!?理系学生が至った偏愛の極致
「食べてしまいたい」ほど愛してる
理系学生にとって、定番の拭き取り用紙として知られる「キムワイプ」。実験などで使い込むうち、この製品の「悪魔的魅力」に取り付かれてしまった人々がいます。キムワイプを題材に川柳を詠み、詩をつづったかと思えば、おいしく楽しむための「レシピ」追求に取り組む……。とあるファンサークルのメンバーたちに、過剰なほどの愛情を傾ける理由について聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
※記事中、本来とは異なるキムワイプの用途について紹介しています。メーカー側が推奨しているものではありませんので、ご注意下さい。
製造元の日本製紙クレシアによると、キムワイプは、工場や医療機関で使われる「産業用ワイパー」の一種。米国企業が開発し、日本では1969年に製造・販売が始まりました。毛羽立ちが少ないため、大学や研究機関で、実験器具などの拭き取りに活用されています。
その名を聞き、まっさきに思い浮かぶのが、独特のフォルムかもしれません。紙を包み込む、箱ティッシュのようなパッケージ。表面に刻印されているのは、白地に緑色のストライプです。バウムクーヘンを四等分したかのような、扇形を描いています。
この色使いは俗に「キムワイプカラー」と定義されています。いわゆるネットミームとして流通し、SNS上をのぞくと、似たデザインの列車やバスを見つけ、歓喜する人々の投稿が目に入ります。「キムワイパー」と呼ばれる、根強いファンたちです。
私は以前、キムワイプの箱で卓球をする団体について、記事を書きました。本来の用途ではないことは言うまでもありません。しかし一人一人が、製品に並々ならぬ情熱を注いでいるのは明らかでした。
研究の現場において、「実験の友」の名をほしいままにしてきたキムワイプ。その枠組みを超え、人々を突き動かしているものとは、一体何なのか……。答えを探すべく、この製品に親しむメンバーでつくる、同人サークルを取材することにしたのです。
今回話を聞いたのは、「キムワイプフロンティア研究所(KFL)」の皆さんです。全員高校の同級生で、現在は大学に通う9人で活動。製品にまつわる同人誌を編み、コミックマーケット(コミケ)などで頒布しています。
9人は高校時代、理系科目を専攻していました。メンバーの大半が、日常的にキムワイプを使ってきたのだとか。一体、どういった印象を持っているのでしょうか?
「相棒」と評するのは、炭素さん(ハンドルネーム・他のメンバーも同様)。研究対象は、1ナノメートル(10億分の1メートル)という極小の炭素原料です。「実験器具に少しでもほこりなどがつくと、結果に影響が出てしまいます。でも、キムワイプにアルコールをつけ拭けば安心。頼れる存在です」
一方、ミスターさんの見方は少し異なります。植物分野について学び、産業用ワイパーを使う機会は、元々なかったそうです。出会いのきっかけは、級友との会話でした。
「製品について、面白おかしく語る友人がいたんです。気になってツイッターで調べてみると、『食べ方』に関する情報がヒットしました。中には調理している人までいて、とんでもない世界だなと思ったのですが……。気付いたら僕もとりこになっていました(笑)」
いつしか、それぞれの生活に根付いたキムワイプ。その魅力を語らう場として生まれたのが、2018年に高校内で設立された、KFLの前身である有志団体です。メンバーが3年生のとき、製品が題材の文芸誌を作り文化祭で配ると、2日間で1000部以上がはけたといいます。
立ち上げに関わった一人・ぺんぎんぬさんは、当時の心境をこう打ち明けます。「当初準備していた部数では足りず、急きょ増刷しました。これほど需要があるのかと、驚いたことを覚えています。『もう、引くに引けないぞ』という気持ちになりました」
メンバーたちは高校卒業後、改めてサークルを組織。KFL名義で、初めて世に出したコンテンツが、2冊目となる文芸誌『俺等(おれら)の世界は白地に緑でできている』です。2019年末開催のコミケでお披露目となりました。
書名の由来は、白と緑で構成された、あの製品パッケージです。「僕たちにとっての世界は、キムワイプを中心につくられている」という思いを込め、ミスターさんが名付けました。20近いタイトル案の中から、満場一致で選出されたといいます。
ページを繰ると、読者を最初に迎えるのが、「あなたが教えてくれた味」と題された巻頭詩です。主人公が慕う相手が、研究室でキムワイプを食べているシーンから始まる、切ない恋の物語。こちらも、ミスターさんが手掛けました。
注意深く目を通せば、それぞれの文章に、製品の性質が反映されていることに気付きます。たとえば、次の一節は象徴的です。
「『塵一つ残っていない』というフレーズは、ほこりをよく吸着する、キムワイプの特長から思い浮かびました。わかる人が見れば、クスリと笑える仕様になっているんです。もちろん、なじみが薄い人が読んでも、楽しめる筋書きを意識しています」
キムワイプにまつわる思い出を読んだ句会のレポート。製品が題材の妄想小説……。「好き」にあふれたラインナップのうち、とりわけ異彩を放っているのが「料理研究」コーナーです。
既に触れた通り、キムワイパーの中には、感情のままにほおばる人々がいます。コーナーの担当者・ねをんさんも、その一人です。
「今回のレシピは、自分にとって新しい試みでした。これまでは油で素揚げにしたり、丸めて焼いたりするケースが多かったんです。必要以上に手を加えないことで、紙の原料であるパルプの風味が感じられた。食べ方を考える奥深さを、再実感できたように思います」
ちなみに、ねをんさんのおすすめレシピは「キムカツ」。一般的なトンカツ同様、キムワイプに卵や小麦粉、パン粉をまぶし、高温の油で揚げた一品です。カリッとした食感が病みつきになるといいます。
「ただ、キムワイプは元来、食用ではありません。その点には十分留意して頂きたいですね」
どうやらキムワイプは、無限の可能性を秘めているようです。最近、新型コロナウイルスの影響で、自由な外出が難しくなっています。家での活用方法があるか、尋ねてみました、
生物の飼育に生かすことを提案するのは、カルコソマさん。耐久性があり崩れにくいため、枯れ葉やおがくずの代わりに、虫かごの中に敷き詰めているそうです。「ふんなど、細かいゴミを取り除くのにも役立ちます」
ミスターさんは、樹脂との相性のよさに着目します。「接着剤が拭き取りやすく、プラモデルを作るときなどに用意しておくと、活躍するのではないでしょうか」。パッケージを改造すれば、収納箱にもなると教えてくれました。
こうした使い方は、一人一人がキムワイプと向き合う中で、見いだしてきたものです。「『これにも、あれにも応用できる』といった具合に、考える楽しさを提供してくれる。その点こそが最大の魅力だと思っています」。ねをんさんは、そう言葉に力を込めました。
一度知ると、頭の片隅に根を張り続けるーー。KFLのメンバーたちにとって、キムワイプとは、そうした強度を持つ存在なのかもしれません。異質な「他者」との出会いこそが、人生を豊かにする、と思える取材になりました。
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