お金と仕事
1本16万円超、それでも売れる理由 「最高級」目指す日本酒ブランド
100年誇れる1本を――。2018年夏に立ち上がった日本酒ブランド「SAKE100(サケハンドレッド)」は、1本10数万円する商品の開発など、業界の常識を揺るがす「最高級」ブランドの創造に挑戦しています。ピークの3分の1に縮小した日本酒市場ですが、ブランドを率いる生駒龍史さん(33)は、「多くの杜氏さんと出会い、奥深さにのめり込んだ。グローバルを含め、まだまだ可能性はある」。2月3日には、総額2.5億円の資金調達を発表しました。「ベンチャー企業だからこそ、業界の『トップオブトップ』を切り拓きたい」と力を込めます。
SAKE100から、16万5千円(税込み)で販売されている「現外(げんがい)」(500ml)。平均価格が千円前後の日本酒において、破格の1本です。
「現外」は、1995年の阪神淡路大震災で被災したタンクに残っていた酒母から生まれました。震災の影響で設備が被災し、未完成のまま醸造されたこのお酒は蔵のタンクで保管されることに。そして、20年を超える熟成のなかで、ウイスキーのような琥珀色と複雑でいて芳醇な香りが誕生しました。「甘味・酸味・苦味・旨味が一体となった味わい」(生駒さん)をまとったヴィンテージ日本酒となっています。
SAKE100は、日本酒に特化したスタートアップ企業のClear(東京)が各地の酒造会社と、商品開発をしています。「現外」も、神戸・灘の老舗である沢の鶴が仕込んだ古酒に光を当てたものでした。熟成酒のほかにも、精米歩合にこだわったり、食後の「デザートSAKE」の可能性を追究したり。「コンセプトから酒蔵選び、そして醸造と、一切の妥協はしていません」とClear代表の生駒さんは語ります。
日本酒市場(課税数量)は、1973年のピークから3分の1に縮小。「カップ酒」など、メインボリュームの普通酒が、高齢化などによって落ち込みました。しかし、吟醸や純米といった素材や製法にこだわった特定名称酒は、若い世代などから支持を集め堅調。相対的に単価は、上がってきています。
輸出も追い風です。2019年度の清酒の輸出金額は約234億円(財務省統計)。10年連続で過去最高を記録しました。輸出先はアメリカが多くを占めていましたが、ここ数年、中国を始めとするアジア各国にも拡大。和食がユネスコ無形文化遺産登録に登録されたこともあって、和食とともに日本酒も注目され始めています。
それでも、ワインにおける「ロマネコンティ」のような最高級ブランドはまだ、根付いていません。「業界の『トップオブトップ』をつくることによって、市場の裾野は広がる。ですが、酒蔵は長い歴史をもつ家業が多く、次の世代にバトンをつなぐことが大切な使命。ですから極端なリスクは取りづらい部分があります。だからこそ僕らのようなベンチャー企業がリスクを取る義務があると思ったんです」と生駒さん。
SAKE100は、アルコールというカテゴリーにとどまらず、エルメスやルイ・ヴィトンなどといったラグジュアリーブランドもライバルと位置付け、人生に付加価値をつけるアイテムを目指しています。
最高級への揺るがない信念。その土台は、2014年から運営している日本酒専門のウェブメディア「SAKETIMES(サケタイムズ)」にあります。もともと酒屋をしていた友人がきっかけで、日本酒の世界に足を踏み入れた生駒さん。「杜氏さんや酒蔵の代表者から、酒造りの苦労やこだわりを聞けば聞くほど、可能性を感じて。メディアの立場で応援するだけでなく、自分でもつくりたいという願望が出てきたんですよね」。
その思いは、300以上の酒蔵を訪れるたびに強くなったといいます。精魂込めてつくられた日本酒は「もっと高く評価されていい」。さらに、2017年春に香港で目撃した光景が、高価格市場への挑戦を後押ししました。
中心街にある酒の専門店で、冷蔵設備に高級ワインと同じように陳列されていたのは、日本でも入手困難な十四代(山形、高木酒造)や酒米を磨き抜いた楯の川酒造(山形)の純米大吟醸。手ごろな日本酒も店内にあるなか、きれいに箱詰めされた一升瓶や四合瓶には、30万円や40万円という値段が付けられていました。
「すごいな、と思いましたね。プロモーション的なイベントだけが人気なのではなく、消費の実態がある証拠ですから。売れるから酒屋も置くわけですよね」
その後訪れたアメリカでは、現地の人たちが酒造りをする様子を見学し、裾野の広がりも実感。「国内の酒蔵を巡って蓄積した膨大なインプットを、どうやってアウトプットしていけばいいか。グロ-バルな市場を実際に見ることで、方向性が固まりました」。世界を相手に、高価格帯で勝負――。香港でも評価されていた楯の川酒造とタッグを組み、SAKE100の第一弾として、精米歩合18%の「百光(びゃっこう)」(税込み1万6800円)を発売しました。
「現外」「百光」を含め、これまで発売したSAKE100の日本酒は4種類。Clearはコンセプトから、製品化してもらうベースとなる「レシピづくり」までを担っています。
「例えば、第三弾商品の『天彩(あまいろ)』は“デザートSAKE”というコンセプト。食事の最後に飲むようなデザートワインが日本酒でもあったらな、という所から始まりました。そこから『こういう味わいだったらいいよね』という定性的な体験を言語化するんです」
「香りは少しリッチなはちみつのように」「口当たりは非常になめらかで、コクとふくよかさを感じる甘みが基調」「キレは重たくはないけど、中から小程度の余韻が穏やかに広がっていく」……。こうして味のイメージを積み上げたら、スペックに落とし込んでいきます。
「Clearには、高度なテイスティング能力を示す『酒匠』の資格を持つメンバーもいます。たくさんの商品で試飲重ねることによって、『口当たりは○○が近い』というように、精米歩合や仕込み方などが具体化していくんです」
「仮説」のレシピができると、SAKETIMESのネットワークも生かして、製品化をしてくれる相手を探します。「ここに至るまで、お願いする酒蔵のことを徹底的に分析しているので、門前払いされることはないです」。米の磨き方や酵母の種類などに、「酒造りのプロ」である酒蔵の意見も加わり、レシピが完成。SAKE100のラインナップとして、醸造されます。
品質に自信があるからこそ、流通にもこだわりを見せます。販売は現在、自社のECサイトのみ。飲食店での提供も、アマン東京などのラグジュアリーホテルのレストランに限っています。
「ルイ・ヴィトンやエルメスであれば、どこで売っても崩れない確固たるブランドがありますが、SAKE100をいま、量販店で売ってしまうと、『量販店の酒』になってしまう。誰に飲んでもらうか、どこで買ってもらうかも、意識しています」
ブランドのため、性急な流通拡大は狙わない。大事にしているのが、指名検索でのサイト流入やリピーターなど、コアファンにつながる存在です。リピーターによる年間の平均購入額は8万5千円。100万円を費やす愛好者も出ており、「のめり込んでくれている人たちがいるのはうれしい。価値がなければ、何度も買っていただけないので」と手応えを感じています。
まだ「現外」が発売される前、生駒さんは懇意にしている人から、こう言われたそうです。「安いなー。これが生駒君のやりたいことだったんだっけ」。
通常の日本酒と比較すれば、決して安いラインナップではありませんでしたが、「ビジネス的に堅くいこうとした気持ちもちょっとあった」。すべての事業の指針であるClearのビジョン「日本酒の未来をつくる」に立ち返り、「もともと関心のあったラグジュアリーブランドの位置まで、SAKE100を引き上げようと思ったんです」。
その姿勢は早速、25年の時を経た「現外」に表れ、「自信を持って値段をつけました」。また国税庁が主催する「日本酒のグローバルなブランド戦略に関する検討会」の委員も務めており、ラグジュアリーブランドの必要性を業界にも提言しています。
新しいマーケットづくり以外にも、18年10月に続き、今年2月3日には、2度目の大型な資金調達をしたClear。金額も7500万円から2.5億円に増え、従来の日本酒関連の企業とは一線を画す試みをしている生駒さん。高度成長期から変わらない、「資金と人材と情報の流動性が低い」構造へも、一石を投じています。
「多くが家業なので、リスクを取るような新規の資金調達はしづらい。だからこそ、日本酒が投資対象として認知されるよう、僕らは上場を目指しています」
資金の流動性が上がれば、ビジネスとしての関心も高まり、業界以外のカテゴリーからも人材が集まりやすくなる。そうすると、テクノロジーやマーケティングを始めとした情報の流動性にもつながる――。東京オリンピック・パラリンピックの開催される今年は、世界進出にも乗り出す予定です。「日本酒はまだまだ大きな可能性がある。僕らはその象徴になりたいんです」。そう語る生駒さんの目は、じっと前だけを見据えていました。
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