連載
#1 コミケ狂詩曲
人はなぜコミケに行くのか? 売り子になって見えた「多様性の宝箱」
国内最大規模の同人誌即売会「コミックマーケット(コミケ)」。今月9~12日の会期中には、史上最多となる計約73万人が訪れました。人はなぜ、コミケに行くのか? その答えが知りたくなった記者は、まる一日売り子となって、会場の雰囲気にどっぷりつかってみることに。イベントを通じてつながる人の輪。参加者ごとに異なる、アニメの好みや同人誌のタイプ。そこは、様々な違いを持つ人々を受け止める、「多様性の宝箱」でした。(withnews編集部・神戸郁人)
コミケといえば、今やメディアでも大きく取り上げられる、一大イベントです。近年は夏と冬に開かれることが多く、それぞれ「夏コミ」「冬コミ」と呼ばれています。コミックマーケット準備会によると、1975年に始まり、今夏で96回目を迎えました。
記者(30)も、中学時代から、このイベントに魅了されてきた一人です。そのコミケとの出会いは、15年以上前にまでさかのぼります。当時の私は、「あずまんが大王」や「天地無用!」といったアニメ・漫画が大好きな少年。インターネット上の掲示版を訪れては、ファン同士で交流していました。
そして中学2年の夏、掲示版で知り合った仲間と「初参戦」することに。始発電車で、会場である東京ビッグサイト(東京都江東区)に到着したときの興奮は、今も忘れられません。
広大なフロアを埋め尽くす、数百ものサークル。あちこちでうごめく、真っ黒な人の波……。その光景に圧倒されながら、お目当ての冊子を買い求め、構内を右へ、左へ。まるで宝探しのような、本当に楽しいひとときを過ごしました。
以来、断続的に足を運び、気づけば三十路。コミケという催しを形作る人々の思いを、もっと深く知りたい。そんな気持ちが強まり、取材を思い立ちました。
2019年8月10日。蝉(せみ)時雨が響く、真夏のビッグサイト。午前9時過ぎ、建物前に着くと、既に多くの参加者たちが整列していました。その長さは、数百メートル以上離れた橋にまで及んでいます。誰もが、約1時間後の開場を待ちきれないといった様子です。
行列を脇目に、取材受付を済ませて会場内へ。今回、売り子としてお世話になる「丈屋(たけや)工房」のサークル席に向かうと、メンバーの皆さんが笑顔で迎えてくれました。
「ただいまより、コミックマーケット96を開始致します!」。午前10時、館内放送が流れると、会場が万雷の拍手に包まれました。参加者たちの喜びが、ぱっと花開いたようで、何だかわくわくしてきます。いざ、イベントのスタートです。
この日、ふぁんどりぃさんが持参した著書は、新刊3種類・既刊4種類。開始から程なくして、お客さんが入れ替わり立ち替わりやってきました。表紙に「けもフレ」のキャラクターが描かれた小説を始め、次々と本が売れていきます。
そのラインナップ中、ひときわ異彩を放つ一冊がありました。その名も「F氏の設営&撤収マニュアル2019(プレ版)」という小冊子。F氏とは、ふぁんどりぃさんのことです。
テーマは、コミケ会場にイスや机を並べる設営と、片付ける撤収作業。開会前日と最終日に、有志で行う作業です。ふぁんどりぃさんも、これまで10年間足を運んできたといいます。冊子には、自称「設営・撤収ジャンキー」として、これまでの経験をつづりました。
「作業中は、いすと机を、メーカーや持ち込み業者ごとに分けていきます。現場で出会い、顔見知りになった参加者同士で声を掛け合い、『バケツリレー方式』で運ぶ時間が楽しかったので、今も参加しています。そのように、ゼロからイベントをつくっていく面白さを、まとめたいと思ったんです」
更に中身を充実させ、来年春に実施される次回のコミケで「完全版」を頒布したい、と話すふぁんどりぃさん。まるで文化祭を楽しむ学生のように、屈託の無い笑顔です。その熱量に触れ、何だかこちらまで胸が高鳴ってきました。
サークル席に座っていると、訪れる人の多くが、メンバーの友人や知人であることに気づきます。一時間当たりで数えれば、全体の半分以上を占めていたでしょうか。いわゆる「一見(いちげん)さん」がほとんどと予想していた私には、少し意外でした。
「毎回、創作仲間や、学生時代の友人が来てくれるんです。普段は忙しくて、なかなか顔を合わせられない人とも、この場でなら再会出来る。もはや『同窓会』のような感じですね」。ふぁんどりぃさんが笑います。
お客さんの中には、「暑いからのどを潤して」と飲み物を差し入れる人も。自作の同人誌を持参するケースまであり、コミケならではの光景に、思わず心動かされました。こうした優しいやり取りも、多くの人々を引き寄せる魅力なのかもしれません。
和歌山県在住で、公務員として働くKyokoさん。大学時代、漫画制作同好会を立ち上げたことが縁で、3年ほど前から参加しているそうです。今回は「けもフレ」がモチーフの漫画などを、委託販売するため上京したといいます。
本の作り手として関わる人々は、コミケや二次創作に、どのような引力を見いだしたのだろう? 私は素朴な疑問をぶつけてみました。
「コミケについて言えば、大好きな漫画やアニメの『続き』を見せてくれる点ですね。人の数だけ、望ましい物語の展開や結末がある。それらが一挙に集まるところに、面白みを感じます」
「そして二次創作は、自分の価値観を見つめ直す行為でもあります。原作の設定を生かしつつ、ストーリーを考える。その過程で『どんなシーンなら涙を流せるか』といったことを確認するんです。そうして形になったものが、誰かに認められるって、うれしくないですか?」
持ち込んだ「けもフレ」の冊子は、昨冬から同年末まで、約10カ月かけ描きためてきた漫画の総集編。高校生の頃から親しんできたという、仏教的な考え方で、原作を読み解く内容なのだそうです。購入者たちは「今から続きが楽しみ」と、Kyokoさんに話し掛けていました。
さながら売れっ子漫画家といったおもむきながら、「私は元々ある世界観を広げただけ」と、あくまで控えめです。
「自分の思う作品の魅力を、みんなで共有する。そして、一緒に笑ったり、感動したりしたい。イベントに参加する動機は、結局のところ、そこに尽きると思っています」。その言葉は、コミケを愛する人々の原点を、言い表しているように感じられました。
ところで、コミケの見どころは、同人誌だけではありません。全国から集うコスプレイヤーたちも、無くてはならない存在です。空き時間を利用し、話を聞きました。
建物外のコスプレエリアにいたのは、アニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」のキャラクター「レム」「ラム」の格好をした、めりぃさん、めぐぴすさんです。
二人は炎天下でも涼しい顔で、カメラマンに向かってポーズをとっています。数分歩いただけで、滝のような汗を流す私とは大違い……!
対策を尋ねてみると、ウィッグ(おしゃれ用かつら)の下に、熱や汗を吸い取るシートを貼っているのだそうです。「たまたま、ツイッター経由で商品を知りました。これがないと、結構やばいんですよ……」。めりぃさんが苦笑します。
そこまでして参加する理由は? めぐぴすさんが、にこやかに答えてくれました。「やっぱり、仲間と会えること。SNSだけでつながっているレイヤーさんと、実際に話せるのが、特に楽しいんです」
別のコスプレイヤーの男性は、コミケの良さについて、こう教えてくれました。「この場所には、試行錯誤しながら自己表現したい人や、新しい創作物を得たいという人など、色々な動機を持った参加者が集まります。その雰囲気が、すごく好きです」
こうした思いは、米国から初参加した、ランドン・メディアビラさん(22)も共有していました。今回、「ワンピース」の「ウソップ」を演じていたランドンさん。母国で30回以上、コスプレ大会に参加した経験を踏まえ、次のように話します。
「コミケは、これまで足を運んだ、どのイベントより大規模。でも本当によく組織されています。多様な背景を持つ人々が集い、それぞれの『好き』という気持ちを尊重し合っているからでしょうね。僕自身も受け入れてもらっている感覚があり、うれしく思います」
取材を終えた後、一般サークルの展示場を回ってみました。おすすめしたいコンビニ飯の紹介本を、机いっぱいに並べる人。手帳の使い方指南書を頒布する人……。参加者それぞれにとっての「好き」の結晶が、そこかしこにあふれていました。
コミケは一般に、アニメや漫画のみの祭典と思われがちです。しかし実際に訪れてみると、少し違った眺めが見えてきます。コスプレイヤーのランドンさんが口にした、「多様な背景を持つ人々の集団」という言葉の意味を、しみじみと実感しました。
この裾野の広さこそが、実はファンをひきつけてやまない、一番の理由なのではないでしょうか。
立場を超え、純粋な気持ちだけで、誰かとつながる。そのためには、他者の価値観へのリスペクトが欠かせません。
興味を持つ対象は、人それぞれ。愛情の注ぎ方も異なります。コミケとは、こうした「違い」を柔らかく受け止める空間である。現地に赴き、私はそう感じました。
好きなものを、全力で好きと叫ぶことが出来る。そして、その叫びが人を呼び寄せ、大きな輪となっていく。コミケの本質とは、そんな点にある気がします。かつて「宝探し」を楽しんだ場所で、また新たな「宝物」を得られた一日でした。
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