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連載

#144 #withyou ~きみとともに~

「人生に迷ったら旅館に」底抜けに明るい女将が失い、見つけたもの

震災で生き残った夫や娘ら3人を海難事故で失った。それでも明るい宮城県気仙沼市の旅館の女将が送る、生きづらさを抱える人へのメッセージ。

気仙沼市の唐桑町鮪立(しびたち)で、民宿「唐桑御殿つなかん」をきりもりしている菅野一代(かんの・いちよ)さん。大漁旗を振って客を見送る=東野真和撮影
気仙沼市の唐桑町鮪立(しびたち)で、民宿「唐桑御殿つなかん」をきりもりしている菅野一代(かんの・いちよ)さん。大漁旗を振って客を見送る=東野真和撮影

目次

【8/26無料イベント開催】しんどい子が安心できる「居場所」を考えます

宮城県気仙沼市にある唐桑町鮪立(しびたち)。この小さな港町に、民宿「唐桑御殿つなかん」があります。震災後、屋根だけ残った自宅で、菅野一代(かんの・いちよ)さん(56)は、復興支援の若いボランティアたちを無償で寝泊まりさせていました。笑顔が魅力の菅野さんですが、「人と会うのは絶対無理。光さえ見るのも嫌だった」という時期がありました。震災で生き残った夫や娘ら3人を、海難事故で失ったのです。絶望の中、菅野さんは、民宿のお客さんに支えられ元気を取り戻しました。今、生きづらさを抱える若者に菅野さんは、こう言います。「自分を心配してくれている人がいることに気づいてほしい。まあ、迷ったら私の旅館に来てください。大丈夫だ、って背中をたたいてあげるから」。
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気仙沼市の唐桑町鮪立(しびたち)。海のそばに「御殿」という言葉がぴったりなくらい、屋根に黒い瓦がたくさん並ぶ立派な木造建築が建っています。このあたりでは、遠洋漁業の旅から戻った漁師がくつろぐために自宅を競って建てたそうですが、東日本大震災の津波で多くが被災して取り壊されました=2015年8月12日、加藤裕則撮影
気仙沼市の唐桑町鮪立(しびたち)。海のそばに「御殿」という言葉がぴったりなくらい、屋根に黒い瓦がたくさん並ぶ立派な木造建築が建っています。このあたりでは、遠洋漁業の旅から戻った漁師がくつろぐために自宅を競って建てたそうですが、東日本大震災の津波で多くが被災して取り壊されました=2015年8月12日、加藤裕則撮影

「どうやったら死なずにいられるか」考えた

「自分をなくしたい」と言う思いを持った人は、少なからずいると思います。

私は東日本大震災の津波で家が全壊しました。2017年3月に海難事故で夫、娘、義理の息子の3人を亡くした時は、「自分も一緒に行きたい」と思ったこともあります。でもその一方で「どうやったら死なずにいられるか」とも考えました。

人と会うのは絶対無理。光さえ見るのも嫌だった。じっとしていないと、自分が自分でなくなるくらいだった。できるのは、何かすがれる言葉をインターネットで探すことでした。家に閉じこもって、3カ月間ほどずっと探していました。

こういう時は、宗教的な言葉に引き寄せられますね。なるほどと思った言葉もあります。例えば、「人の一生はお釈迦様の一瞬きと同じ時間」という言葉。それを見て、そんな一瞬だったらちょっとがんばれるかなと、少し落ち着きました。

菅野さん(右)は、「生きづらさを感じている若者たちのために、どうして立ち直ったのか教えて欲しい」と遠慮がちに聞くと、「何かの役に立つなら」と時折り涙を浮かべながら、語ってくれました=東野真和撮影
菅野さん(右)は、「生きづらさを感じている若者たちのために、どうして立ち直ったのか教えて欲しい」と遠慮がちに聞くと、「何かの役に立つなら」と時折り涙を浮かべながら、語ってくれました=東野真和撮影

恨んで生きるのは本当につらい

「亡くなった人の分まで耐えてやれ」という言葉もありました。3人のために何もしてやれないけど、耐えることだったらできるかもしれない。と思って耐えた。

でも、そんな言葉を最後に心に落とし込むのは自分です。心が安らぐ言葉を探すのは自分。「自分教」なんです。答えは自分の中にあるんだよね。

震災後に天寿を全うした夫の父の口癖も、立ち直るきっかけになりました。「自分の運命を愛せよ」という言葉です。

海が憎い、風が憎い、あのときああだったら、だれのせい、あれのせい、と憎んだり、恨んだりして生きるのは本当につらい。それこそ地獄だと思う。それだったら、許すこと、あきらめることが大事だと思って。どうすることもできないことってあるじゃないですか。あきらめて心を解放しないと。

もちろん、現実から逃げているという部分もある。でも、今はまだ「その時」に引き戻されるのがつらいですからね。心のバランスを取らなければならないから。

「唐桑御殿つなかん」と、立派な「まぐろ御殿」。震災後、屋根だけ残った自宅で、菅野さんは、復興支援の若いボランティアたちを無償で寝泊まりさせていました。「復興しても、みんなが帰って来れるように」と、建物を修繕して民宿にしました。ボランティアたちは、地名につく「鮪(まぐろ)」の英語「ツナ」に、菅野邸の「カン」を合わせて「ツナカン」と呼んでいました。それが民宿の名の由来です=東野真和撮影
「唐桑御殿つなかん」と、立派な「まぐろ御殿」。震災後、屋根だけ残った自宅で、菅野さんは、復興支援の若いボランティアたちを無償で寝泊まりさせていました。「復興しても、みんなが帰って来れるように」と、建物を修繕して民宿にしました。ボランティアたちは、地名につく「鮪(まぐろ)」の英語「ツナ」に、菅野邸の「カン」を合わせて「ツナカン」と呼んでいました。それが民宿の名の由来です=東野真和撮影

乗り越えられないこと、「優しさに変えていきなさい」

「運命を愛せ」って、昔は受け入れられない言葉でした。結婚して22歳でここに来て、夜明け前から毎日毎日、つらくて慣れない海の仕事をして。もっといい服を着ていい所に行きたい。「こんなの私の運命じゃない」って義父に反抗したりして。

でも今から思うと、それはたいした苦しみではなかった。だからその言葉を受け入れられなかった。家や家族を失ってもっともっとひどい現実にぶちあたって、初めてこの言葉が胸に響いてきました。

「愛せ」と言うと何か変な気がしますが、怒りや憎しみでなく、優しさに変えていきなさい、という意味。どうしたって乗り越えられないことはある。つらい、憎い、で人生を終わるのはそれこそ地獄だ。

そして、すべてのことには何か意味はある。そう思わないと。もちろん悪い意味でなくいい意味でね。

震災後、自宅を民宿にして営業を始めた後に家族を失ったのですが、お客さんが心配しながら待っていてくれたのも生きる糧になりました。お返しをしなきゃと。

大漁旗で客を送り出す、「つなかん」女将の菅野さん=東野真和撮影
大漁旗で客を送り出す、「つなかん」女将の菅野さん=東野真和撮影

「私は4人分の力を持っている」

残った娘2人も、私が元気でいるということで安心する。私が守って軌道修正しなければと、と少しずつ思うようになってきた。自分が死ぬと、もっと悲しむし、そんなことしたら、亡くなった夫たちも悲しむだろうと。

私は「(亡くなった)3人が応援してくれているから、私は4人分の力を持っている」と言っています。私から「元気をもらいたい」と、今はたくさんの人が旅館に来てくれます。悲しいことがあっても、きっとそれは何かのためになるんだと思っています。

人間、そのうち自然に死ぬ。迎えに来てくれるんだから、自分から行くことはない。

自殺願望を持つ人の気持ちはわかります。家族を失って死にたいと思った時、自分と同じ気持ちの人がいるんだということが、実は心のよりどころになったこともありました。

2017年2月、カキの作業をする菅野一代さん(左)と夫の和享さん=つなかん・菅野一代さん提供
2017年2月、カキの作業をする菅野一代さん(左)と夫の和享さん=つなかん・菅野一代さん提供

生きるか死ぬかの境。そこで大事なのは、自分を心配してくれている人がいることに気づくかどうか。自分一人ではないということを、理解できるかどうかがすごく大きいと思う。

そういう私もふっと落ち込む時があるけど、死ねばそれで終わっちゃう。それでいいやと思うかもしれないが、それでは自分しか見えていない。

まあ、迷ったら私の旅館に来てください。大丈夫だ、って背中をたたいてあげるから。

「唐桑御殿つなかん」への行き方はこちら→http://moriyasuisan.com/access/
ボランティアの中には、菅野さんの存在がきっかけの一つとなってそのまま移住した若者もいました=東野真和撮影
ボランティアの中には、菅野さんの存在がきっかけの一つとなってそのまま移住した若者もいました=東野真和撮影

いろんな相談先があります

・24時間こどもSOSダイヤル 0120-0-78310(なやみ言おう)
・こどものSOS相談窓口(文部科学省サイト
・いのち支える窓口一覧(自殺総合対策推進センターサイト
イベント

2学期が始まる。しんどくて、逃げたい……。夏休みが終わるのを前に、そんな思いを抱える子どもたちの「居場所」について考えるイベントを8月26日に昼と夜の2部構成で開きます。

(昼の部)10代が安心して過ごせる「居場所」とは?@日本財団ビル 14:30~17:30
子どもの問題を取材してきたノンフィクション作家の石井光太さん、自分の不登校経験をマンガ「不登校ガール」で描いた女優の園山千尋さん、フリースクールネモ代表の前北海さんが、「居場所」について考えるトークイベント。無料です。詳細や申し込みは→https://withyou-ibasho.peatix.com/view

(夜の部)本音トーク!「#居場所」@Twitter本社からTwitterライブ配信(@withnewsjp) 22:00~23:30
不登校経験があり、今は俳優や漫画家などとして活躍する個性的な面々が、つらい日々によりどころにした「居場所」について、本音トーク! ハッシュタグ「#わたしの居場所」に寄せられたアイデアもシェアしていきます!
 

withnewsでは、生きづらさを抱える10代への企画「#withyou ~きみとともに~」を続けています。

今年のテーマは「#居場所」。 

 目に見える「場所」でなくても、本や音楽…好きなことや、救いになった言葉でもいいです。生きづらい時間や不安な日々をしのげる「居場所」をみなさんと共有できたらと思います。 以下のツイートボタンで、「#居場所」について聞かせてください。


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